空気
「おねーさんと、おにいさん、何のお仕事をしてるの?」
「「えーと……」」
検察官事務及び秘密保護官事務取扱司法警察員
そもそも『おまわりさん』の概念すら怪しいこの少女に、どのように説明しろというのか。正直自分らでもどうなってるのか良くわからねぇのに。
「法律を執行するお仕事をしているんだよ」
カルメンは頭が良いからか、相手がどこまで理解しているのかは一旦置いておき、教科書的な説明を始める。分かるはずも無いというのは彼女も分かっているが、だが、口から何か発さないと落ち着かないのだ。
「この国には、皆で決めた決まり事があって、その決まり事を破った人を、決まり事通りにお仕置きするっていうのが仕事だよ」
「それは司法警察の説明と検察の説明が混じってるね」
「うるせぇな」
高めに座面を上げた椅子から拳裏を繰り出し、不器用な狐を黙らせる。
不気味な程に白く、明るく、そして風通しが良い病室の中に「いて」という言葉に濁点を付けたものが満ちた。
「俺達はな、理不尽を除くのが仕事なんだ。お嬢ちゃん――サラちゃんは、宿屋さんだったんだろ?」
コク、と彼女が頷いたのを見て、フレデリックも満足そうに頷く。
「宿屋さんは、お客さんに快適に過ごして貰えるよう、部屋をキレイにして、ベッドを作って、ご飯を出すだろう? 俺達の仕事も殆ど一緒。皆が快適に過ごせるよう、理不尽に直面しないよう、頑張ってるんだ」
「りふじん……?」
「ちょっと難しかったかな。うーん……悪いことをしたなら、お仕置きを。良いことをしたなら、ご褒美を。逆に、悪いことをしていないのに、怒られたり、お仕置きされたりしてはならない。誰も、そんなことをしてはならない。そういう風な状態を創るのが、俺達の仕事さ」
「私が、こうなってるのも、りふじん、ですか?」
「……」
二人、顔を見合わせて暫し沈黙した。
大量破壊兵器を使ったら巻き添えにしちゃいました。でも安心して、マシな方だし、一応正当化の余地が無い攻撃という訳でも無いし、できる限り治療してあげますから。なお、あなたがそうなった本当の原因は、知っているけど教えられません。
理不尽極まりない。と言う他ない。
秘密保護官らは、一様に沈黙した。
我々は、何のために働いているのだ?
「私、これからどうしたら良いんですか?」
「一応、宣誓を経て我が国――ドーベックの市民になることができるよ。そうしたらね、傷痍年金が出るから」
戦災被災者の援護に関する法律
その中に、『敵の攻撃によって身体的障害を負った者』に対し、特別の援護を行う旨の規定がある。
労災で適用される算定表よりも、ほんの少しだけ多めに支給されるソレと、住居・医療保険制度を使えば、少なくとも食いっぱぐれることは無い。
が、そんなことを目の前の少女は聞いていないということは重々承知していた。
小人が吐いた溜息は、良好な換気設備によって迅速に温かで新鮮な空気へと置換されて、その場に留まることは無かった。
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第三十三自動車化戦闘団。
各師旅団から精鋭を集め、自動車の運転と整備を始めとする各種特技を付与し、そして、自動火器を持って旧イェンス家所領に残存する勢力を討伐して回っている、我々。
殆ど焦土と化したこの土地を吹き荒ぶ寒風は、ドアを閉めて風防を上げて尚、隙間から侵入してコート越しに身体を震え上がらせた。
その辺に転がっていて、或いは自らが転がした『命だったもの』へ震え上がる程、士気は低くなかったし、寧ろ冒険者的な勇気心――生命が根源的に持つ、拡張への悦び――すら持っていた。
「小隊長ぉ! 団本部から前進中止命令が出ました!」
「了解、全車停止」
無線手が叫んだ内容を理解した下級将校は、助手席から旗を振って『減速』を指示した後に『停止』を指示する。
山間の道だ。エンジン音で聞こえなかった風の音、それに伴う森のざわめき、鳥の囀りが聞こえる。深く息を吸い込むと、腹の少し上まで爽快な空気が満ちる。
無線機は全車に積める程無いから、先頭を走る隊長車に無線を積んで、指揮統制を行いやすいようにしていた。
当然、そんなことをしては奇襲に遭遇した場合、初弾で梯隊が壊滅する可能性もあるし、教範上はそれを見越して隊長車を中央に配置する行進隊形が指示されていたのだが、それでは後続車は良いものの、隊長車より前に居る車は度々手信号を見落とすということが続発して、現場判断でこのような運用に変わっていた。
それに、このようにして運用されている捜索小隊の火力は、当時大陸内に存在した汎ゆる少人数編成部隊の中でも最も強力だった。
迫撃砲こそ配備されていないが、機関銃を骨幹として、無反動砲と大量の弾薬を携行、小銃は勿論全て自動化されており、小銃擲弾や予備銃まで配備を受けていた。
「02、02、こちら00送れ」
「02、02、こちら00送れ」
定時連絡か、ヘルメットを外して頭皮を重力と蒸れから開放してやる。こんな寒いにも関わらず、頭皮は悲鳴のような痒みを主張していて、更に汗が眉毛へと垂れてきた。
「03、03、こちら00送れ」
「――00、こちら03送れ」
頭切れを防ぐために二回呼び出すか、PTTスイッチを少し長押してから交話を始めるかは、無線手の裁量に任せられている。
「レコン、レコン、現在02の状況不明。レコン各隊は前進を中止し、02の捜索にあたれ。回信を取る――
「了解で返しといて」「はい」
無線手はメモを取りながら一瞥だけを向け、小隊長はそれを見て満足した。
「ちょっと分隊長集めるから」
ドアを開けて降車し、「分隊長集合」と呼び、隊列の中央辺りで拳を挙げて集合位置を示す。
ワラワラと集まってきた分隊長達は肩に小銃を吊っていたが、小隊長は拳銃を持っているので車両に小銃を残置したままだった。
「先ほど中隊から二小隊と連絡が取れないって話があった。よって我々は二小隊の捜索を実施する。詳細はまだ降りてないが――
二小隊に居る同期の顔が過る。どうせ無線故障だろうが、孤立してしまうと不味い。そんなことを考えつつ、実際に分隊長らへ示す下達内容を考えながら、口からそれを吐き出していた時、山麓の空気を暴力的に切り裂く音がして、次いで聞き慣れた発砲音が響いた。
「誰だ! 暴発したバカは!」
頭を振って前後を見る。
ウチじゃ無い。
「二小の馬鹿どもがこっちに撃ってきやがったのか!?」
いや、そんなコトするようなら、そもそもレコンなんかやってない。
それに、ウチの撃ち方は『パン、パン、パンパンパン』だ。攻撃するつもりで小銃を撃ってるなら、少なくとも修正射が飛んでこないとおかしい。
じゃあ、誰だ? という疑問が脳を圧迫しようとするが、撃たれている以上、伏せるしか無い。
分隊長らに自分の車両を掌握するように命じた後、四つん這いになって先頭車に戻る。
「おい、降車して林内に入れ!」
ドアポケットに据えた小銃をもぐようにして掴みつつ、何が起こっているのか分かっていないような部下達に命ずる。
瞬間、場の空気が凍りついた。