三節 食堂での揉め事
ユウが食堂に入ってほんの数秒程の時、その中の緊迫した空気は死に、完全に白け切ったモノになっていた。それこそ、争うのが馬鹿馬鹿しいと思ってしまいそうなくらいには。
「あー、なんだ。今入らない方が良かったか」
周囲の反応から理解し、気だるそうに呟くユウ。
「多分ね。でももう入っちゃったし、別にいんじゃないかな?」
それもそうかと、ユウはなんでもないように返して足を進めていく。その足がピタリと止まった時には、自らの見覚えのある少女の前に仁王立ちしていた。
「ここまで然として捉えているんだ。俺を知らないし誰か分からない・・・とは言わせんぞ」
「・・・・ンッ、ンンンン」
小さな唸りを零しながら、少女は目を合わせまいと顔をそらす。じぃっと強く凝視されているわけでもないにもかかわらず、その頬や額には不自然な脂汗が滲んでいた。
「おい、なんらテメェらは」
突然に現れたユウに、水を差されたとあからさまな敵意を向ける大男。その一切を無視して卓上の財布を一瞥し少女に声をかける。
「俺から盗ったものはそこか」
「何言ってるんですか。これは私のものですよ?」
「なんだ、聞こえてねぇのか?」
少女は卓上の財布をユウから遠ざける。乱雑に切られたような金交じりの茶髪を揺らし、まだ幼げが多く残る目をユウに向かわせて言い切った。
「ほう?どうやらお前は記憶能力が乏しいらしい。今朝あった事も覚えていないとは、余程の阿呆だったか」「おい」
「乏しいも何も、覚えがない事を問われたのでは知らないわからないとしか答えようがありません」「だから・・・」
「面の皮が厚いというのも大概にしておけ。お前がそういう態度を取るなら、俺も相応の事を」
少女に問い詰めていった途中に、二人に忘れられ置物も同然になっていた大男が大声を上げる。
「———さっきから俺様を無視してんじゃねぇぞ!」
今まで放置されたという怒りと、先ほどから一向に意識を向けられないという屈辱で染まった大男は、立て掛けていた大剣を片腕で掴み取り、その刃先をユウへ向けんとする。
「・・・一応言っておくが、こんな所で剣を振り回すのはやめてもらいたいんだがどうだ。それで店に損害が出たら、無駄な浪費を被りかねんだろう。もっとも、お前のように見掛け倒しの木偶の坊にやられることはまずないんだが」
「ふ・・・ふざけんじゃねぇ!」
怒りのままに大剣を掲げ、大男はユウに斬りかかっていく。その一振り一振りを軽く避けながら、なんでもない風に少女へと語りかける。
「お前にも言っておくが、俺はそれの中身全てを返せといった訳じゃない。お前の事を一切咎めない代わりに、次の町までの資金は取らせてくれと言っているんだ」
「え?・・・えー・・・・」
剣で斬られそうになっていながらなんでもない風にみせる振る舞いに、少女は若干引いている。
「何さっきからくっちゃべってやがる・・・いい加減俺様に関心の一つでも見せやがれ!」
酔いが覚めてきたのか、先ほどよりは重く、狙いのついた一撃を振り下ろす大男。ユウはその一撃を視界に入れず、振り下ろされた手を容易く受け止める。
「んなっ!?」
「小娘。一つ貰ってくぞ」
「え、ちょっと」
驚きを見せた大男と、それを見て笑った顔がすっかり歪んでしまった男達を気に止める事無く、エールのたっぷり入った器を取って見せつけるように飲んでいった。
「はー、用水路帰りの口直しには上等だ。こんな状況でなければ、ゆっくりと口に含んで楽しむところなんだが」
ユウがチラリと視線を向けると、少し腰が引き始めた大男は身を震えさせる。
「その程度で剣を使っているのか。ただ己の力任せに剣を振るだけなら、そこらの子供でもできるというのに。
お前は馬鹿なのか?いや、考えるという事をしない時点で馬鹿よりも劣るか」
「な・・・なめるな・・・・!」
呆れた様な発言にムキになって、大男は必死に腕を動かそうと力を込めた。しかしどういう風に力を入れて手を離させようとしても、自身より一回り小さい手は一切離れる事無く、掴まれた場所から微動だにしない。そうして男に力を見せつけたユウが口を開こうとすると、大男は悪あがきの蹴りを放つ。
