ep.2
本日更新3話目です。
魔術とは何なのか。その問いに答えられる者は誰ひとりとして居ない、なぜなら精霊とは何かわからないのだから、と言ったのはオルソ教授である。しかしながら、シジェーロ教授は魔術の深淵は精霊との契約に在るとしている。とどのつまり、精霊魔術とは名の通り精霊の力を行使する力であり、それ以上でもそれ以下でもないのだ。
ところで、魔術師とは誰しもが持ち得る素質ではない。この国で言えば人口の10分の1にも満たないだろうか。その中で、素質持ちの割合は貴族が大半を占める。というよりも、魔術師としての素質があるからこそ貴族として大成しているという方が正しいのかもしれない。無論、貴族で無い市井の者にも素質ある者はいる。しかしながら、貴族家から排出される優秀な魔術師に目が行きがちであるため、貴族イコール魔術師というイメージが市井の者たちにあるのは致し方ないことかもしれない。
「……それで、現実逃避は終わったかしら?ミーナ。」
「えっと、……何のお話だったでしょうか。」
ルミナスさまの顔を見るのが怖くてそっと視線を逸らした。その先にある窓から見える風景は、藍色にキラキラと星々が輝く夜空だった。現実逃避は、と責められているがそもそもこの時間まで現実逃避していたのは彼女だと思う、というのは言わないでおく。恐いし。
ルミナスさまは、5大侯爵家のうちの1つ、火のロッソィーノ家の珠玉の姫、一人娘のルミナス・ロッソィーノ公爵令嬢である。かたや私は、市井に生まれ魔術師の素質に恵まれた幸運な天涯孤独のしがない女である。そんなルミナスさまと私の関係を端的に表すならば、親友、であろうか。怖れ多いことにも、ルミナスさまと学院で出会った時から何かと気にかけて頂き、とても沢山の恩と迷惑をうけ、卒業後も変わらずに友と呼び親しんでくださっている。こんな素敵な友人を得たことは本当に得難いことだと思う。
「ミーナ、しばらくこの屋敷で滞在しなさいな。そうね、子どもが3歳くらいまでは、というよりもずっと居てくれて構いやしないわ。」
「私が構いますわ、ルミナスさま。」
「こんなこともあろうかと、ミーナの部屋は用意してあるわ。ちゃんと侍女はつけるし、あとは、乳母の手配も必要ね。」
「ルミナスさま、……!」
「安心しなさいな、わたくしが貴女もその子も守るわ。産むのでしょう?その子を。」
ほろり、ほろり、と頬をつたった。本当に得難い友人を得たものだと、強く、強く思った。
不安だったのだ。思いがけない妊娠に、突然現れた命に、怖れ慄き震えていた。でも、考えに考えても、この子を産まないという選択肢は無くて。ならば、私がしっかりしなければと、この子を守るのは私だと自覚するしか無くて。けれど一人ではないはずなのに、孤独に震えていた。
ルミナスさまは私に近づき、そっとショールを肩にかけてくださった。
「守るわ、かわいいかわいい私のミーナ。安心しなさい、わたくしはロッソィーノ侯爵家次期当主よ。」
「ルミナスさまぁ……っ。」
「いいのよ、だってわたくし達、友達でしょう?」
静かに笑みをたたえて私の髪を梳くルミナスさま。優しい世界に浸りたくて、そっと目を閉じた。
***
「いいこと、ミーナに影をつけて守りなさい。誰が私のミーナに毒牙をかけたのか知らないけども、それを面白く思わない連中がいて不思議は無いわ。貴族が絡んでいたらさらに厄介だわ。」
「承知いたしました、お嬢様。」
「まったく、どこのどいつなのかしら……。学生時代から余計な虫は排除してきたのに……、ミーナを独りにする男なんて失格よ。」