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天地(アメツチ)の空  作者: 狭倉朏
警察本部にて
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第26話 警察本部にて、天地の詞

「我々が作り上げたアメツチデバイスとは人類を単身で宇宙進出できるように開発されていた技術を元天地が自己の技術で補強し実現したものです。本来のアメツチデバイスは赤星の故郷でもすでにロストテクノロジーとなっていたそうです」

「本来のアメツチデバイス」

「はい、プロジェクトメンバーは旧アメツチデバイスと呼んでおります……天地博士はそれを厭うていましたが」

 詩歌の表情に少し色がにじんだ。

 どこか哀れむような色だった。

「元天地博士が子供の頃の赤星従後を拾ったのはとある前進銀河です」

 前進銀河とは開発途中の銀河系を示す言葉である。

 既存の国家が予算をつぎ込んで人類の次の住処とする。

 その開発には危険が伴う。

 囚人が刑務の延長で向かうこともあれば、ボランティア感覚で若者や学生が向かうこともあり、その開発の進捗はさまざまである。

「赤星曰くそこも赤星の故郷ではなかったそうです。赤星は旧アメツチデバイスの被験者……恒星間ワープを人の身のみで可能とした人物によってその前進銀河に連れてこられたそうです」

「そんな話は子供の戯言として流さなかったのか?」

 青山の疑問に詩歌は少し考え込んだ。

「……元大為爾(タイニ)をご存じでしょうか?」

「元いろはの経歴を洗う上で調べた。いろはの父方の祖父で地球考古学者だろう?」

「……元大為爾の研究テーマこそが日本政府によって行われていた人という名のクドリャフカの全景を調査するというものでした。人類が地球に居た頃のことを研究する。故に地球考古学。そして元天地もそれを知っていた。それに触れていた……天地(あめつち)という名がそもそもその研究に由来するものだったから」

「なんだと?」

 

「〈(あめ)〉〈(つち)〉〈(ほし)〉〈(そら)〉〈(やま)〉〈(かは)〉〈(みね)〉〈(たに)〉〈(くも)〉〈(きり)〉〈(むろ)〉〈(こけ)〉〈(ひと)〉〈(いぬ)〉〈(うへ)〉〈(すゑ)〉〈硫黄(ゆわ)〉〈(さる)〉〈()ふせよ〉〈()()を〉〈()()て〉」


 歌うように詩歌は唱えた。

「……これは天地(あめつち)(ことば)というものです。地球の日本の平安時代に成立したものです。いろは歌と同じものだと思ってください」

「日本語の五十音を網羅したもの、ということか」

「はい」

「エが二つありませんでした?」

 耳聡く剣ヶ峰が前のめりになって口を挟んだ。

「平安時代の頃にはア行とヤ行のエを区別していたと言われているのです」

「ほほお。詩歌さんも博識ですね」

 剣ヶ峰は納得したらしく椅子に座り直した。

「天地の詞になぞらえて旧アメツチデバイスは開発されました。つまるところ開発コード名です。赤星はその内〈星〉に適合する氏族です」

「……いろは歌に〈空〉」

 青山は口の中で呟く。思い浮かぶのは赤星と宇宙港で遭遇した民間人ふたりの名前。

「最初に天土星空とついているのが宇宙開発にはピッタリ感ありますね!」

 剣ヶ峰はさらりとそう言った。

「旧アメツチデバイスの存在を元天地は最初は疑っていたそうです。父親の研究していたただのおとぎ話、そんな自分の名前を嫌っていた……しかし彼は出会ってしまった。赤星従後に出会ってしまった……」

 元詩歌の昔話。

 青山と剣ヶ峰は目配せをした。

 長い話になりそうだった。

 

 しかし、長い話になる前に、取調室に警報が鳴り渡った。


『外部から高熱反応。高熱反応。職員は直ちに避難態勢に移ってください。来庁者の皆様は職員の指示に従い、避難してください。繰り返します。外部から高熱反応。高熱反応が確認されました』


「きやがったか」

 剣ヶ峰捜査官は立ち上がった。


 エメラルド恒星警察本部。

 宇宙港ほどではないがそこそこ防御力のある警察の外壁に、見事な大穴が開いていた。

「さて、アメツチデバイスはどこだ」

 赤い男、赤星従後は誰に聞くでもなくそう言った。

 赤星従後は自分が大穴を開けた廊下にしゃがみ込む職員たちに見向きもせず、一点を目指した。

 彼の行くべき場所を目指した。

 同じフロアにそれがあることを、赤い男は捕捉していた。


 モニタールームのドアが乱暴に開かれた。

 赤いパワードスーツの男がそこに居た。

 集まった人員から悲鳴が上がる。

「避難指示を!」

 紫雲は制服警官に素早く指示を飛ばした。

 周囲には警察官ではない人間が大勢居る。

 皆が皆、この非常事態に対処できる人員ではない。

 紫雲自身もそこまで戦闘分野に長けているわけではない。

 制服警官が大きく息を吸って叫んだ。

「こちらです! こちらから避難をおねがいします!」

 そう言いながら制服警官は赤い男に向かう。

 紫雲英は一瞬モニターに顔を向けた。しかし自分に抗う力などないことを彼女は知っていた。

「……青山捜査官、剣ヶ峰捜査官、どうぞご無事で」

 紫雲英は一言そう呟くと避難する人波の中に身を潜らせた。


 赤い男は逃げる紫雲たちには見向きもしなかった。

 自分の目の前に立ちはだかった制服警官に目を向けた。

 制服警官は知っていた。

 レッドに電撃警棒が効かないことを青山春来の報告から承知していた。

「退いた方が身のためだぜ?」

 赤星従後は静かに尋ねた。

「……彼女らの避難行動を守るのが自分の仕事ですので」

「うん、立派だ。この国の役人はどいつもこいつも立派だな。そして命を無駄遣いする」

 赤星従後は手の平をかざした。

 向けた先は紫雲たちが逃げた方向とは真逆。

 モニタールームのガラスの向こう。


 元詩歌たちがいる取調室だった。


 制服警官は地面を蹴った。

 赤星に飛びかかる。

 赤星従後は無言で腹を蹴りつけた。

 制服警官は地面に沈んだ。

 

 そして赤星は炎を放った。


 強化ガラスが無惨に溶けて、赤星従後と元詩歌を隔てるものはなにもなくなった。

 

 剣ヶ峰捜査官の背に元詩歌は庇われていた。


「うーん、とりあえず邪魔な奴を殺そう」

 赤い男は剣ヶ峰に光弾を放つ手の平を向けた。

 剣ヶ峰は微動だにせず赤い男から目をそらさなかった。

「なにか遺言は?」

「ございませんよ」

 剣ヶ峰はにやりと笑った。

「死にませんから」

 赤い男、赤星従後めがけて、青い何かが飛びかかった。

「防御装甲展開」

 青色の防御装甲が、言語コマンドによって展開される。

「……渡したか、官憲に」

 赤星従後は苦々しくそう言った。

 

 青山春来がそこに居た。

 青いパワードスーツを纏ってそこに居た。

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