第25話 警察本部にて、人という名のクドリャフカ
黄空ひたきと元いろはは青山たちの同僚の広域捜査官によって家まで送られた。
どうやら彼らはそのまま黄空家の周りに張り付いているようだった。
「息苦しいねえ」
「ごめんなさい」
元いろはの顔は暗かった。
「謝らないでいいよ。もう共犯みたいなもんだから、私は」
元詩歌はどこまで話すだろう。
自分たちはどこまで沈黙しておくべきなのだろう。
黄空といろはの手にその答えはなかった。
「そうだ、拘置所? に差し入れ出来るかどうか聞いてみようか」
「差し入れ……ですか」
「うん差し入れ……それこそ蕎麦でも、さ」
今、自分たちに出来ることを考える。
黄空に出来るのはそれだけだった。
エメラルド恒星警察本部広域捜査課取調室。
青山と剣ヶ峰の向かい側に元詩歌はいた。
部屋の隅には広域捜査課の一員である女性警察官が控えている。
紫雲英は現職の警官ではないため取調室の外、モニタールームにて待機を余儀なくされていた。
モニタールームには明らかに警察官ではない人間の姿が確認できた。
紫雲はそれをひとりひとり確認する。
省庁交流で見覚えのある顔もあればまったくもって素性の知れない顔もあった。
どちらにせよ警察本部にいるということは何らかのここに居る必然性のある人間たちなのだろう。
紫雲はそう考えて人物の判別を止めた。
それを考えるのは紫雲の仕事ではなかった。
元詩歌の犯した罪が入星管理局の管轄に置けるかどうか、それが紫雲の考えるべきことであった。
いつにない人数のモニタールームに制服警官が緊張のため息を何度かつくのを耳にしながら、紫雲英は元詩歌の様子を見守った。
「何から話せば良いのやら……」
元詩歌はそう口火を切った。
「……まずはよけいな仕事をさせてしまったことをお詫び申し上げます。私が身分を偽装して銀河間航行をしたのはわざとです。バレるようにしました」
青山と剣ヶ峰は横目で目配せしあった。
二人に驚きはなかった。少しの苛立ちはあった。
「何のために?」
青山が淡々と尋ねた。
「身の安全を図るため」
元詩歌の返答は明確だった。
「それのためにはあまりに回りくどいやり方ではありませんか?」
青山はあくまで感情を入れずに言葉を続けた。
剣ヶ峰はそれを見守っている。まだ剣ヶ峰の口を挟むべき段階ではない。彼はそれを知っている。
「……ええ、そうですね。しかしそれ以外に方法がありませんでした。あの赤い男がどのように介入してくるのか読み切れなかったので、あなた方を利用しました」
「赤い男についてあなたは何をご存じなのですか」
「…………」
詩歌はしばらく沈黙し、そして意を決して口を開いた。
「あの男の名前は、赤星従後……赤い星の後に従う……赤星従後です」
突然にもたらされた赤い男の本名。
それにも青山は表情を変えなかった。ただ小さく相棒の名を呼んだ。
「剣」
「はい、全天コンピュータに銀河庁経由で照会してきます」
立ち上がろうとした剣ヶ峰を、詩歌が止めた。
「無駄だと思います。完全放置社会の出身者ですから」
完全放置社会とは、人の自由を謳い、全天連合の定める最低限の国家要件を満たしていない恒星系および惑星の呼び名である。
原則として全天連合には加わることが出来ず、恒星間ワープの出来ない代わりに全天コンピュータの恩恵も受けることが出来ない。
ここエメラルド恒星系は準管理社会である。
全天連合には、完全管理社会か準管理社会のみが加盟できる。
取調室の二人に代わって紫雲英が通信デバイスを手に取った。
『赤星従後』ただその名だけを打ち込み、銀河庁入星管理局の同僚に送る。
取調室の中では詩歌が言葉を続けていた。
「……我々はコードネームでアルデバランと呼んでいました」
アルデバラン。
それは人類のパイオニアが偶然の産物によって一番最初に目指した恒星である。
そして「後に従うもの」という意味を持つ。
人類がまだ地球に居た頃に、プレアデス星団の後に続くアルデバランを見て、名付けられた名である。
青山春来の知識はそれを網羅していた。
「従後……アルデバラン」
「ええ、そういうことです」
青山と詩歌の理解に、剣ヶ峰が少し理解不能という顔をしたが、沈黙を保った。
「そしてこれまで放置社会系にのみ生息させていた彼らの切り札です」
「彼ら?」
「元天地博士の天地プロジェクトに従事する者たちです」
「アメツチプロジェクト……」
青山は繰り返し、詩歌は天地と宙に書いた。
「……赤い男がパワードスーツを着用していたと報道で見ました。あのスーツの名は『アメツチデバイス』……元天地博士の研究成果物です」
「……元いろはさんとの関わりの中で、元天地博士の研究内容についてはうちの技術畑の連中が一通り目を通しました。元天地の研究は光加速転送装置の小型化。あのようなパワードスーツを創り出すのとは一線を画しているように思いましたが……」
「あのパワードスーツの技術根幹は光加速転送の小型化です。小型デバイスでも遠方からパワードスーツの大本を転送して装着が出来ます。その大本が現在どこにあるのか目下不明です」
詩歌は少し言葉を切った。
「アメツチデバイスとそれがもたらす古い研究の結晶。赤星従後はその重要なカギであり、被験者です」
唐突に明かされた事実に青山と剣ヶ峰は顔を見合わせた。
「人という名のクドリャフカ、赤星従後はその末裔です」
「人という名のクドリャフカ」と元詩歌は苦々しい顔で言った。青山春来も顔をしかめた。
「……嫌な名前だ」
「何ですそれ?」
剣ヶ峰は軽い調子で挙手をする。
「……全天暗黒史のひとつだ。教科書ではさらりと流される……クドリャフカとは宇宙実験に駆り出された犬の名前。そして人という名のクドリャフカは人類が宇宙に進出するとき各国によって行われた様々な人体実験の被験者の総称だ」
「人体実験」
剣ヶ峰は顔をしかめた。
青山は淡々と続けた。
「その多くは記録が抹消されているし、存在も残っていないとされる。人類が宇宙に進出するにおいて、人類自身を変革することによって宇宙に適合する試み」
「人体改造……?」
「ああ。しかし、結局人類はその身のまま光加速転送に身を委ねて全天に進出することを選んだ。人という名のクドリャフカはそのすべてが無意味な実験に終わった」
「青サンは本当に博識ですねー」
対する剣ヶ峰は軽やかに受けた。
詩歌だけが苦々しい顔のまま、言葉を続けた。
「云千年単位の人類の置き土産……そう呼ぶべきなのでしょうね」
「わざわざその証言をするということは、赤星は……赤星たちは遺伝する変質を遂げているということなのか?」
赤星従後の親族について青山は想定し、そう言った。
詩歌はその言葉を正しく受けた。
「彼らはアメツチデバイスに適合する一族です」
青山も剣ヶ峰も、そして紫雲たちも想像する。どこかの宇宙に取り残された一族を。
それはどのようなものだろう。おのおのの想像は様々だった。




