四節【2】 東王都、その有り様
同じ週にとはいかなかったけど、なんとか書けました・・・でも、まだもう少しなんですよね
(あー、ほんとについてない。いい獲物かと思ったらあんな変人だったなんて。狙う相手間違えちゃった)
裏手を出た少し後、清楚感と非生活感の漂う街並みを、とぼとぼと弱い足取りで少女は歩んでいく。哀愁さえ感じるであろうくたびれた雰囲気を纏っているものの、道脇を進んでいるのと仕事に勤しんでいるというのもあり、周りの人々はさほど気に止める事無く生活していた。
(でも、流石にこの貴族区には入ってこないでしょ。面倒なこと嫌いみたいだったし。ここで活動してればもう会うことも無いよね)
朝から会ってきた変人と忌避感とを天秤にかけた末に、揉め事の前はあれ程避けていた境界線を容易く踏み越え、貴族区へと入った少女。しかし、本来なら入る気の無かった場所へ来てしまいやることもなく、しかし今更引き返すのもどうなのかと頭を抱えていた。
(ここに来たところで、やることなんてほとんどないのよね。下手に盗った奪われたなんてやったら騎士呼ばれちゃうし、平民区より質が良いからとボッタクリの値を出す奴も多いから買い物するのも一苦労・・・適当なところで休んでようかな)
要件も無く歩みを進めて、この後どうするかと再び考え込んでいた。
「おやめください。わたしは、そんな」
「そう邪険にするな。何も悪い話ではあるまい?」
(・・・ん?なんだろ)
ふと聞こえた話し声に、意識を引き戻される少女。少しだけとはいえ耳に入った会話が妙に気になり、声の聞こえた方へ向かってみた。
やがて声の出元らしい民家の傍に辿り着くと、そこで会話を聞いているのを悟られぬよう建物の影に隠れて覗き見る。
「痴情のもつれかなー・・・って、そういうのじゃなさそう」
少女が視線を向けた先には、民家の玄関前で、気分の悪くなるような笑みを浮かべている肥満男と、それに手を掴まれて抗おうとしている女性がいた。男の傍には、複数の騎士達が家を取り囲うようにして待機していた。
「陛下。執務がありますゆえ、城へお急ぎください。そのような娘にこだわらずとも、侍女ならば」
「分かっておる。だが、この者を新たな侍女として連れ帰ろうと思っておるだけだ・・・それと、あの侍女たちはもういらん。手を出しても良い反応をしなくなったからな」
「・・・了解しました」
(陛下・・・ってことは、あの如何にもな贅肉塊がここの王様なの!?)
聞くだけで気分の悪くなるような事を述べた男が王だと知り、思わず口を塞ぎ驚きを表す。この国の腐敗さを示すかのような容姿と会話から予測のつく下衆さの染みついた人間性。そんな堕落者が国を統治しているという事実に、少女は思わずゾッとしてしまった。
「陛下、どうかお許しを」
「許し?何を言うかと思えば。これは罰ではない。我のような者に尽くせる機会が来たのだから、寧ろ栄誉と言って差し支えあるまい」
滅茶苦茶な発言と共に、王は脂塗れの手を引いて、女を無理矢理に連れて行こうとする。そんな横暴を公然と行っているというのに、周りの者は同情や苦汁を啜るといった反応をし、それでも腫れ物を扱うように避けていった。近くで休息している人達も視線を向けながら、まるで何もないようにふるまっている。
(酷い人達・・・そんなに気になるなら、皆で助けてあげればいいのに)
「や、やめろ。姉ちゃんを離せ!」
「な・・・なんでこっちにきたの!早く向こうに行ってなさい!」
道の向こうで一人。心配そうに女性を見つめていた少年が、震えながら二人に対峙する。
「これでもくらえ!」
その王に向かって、少年は小さな石を一つ、王に向けて投げつけた。投げられた石は王の腹に当たり、弾力で跳ね返ったように軽い音を立てて落ちる。王は自らの服に着いた軽い汚れと、その原因である落ちた石を見比べるように視線を動かし、愉快そうだった表情を険しい物へ変えていく。
(馬鹿な子だなぁ。助けるにしても頃合いを見てとか、やり方なんていくらでもあるのに・・・)
少年の無謀としか言えない行動に、少女は内心で呆れを示す。
「・・・・・・そこの者よ」
「わ、私ですか?」
側にいた騎士の一人は、王から声をかけられたことに驚き、少し遅れて反応する。
「そうだ、貴様だ。貴様に一つ、簡単な命を与えよう。どのような者でも出来る簡単な事をな」
「と、申しますと・・・?」
「今すぐに抜刀し、そこの小虫を斬れ」
その口から出た言葉に、そこに居た者のほとんどが目を見開き、恐ろしい物でも見るかのような視線を王に向けた。
「で、ですが。相手はたかが子供。何も手を下さなくとも」
