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第22話 黄空と剣ヶ峰捜査官(2)

「ええっと……それでですね、黄空さんにはレッドへの感触について改めてお伺いしたいのです。こちらの青山が目覚めましたのでそことのすりあわせもかねて」

 剣ヶ峰捜査官はそう言った。

 黄空は少し考え込んでから、口を開いた。

「星への侵入者っぽい割に、顔隠す気すらなさそうでしたね。事態を隠蔽したいって気がなさそうでした。これは直観的意見ですが……なんでしょうね、計画的テロリストというにはあまりに正々堂々としすぎていた」

 黄空は赤い男を思い出す。

 派手派手しいアメツチデバイスの力による暴力ばかりが目立っていた。

 しかし本人を改めて見つめれば、そこには本人による暴力がある。

「ええ、青山も同じようなことを言っていました。このままじゃただの破壊願望所持者が運輸の安全に大打撃を与えて雲隠れ。冗談にもならない感じで終止符打たれる勢いです」

「……弱音、ですか」

「すみません」

 剣ヶ峰はぺこりと頭を下げた。警察という権威に所属しているわりにずいぶん簡単に頭を下げる。

 柔軟なのか、軽薄なのか。どちらもなのか。

「分からないと言えば、お二人を追いかけ回したことも分かりません」

 お二人。黄空といろはを追いかけまわした理由。

 当の本人たちには分かっている。

 赤い男は元いろはの持つアメツチデバイスの奪取が目的だった。それに失敗した。とても単純な構造だ。

 しかしそれはここでは開示できない。いろはとの約束がある。

「トロッコ破壊するレベルで黄空さんたちを脅しに来たわけだから、他人の命より大事な何かがあったんでしょうね」

「まあ他人の命の価値なんて、人によっては今日のご飯より軽いでしょうね」

「ええ、そういう人間もいるでしょうね。でも、そうだとしたら怖すぎるんですよ。そんな軽さで意味もなく他人を追っかけまわす奴が跋扈してる現状。だからお二人に何か心当たりがあるなら安心できるんですけど、ないんですかね」

「ないですねえ」

 明確な嘘。

 嘘をついてしまった。

 黄空ひたきは自分自身に驚いたが、それを表情に出すことはなかった。

「ないですよねえ」

 対して剣ヶ峰は特に異論をはさむことなく頷いた。

「難しいなあ……うーん」

 独り言を続けて、剣ヶ峰は空を仰いだ。

「……青山さんは、何か言ってましたか?」

 助け舟を出すように、あるいは探りを入れるように、黄空ひたきはそう質問した。

「青山は……まあ黄空さんと似たようなことを言っていました。赤い男にとって他人の命とかは無関係で、ええっと自分の目的のためならどんな安直で乱暴な手でも取りそうな奴だったって。そう思います?」

「……そうですね、おおむね同意できます。なんというか人に暴力を振るうことに一切の躊躇がなかったですね」

 赤い男のそういう暴力性の被害はほかならぬ青山春来に対して発揮されていた。青山本人が身に染みて分かっているだろう。

 なんやかんやあったが黄空といろはに怪我なく過ごせているのは青山の尽力が大きいのだ。

 青山春来は身を挺して黄空ひたきと元いろはを守ろうとしてくれた。

 それを黄空は感謝している。

 だからボルケーノサラマンダーの件で助けになれたことに少しだけ充足感があった。

「そうですか。やだなあ」

 黄空の心中など知らぬ剣ヶ峰は天気が悪いのを嫌がるかのごとき気楽さでぼやいた。


 剣ヶ峰捜査官の態度は徹頭徹尾、軽かった。


 その後もいくつかの質問をされた。のらりくらりと黄空は応えた。

 その終始で剣ヶ峰が何かを掴んだ様子はなかった。黄空にも特に波風は立たなかった。

「それでは以上です。本日は貴重なお時間誠にありがとうございます。失礼致しました」

「いえいえ。お仕事どうぞ頑張ってください」

 剣ヶ峰の去り際に黄空ひたきは思い出した。

「そういえば青山さん本人から連絡、なかったですね」

「ああ、忘れてたな……後で合流し次第連絡させますね」

「いえいえお構いなく。仕事に復帰されていることを知れただけで十分です。安心しました。これから合流されるんですか?」

「ええ、元いろはさんにお話しを聞いている最中のはずです」

 剣ヶ峰はさらりと言った。そうですか、と黄空ひたきは相づちを打った。

 それでは改めて失礼いたします。何かありましたら連絡ください。剣ヶ峰はそんな紋切り型の文句とともに去って行った。


 黄空ひたきは息をついた。

 元いろはと黄空ひたき別々に話を聞く。それはどう考えても揺さぶりの一種だった。

 これで黄空といろはが何か致命的に違うことを証言していれば、あるいはいろはがうっかり口を滑らせ赤い男の狙いについて言ってしまっていれば、黄空といろははただでは済まないだろう。


 偽証罪の量刑はいかほどだったか。


 自分は危ない橋を渡っている。そしてそれを表情筋一つ動かさずこなしている。

 改めて黄空ひたきは実感した。

 いくら頼まれたことと言え度が過ぎている。

 今回の騒動の何が黄空にそこまでさせるのか。

 明確だった。

「……親、か」

 浮かんだ感傷に思いを浸すことなく黄空は昼飯時になったのを確認し、食堂へと歩を進めた。

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