「全く。これは一度灸を据えなければいけないらしい」
「いいぞー、やれやれー」
ツクモは緊張感のかけらもない雰囲気で見守りながら、少女のそばに座っている。同伴者の気の抜けた応援に面倒そうな風で溜息を吐き捨てると、ユウは残り僅かなエールを口に頬張って器を捨て、空いた手で蹴りを受け止めた。そのまま掴んだ足を無造作に放ると、口内のエールを思い切り大男に吹きかける。
「うべぁ!汚ぇ!」
顔にまんべんなくエールを吹きかけられた大男は怯んで身を引いた。ユウはそれを利用して足を引っかけながら巨体を強引に押し込むことで、体勢を崩させる。
「うあっ」
「ほら、気を抜ける間はないぞ?」
大男が倒れきりそうになった瞬間に、今度は手を無理矢理に引いて巨体を寄せ、頭突きを直撃させる。無茶な一撃でのけぞった体を再び引き戻し、朦朧とした意識の大男の顔面へ掌底を打ち付け、そのまま堅い床に叩き落す。
「ぐ、げぁ」
「戯れなら余所でやれ。煩わしい」
強烈な痛みと衝撃で、大男はうめき声をあげたきりピクリとも動かない。体格差のある状態で仲間が完封された光景を眼前にし、引きつったまま青ざめる男達にその巨体を預け、どうでも良さそうに短く告げる。
「失せろ。不愉快だ」
自身らの姿を映さず、しかし死刑宣告のような圧迫感を感じる眼光に、男達は悲鳴一つ上げずに逃げ出した。
「全く。死んでいる訳でもないというのに・・・・やられ放題のままで行くとは、外面も中身も三流以下か」
逃げ帰る後ろ姿に、呆れと落胆の混じった視線を向ける。だが、終わった後に一息をつくまではせず、本来の目的を果たそうと動いた。
「さて。面倒なのは片付いたんだ。早くしろ」
先ほど告げた部分を省略し、返すようせかした。
「・・・や」
「ん?」
「嫌です!やっと手に入れられた大枚なんです!たとえ銅貨一枚だろうがなんだろうが渡したくありません!」
駄々をこねる子供の様に財布をぎゅうと抱きしめ、必死に取られまいとする少女。
「どうした。それほどまでに切りつめた生活でも送って・・・」
言葉を途中止めにして、その立ち振る舞いと小綺麗な外見をみて思案するユウ。その末に一つの結論を出し気だるそうに視線を向けなおした。
「・・・なんだ。ただ守銭奴なだけか。なんとも面倒だ」
「な!仮にも女の子に向かって面倒ってうわぁ!?」
ユウの発言に噛みついた少女は、持っていた財布ごとユウに担がれた。そのまま無理矢理に財布から金貨二枚を抜き取ると、テーブルの上に軽く放る。
「それで迷惑料という事にしておいてくれ。残った分は好きに使ってくれて構わない」
「は、はぁ・・・」
今までの流れを傍観して唖然としている客や困惑を隠せずにいる店員に最低限の対応をしながら、少女を抱えて出て行こうとする。
「な、何するんですか。まだ食べきれてないんだから離して下さい!離してぇ!」
「ん、ゴメン。もう食べちゃった」
少女が抱えられた少しの間に、ツクモは残って居た包み焼きの中身とエールを口に流し込んでいた。
「ちょ、何してるんですか!私の頼んだ料理ですよ!?」
「だからゴメンって。お詫びなら後でするから、ね?」
「ね?じゃないですよ!そんなんで誤魔化されたりしませんからね!というか、貴方も早く下ろして下さいよ!」
「お前が渡したくないと言ったんだろう。そうやって手離そうとしないなら、お前ごと連れて行くだけのこと」
「何をトンデモなことを言ってんですか!」
「煩い騒ぐな。強制的に黙らせるぞ」
「駄目だよ、こんな女の子に手を出しちゃ。あなたもそう慌てないで?奴隷商や娼館とかに売るつもりはないし、わたし達から傷つけたりしないから安心してていいよ」
「そんな言葉だけで安心なんかできませんよっ!!」
ギャアギャアと言い合いながら店を出て行く三人。その光景に周囲の人間は固まっていたが、誰か一人が食事を食べ直したのをきっかけに、また賑やかな様子へと戻っていった。
明らかに進行速度OSEEEEEE!ですね。
どうしたらいんでしょう・・・?