「あの小虫は大罪を犯した。我を敬わず、害をなそうとしたのだ。そのような愚民は何であろうと殺さねばならぬ・・・それとも、我の行いが間違っていると?」
「いえ、そのような事は」
慌てて取り繕う騎士は、震える少年を険しい表情で見つめながら、自らの剣を引き抜く。少年はそれに命の危険を感じたが、体が震え、足が動こうとしてくれない。そんな少年に対して、騎士は己が守るべき民を手にかけんとするため、自らの剣を構えた。
「ひっ」
その動作を見るたび、少年の震えが増していく。対面する子供の怯えた姿を見るたび、騎士の表情の険しさも濃くなっていった。
その過程で騎士の手から力が抜けていき、構えをゆっくりと解いていく。
「・・・申し訳ありません」
「何?」
「私には、このような少年を手にかける事は・・・たとえ陛下の御意思だとしても、できません」
「・・・フンッ。命に背くだけでなく王に意見までするとは、この無能め!」
少年の目の前で剣を収めようとする騎士を押しのけ、王は無理矢理に剣を奪った。そのまま慣れていないらしい剣を構えようとして、他の騎士から悲痛な懇願が告げられる。
「陛下、おやめください!」
「黙れ!逆らうのであれば、貴様の妻子から手にかけてやってもよいのだぞ!無論、他の者共もだ!」
「な・・・」
王の脅し文句にたじろぎ、口にした騎士および周辺の騎士達はその場から動けなくなる。それを確認すると、手に持った剣を構え直し、目の前の少年を斬ってやると荒く息巻く。
「このような、王に逆らう者は早めに潰しておかねばな。たとえそれが、小虫一匹であったとしても!」
国王はそのまま、ブレた太刀筋の剣を振り下ろした。はたから見ればかわすのも容易く、素人でも反撃できる程であると理解できる。しかし、自分に向かって来る剣に怯えた少年は目を塞ぎ、手で頭を抱えるようにして縮こまってしまった。刃が少年の体を斬るかどうかというところで、ガキィィンと金属がぶつかり合う音がした。
「・・・?」
一向に剣がこないのと、起こるはずの無い金属音を不思議がった少年は、ゆっくりと目を開ける。そこでは知らない女が自身の前に立ち塞がり、向かってきた王の剣を受け止めていた。少し経つと少年は状況を理解し、目の前の少女に声をかける。
「あ、あの、ありがとうござ」
「お礼はいいからさっさと逃げる!」
少女の一喝で、少年は緩んだ緊張を振りほどき、人の歩みの中を逃げて行った。
「き、貴様、一体どこから湧いてきた!」
「貴方は喋る必要はないですよ。この贅肉ダンゴ」
少女はそのまま王を後ろに押し出す。王の顔面を蹴り飛ばし、弛んだ風船のような胴体に剣の腹を叩きつけた。
「ぐふぁ」
情けない声と共に、王はゴロゴロと道に転がり、馬車の少し前程で止まった。女は苦い顔をしながら、片足を上げて勢いよく振っては石畳に擦り付けるという行為を繰り返している。
「うぇえ、なんか嫌な感触。虫を素足で踏み潰した時みたいな感じだし、しかも相手の人相が気持ち悪いのがまた・・・あ、返り血ちょっとついてる」
少女が、先ほどの感覚を消す様に道に足をこすっていると、顔色の悪い王は腹部を手でおさえ、鼻血を拭いながら立ち上がり、怒声を一帯に響かせる。
「ぐが、何者か知らんがきさ、貴様。よくもやってくれたな…兵隊ども!あの小虫はもうよい。その女を捕らえよ!」
王の命令が下され、兵士たちはぎこちない動きで少女を取り囲んだ。それを厄介そうに一瞥して、少女は渋い表情を浮かべる。
「全く冗談じゃないですよ。そんなことされたら、せっかくしまおうとした剣をもう一度構えないといけないじゃないですか・・・ほんと、少しはこっちの事も考えてよ本当に。こっちはさっさと逃げたいっていうのに」
兵士達に文句を言いながら再び剣を引き抜き、そのまま構える。兵たちはジリジリと互いの距離や位置を確認しながら陣形を整えると、それぞれが少女に向かって走って行った。
「でやあぁ!」
兵の一人が声を上げながら、大振りに剣を振る。それを後ろに一歩引いて避け、位置を戻す様に前に出て、喉元を柄で殴りつけた。
呼吸を乱し倒れる兵には目もくれずに、少女は次の標的に駆けた。標的となった兵は正面からの素早い一撃を、剣で受け止める。剣を受けて硬直した機会を逃すことなく、少女は強引に手を伸ばして騎士の頭を掴むと、他に切り込んできた騎士二人の前に向ける。
「なっ!?」
「そういう所が狙い目なんですよ」
仲間を盾にされて剣が一瞬止まった隙に、掴んでいた兵の頭をそのまま片方の頭へと叩きつけた。もう一人の兵は後ろへと倒される仲間へ意識を向けつつ、すぐに視線を前に戻す。が、なぜかすぐそこに居たはずのを一瞬見失い、その隙を突くようにして下から現れ斬りかかってきた。
「おわっ!?」
