コマンド
「先頭車大破! 小隊長行方不明!」
ヒュン、パン! という音に引き続いて起こった爆発によって、先頭車が弾け飛び、それに伴って先頭車内外に居た人影が消えたり、或いは吹き飛ばされたりして、暫く。
二分隊の方から走ってきた小銃組から、かなり絶望的な報告が上がってくる。逓伝で伝わってきたらしい。
「只今よりぃ、私が本小隊の指揮を執るぅー……」
大混乱の中、MGが奏でるけたたましい応射音によって、『指揮の継承』をした旨の宣言は掻き消された。(相当な大声で、喉と口腔の震えを自覚できるぐらいの大声で叫んだにも関わらず、だ!)
幸か不幸か、人手不足が災いして四分隊長と三小隊先任とを曹長は兼務していたので、2コ小銃組と1コ機関銃組、1コ無反動砲組とが掌握下にあった。
取り敢えず、目の前に居る機関銃組の射撃の合間に怒声を浴びせる。
「MGぃ! 撃ち方やめ!」
練度は高い、即座に安全金の外に人差指が出、銃口をやや上にして号令を待つ姿勢に入っていた。
「MG、安全装置、弾抜け安全点検」
号令と同時に射手がスコッ、とフィードカバーを引き出し、弾帯を送弾爪から外して帆布製のマガジンに収める。
教範上、近接戦闘や捜索その他、不意に敵と遭遇しうる場合を除いて、MGは『弾抜け』をしてから射撃態勢を解除して移動することになっている。(複雑な装填機構周りに負荷を掛けないためとか、放熱するためとか、オープンボルトである都合上、暴発の可能性を排除できないためとか、色々言われるが今は本当にどうでも良い)
その間に、より『適した』射撃陣地を見つけるべく、サッ、と小隊先任曹長は周辺を見渡して、恐らく元々はそれなりの大木があったであろう――既に窪みと化している――場所を見つけた。林際から程々に離れ、掩蔽が良好で、かつ低姿勢を取りやすい。射界も良好だ。
その時丁度、弾薬手が銃口を経由して薬室に覗く太陽光を認めて薬室がクリアになったことを確認し、右手を水平に挙げこちらへ怒鳴り声を返してくる。
「よし!」
「MG、脚この位置、射手交代。準備できたら道沿いの林際を任意に射撃、射撃方法は組長所定。この際、組長は双眼鏡で弾着状況を視察、及び後退する味方に注意! 了解か?」
「了解!」
「よっしゃ、お前らが骨幹だからな、頼んだぞ!」
現射撃手、組長と、現弾薬手、組員とを交代させ、組長にMG班の指揮を一任する。
そのまま、小銃組を引き連れて第一匍匐で林際を這いずり、三分隊、二分隊に後退するように告げる。
部隊が混乱しているから、自分で収拾を付けよう。そう考えたのだ。
前進する度に大地に突き刺さる左手は熱以外の感覚を失い、脚は熱と痛みとで疲労を主張し、鼻腔から肺に掛けては凍てつくような寒さを主張して、その他様々な感覚が『痛い』と主張していたが、先任に伸し掛かる責任と、散発的に飛来する銃弾は、無視するというソリューションを彼に選択させた。
とうとう、爆発して横転した先頭車の所まで這いずることに成功して、彼は匍匐を解除して手近な隠蔽物に飛び込む。
「三小隊はぁ! 四分隊の位置まで後退する! 了解か!」
「先任! 助けて下さい! 脚が、脚が!」
見ると、無線手が頭から血を流して車の下敷きになっている。
ツールキットの中にジャッキがあった筈。瞬間的に脳細胞が発火して、適当な解決策を提示する。
「待ってろ! 今ジャッキで上げてやるから!」
一分隊、と呼んだ瞬間、再度爆発があって、髪の毛がライナーにへばり付いたヘルメットだけがコロ、と転がってくる。
身の毛がよだち、腰が抜けそうになるが、幸い低い姿勢を取っていたから、転ぶようなことは無かった。逃走する代わり、少しだけ目を瞑って思いつく限りの悪態をついた後、叫ぶ。
「一分隊、発煙弾投擲! 方向敵方! めいっぱい遠くに投げろ!」
シュタラタタタタっ! と道の中央に土煙が上がり、MGの射撃を受けているんだなということを理解すること無く直感する。