死角から襲われた兵はぎょっとして剣で防ごうと横にして構える。だが、態勢が整っていないまま攻撃を受けたため充分に力が籠められず、押し負けて剣を弾き飛ばされた。
「くっ、こんのぉぉ!」
剣を弾かれた兵はやけになって、素手のまま女に突撃し拳を振るう。
「武器が無くなったなら、戦わずに逃げて下さいよ・・・」
少女は溜息を吐くと、剣の柄で鼻っ柱を殴りつけ、怯んだ一瞬に相手の喉元へ刃を突き付けながら脅しを掛ける。喉の薄皮だけをサクリと切り、傷から一滴の血がぽたりと流れ落ちる。
「ね?分かったらさっさと引いて下さい」
「は、はひ」
怯えて腰を抜かした兵は、そのまま隊の後ろへ逃げていく。残りの兵達も、突撃した仲間の惨状をみて少しずつ引き始めている。
(よかったー。今回は割と面倒な事にならずに済みそう)
「悪いが、それ以上の反抗をやめて頂こうか、お嬢さん。その剣を受けるというのは、彼らでは荷が重いようでね」
「だ、団長」
退いた騎士達の間から、明らかに他と違う風格の男が現れる。物々しい鎧も盾も無く、他の騎士と同じ質の剣を構えているというのに。その涼し気な佇まいから受ける威圧感は嫌になるほど濃く、思わず一歩後ろに下がり構え直す。
(団長って事は、あの人が一番ってわけね・・・確かに、只者じゃないっぽい
———正直戦いたくないわ。今すぐにでも逃げたいなぁ・・・)
顔やしぐさに出さないながら。少女はその雰囲気に気圧され、今すぐにでもそこから退散したいと切に願った。
「双方に痛手を負うというのは、こちらとしても避けたいところでね。手荒な真似をしないと約束する代わりに、大人しく同行して頂きたいんだ。それでも続けるというのなら、部下たちに代わりわたしがお相手させて頂くが、宜しいか?」
「そうですね・・・申し出はありがたいのですが、私の感が提案を受け入れてはいけないと警告しているのでお断りさせて頂きます。手荒な事も無く、このまま無事に王都を旅立たせて貰えるのならいいのですが」
「そうか・・・なら、少し痛い目に遭ってもらうよ」
悲し気に吐き捨てる騎士団長は、鞘入りのままの剣を手に取り突撃してくる。
「ちょ」
自身よりも更に速い動きで、距離を詰められる少女。慌てながら構えるも、詰め寄る勢いを乗せた剣を振りぬく。
「あわぁ!?」
服に掠りながらもギリギリで一太刀を避け、少女は慌てて距離を取った。
「・・・おや。これが躱されるとは思わなかった。今のでいけると思ったんだけどね」
意外そうに、けれど少し嬉しそうに語る。その余裕さを見せつけられていることで、少女の緊張がどんどんと膨れ上がっていった。
「なら、次はこういうので」
騎士団長は構えを変え、今度は少しずつ相手の間合いを測るように近寄っていく。少女が一歩引けば二歩、二歩引けば三歩というように距離を縮め、少女の間合いに踏み込んだ途端に、高速の連撃を叩きこんできた。
「う、うぅっ」
向かって来る一撃一撃が非常に重く、流しきれない物を受け止めるたびに腕が痺れていった。その痺れが響く度に、少女は小さな呻きを上げる。
「そろそろ疲れてきただろう?これで、終わりだよ」
「うわぁ!?」
腕が限界を迎えていた所で、少女の手から剣が弾き落される。そのまま剣先を向けられ、事実上の詰みを迎えてしまった。
並ではない連撃を放ち、それでも呼吸の間隔がまったく乱れていない騎士団長。
剣を落とされた上にまだ何人もの騎士がこの場を取り囲んでいる現状。
そんな中で少女は、あるかもわからない打開策を必死に考えた。
(このままじゃ・・・早くどうにか、っ!?)
圧倒的不利な状況に追い込まれ逃げようとしていた矢先に、少女は右足の辺りに鋭い痛みを感じた。何かと見下ろして足を貫かれている事に気づくと、急に意識が遠のいていく。
それは、疲れ切って眠ろうとする時の様に心地よく、必死に抗わんとするがどうしても拒めない。どこまで足掻こうとしても振り払えず、体を動かす度にその夢心地が全身を包んでいく。
「貴様ら無能共は、このような泥臭い小娘1人もロクに捕らえられんのか?」
(な・・何・・・っ・・・・の)
気力を振り絞って振り返り確認すると、先ほどの王がつまらなさそうな表情を浮かべながら、騎士の物らしき剣を少女の脚へ突き刺していた。その剣には、先ほどは無かった水色と桃色の紋様が刻まれている。
「ふむ。薄汚れた小娘だと思っていたが、よく見ると中々に美しい・・・気が変わった。この娘を城へ連れ帰れ。この小娘を奴隷として飼い殺したくなった」
「「「・・・・はっ」」」
王の命を受けて、騎士達は暗い表情のまま少女を連れて行く。王はその様子に満足したかのように期待と喜びで口元を歪め、団長と共に城の方へと歩んでいった。
次節でこの国は終わる・・・はずです。はい