鉄帽を地面に擦り付けるようにして伏せつつ、五条の煙条が弧を描いてゆっくり飛ぶのを見る。じれったい。
いち、にぃ、さん、よん、ごぉ――。
一瞬だけ頭を上げ、彼我の間に十分に煙幕が展開されているのを認める。
「一分隊、目標ぉ! 四分隊の位置! 早駆け前へーっ!」
「進めぃ!!!」
****
「ゲリラ?」
「はい、恐らく内務卿隷下部隊がコマンドを地域一帯に配備しています」
良心と罪業の呵責に圧し潰されるだけの余裕は、リアムには無かった。
今の彼は、国家市民軍元帥としての責任をまず果たすべきであって、公私を混同し、或いは私情を以てその任務を放棄することを赦されていなかったのだ。
リアムが指揮官を務める国家市民軍総軍は、指揮下に国家市民軍地上軍、国家市民軍海軍、国家市民軍航空軍を持ち、即ち国家市民軍地上軍総隊隷下の第三旅団隷下の第三十三歩兵連隊――を、増強して編成されている33MCT(第三十三自動車化戦闘団)にも当然相応の責任を負っているからだ。
その結果、元帥は「厄介だな、こりゃ」という、うめき声を絞り出した。
当然、それは居並ぶ部下達を不安にさせただろうが、幸か不幸か、このような振る舞いは、仮に元帥が個人的に直面している葛藤があっても無くても観察できたものであることは、二科ですら知らなかった。
だが、幕僚らは彼の使い方は知っていた。
「一部部隊が現在被包囲下にあり、更に装備も鹵獲され、何名か捕虜も出ている旨、レコンが現認しています」
「無線機は?」
「不明です」
「化学防護装備って33MCTに配ってないもんな」
「はい、自動小銃と小銃擲弾は配備していますが……」
「だよなぁ、ちょっと待ってくれ、考えるから」
手持ちの情報を流し込めば、適当な出力を返してくれるのだ。
元帥は正帽を脱いで、列席者が映り込む程に磨き込まれた机の上、着座位置にほど近い誕生日席の位置、に起き、こめかみを両手の親指で揉みながら目をギュッと瞑る。
ゲリラ・コマンドゥに対しては、我の火力・機械力を迅速に集中してこれを行い――(陸軍作戦教範第六章『攻撃』――)
という一節が元帥の脳裏に過る。が、残念なことに33MCTは自動車化はされていても機械化されていない。
その上、捕虜を取られているとなると、火力をボカスカ集中してその間に近迫し、機関銃をスプレーの様にぶっ放して速度を発揮し制圧するという『常套手段』は取れない。
否、本当は確実な無線機の破壊を確証したいだけなのだが、それはココで言うべきでは無い。
「特戦参謀?」
「はい」
特殊部隊長は、『コマンド』と聞いた時から自分達にお鉢が回ってくることを半ば覚悟していた。
特殊部隊の相手は特殊部隊では無く、十分増強された一般部隊であるという座学上の知識は、貧弱な兵站能力と、迅速とを要求される今戦役に於いてはクソの役にも立たないということも、よく理解していた。
「特殊部隊の出動は可能か?」
「はい、今すぐにでも」
実戦経験を積めば、当然、部隊は強くなるという誤解がある。
だが実際は、実戦経験を積めば積む程、部隊は弛緩し、士気は低下し、練度は下がる。人は睡眠が必要なように、結局は人の集合体である部隊も、休養と反芻、適切な訓練を経なければ、経験を能力に昇華することは出来ない。
当然、特殊部隊長もリアムもそのことは理解していたが、今、使える手駒の中では最適なものであるという認識も共有していた。
再訓練は積んでいないが、十分休養しただろうと。
「国家市民軍は、戦友を決して見捨てない」
元帥は、特戦参謀の方へ向けていた頭と視線とを正面に戻し、ぢっ、と国家市民軍旗を見つめた。
「例えそれが一縷の望みであっても、我々は如何なる困難に直面しようとも、あらゆる努力を尽くし、戦友を奪還する」
正帽を被り直す。
「伝統を作るぞ、諸君!」
戦闘員は、たとえ困難状況下におかれたとしても、自ら生存自活の手段を尽くし、決して生存努力を怠ってはならない。(地上軍歩兵教範第三章「安全」より)
救援は必ず来る。(同上)