二節 逃走の後
また期間空いたぁぁぁ!
まだ序章なのにどうも投稿ペースが速まらないんですが・・・orz
「ふぅ・・・とりあえず、ここまでくれば今度こそ大丈夫でしょ」
昼前の逃走劇から数時間ほど経ち、日が真上から降りはじめた頃。少し前の逃走劇などなかったかのようにゆっくりと大通りを歩いている少女。
彼女は先ほどは持っていなかった身の丈程度の両手剣を背負い、時折位置を直しながら歩く。無茶な走りを続けたせいでジンジンと痛む足をさすり、乱れた呼吸を整え、昼食をとるために店を探していた。
しかし、先ほどから小さな露店がいくつか開かれてはいたもののそれらしい建物が見つけられなかった。それに対し、これからどうするべきかと少女は思い悩む。
「やっぱり、平民区で探してもあるわけないわよね・・・正直行きたくないけど、貴族区の方に行った方が良いのかなぁ」
呟きを洩らしながら目を向けた先には、遠いながらに存在感を放つ王城とそれを囲う活気のある街並みが広がっていた。そこは遠目でも分かる程に整備されていて、自らが立っている場所とは明らかに違う、拒絶や格差的な雰囲気を感じさせた。
石畳や建物に使われた石材は隙間なく敷き詰められ、表面は太陽を反射し輝いていると錯覚するほどに磨きあげられている。同じ町だとは思えないその光景は、自身のいる街道から建物3つほど先で終わっていた。
奥の白い街道と手前の薄汚れた古い石畳とのコントラストによって、露骨に作ったようなものではないながらも、くっきりと引かれた境界線が生み出されていた。その境界線を、外から来た者達や着飾った馬車などは境界線に意識を向ける事無く踏み越え、ボロボロな服を着ている住人は誰一人としてその境に近づこうとすらしていない。
その近くにいる子供たちは線引きの少し先に落としてしまったらしいボールを見続け、どうやって取ろうかと考え合っている。
「あらら、可哀想に。でも、アタシもそっちに足を入れたくないしなぁ・・・というか、本当にどうしよう。昼くらい食べなくても良いけど、散々走り回ったせいでお腹空いたし。やっぱりいこうか、うん」
子供たちに少し哀れだという思いを感じながら、後にしようとする少女。しかし、一歩進むごとにチラチラと転がったボールを見つめ、段々と顔を渋らせていく。
「・・・」
少女は小さく息を吐きだすと、ゆっくりと直ぐ先にあるボールに向かって進みだした。
「もう、仕方ないなぁ」
一瞬踏み越えるかどうか躊躇う素振りを見せるが、すぐに振り払い境を越えてボールを拾う。持ったボールをそのまま子供たちの方に軽く放り投げた。それを慌てて取ると、全員が頭を下げそそくさとどこかへ行ってしまった。
「やっぱり、子供には優しくしておかないとね・・・じゃなくて、早く何処かいいとこ探さないと・・・ん?」
ふと、子供たちが行った道の先に目を向けなおすと、平民区と貴族区の境界を跨ぐ形で立つ酒場があった。店の前には小さな野外テーブルがいくつか用意されていて、そこで傭兵や町人が談笑している姿が目に付いた。
どちらの区域からでも問題ないように、おススメなどのメニューや最近入荷した食材が書かれた看板が左右にあり、中央には少し大きめの入り口がどっしりと構え客達を迎え入れている。
「おー。助けた矢先にいい店発見とは・・・やっぱり、良い事というのは継続するものよね」
ニヤリとした気味の悪い薄笑みを浮かべて自画自賛の呟きを吐く。
しかし、すぐ後に響く腹の鳴りと立ち眩みとを感じ、いまいち決まらなかった事に顔を赤くしながら速足で食堂へと向かった。
食堂の中に歩みを進めた少女。入店した店内はとても賑やかで、旅途中の冒険者がいろいろと話し合っていたり、ガタイの良い傭兵達が昼時にも関わらず飲んだくれていたりしていた。
店員達はそれらが頼む注文の処理や会計後のかたづけに追われ、てんやわんやとした店内を駆け回っている。
(はー。こんな時間から大変だなぁ)
額や首元に汗をかき、それを片手間に拭いながら作業を行う姿に、少女は小さく関心を覚えた。そんな少女は中を見回し、やっと見つけた2~3人用の小さなテーブルへと座り、背負った剣を椅子の隣に立て掛け、先ほどの戦利品を眼前に置いた。すると、駆け回っていた少年店員の一人が注文をとるべく、一目散に少女の下へ向かって行く。
「いらっしゃいませー!ご注文はなんでしょー!」
へとへとな様子でありながら、元気な声で接客する少年。それに対して少女は、ほとんど自分と変わらぬように見える相手に対し物珍しそうな視線を向けながら、つらつらと注文を頼む。
「この日替わり定食というのを一つ。あと、エールは二つでお願いします」
「了解しましたー。日替わり一つにエール二つ入りましたー!」
注文を大声で伝えると、店の奥で野太い男の声で了解の返答が返ってくる。それを確認すると、少年は別のテーブルの対応へ向かっていった。
「・・・はー。やっと一息ついた。走り回ったせいで喉もお腹も限界だったんだよね」
独り言を洩らしながら眼前の財布の口を開く。他者に見えない程度に開かれた口からは、中身のだいたいを占める金貨と、少しの銅貨や銀貨が詰まっているのが見える。
その表情こそ目立つ変化をしなかったものの、予想もしていなかった内容が出てきたことに内心驚きを隠せなかった。
(う、うっわぁ!これはまた凄いというか、大当たりどころの話じゃないでしょ!?
確かに持ってる時に重量を感じたけど、だからってこれっていうのは・・・
うん。嬉しいんだけど、物凄く嬉しいんだけど。なんか色々マズイお金に手を出したんじゃないか心配になってきたんだけど)
財布の中を覗いては何度も唸り、眉間の皺がなくなったと思ったら頭を抱え半笑いを繰り返している少女。
そんな風に考えこんでいたからか、いつの間にか頼んだ定食とエールを店員が運んで来ている。しかし、考え込んでいるらしい少女は、それに一切気付くことは無い。
「お、お待たせしました。日替わり定食とエールです。込み合っていますので、追加注文の際は少々お待ちいただくことになりますが、ご了承ください」
先程とは違い、3か4つ程年上に見える女性が丁寧な対応をしてくれていた。が、その綻びかけの業務スマイルから向けられた薄気味悪そうな視線に気づき、少女はなんでもないように背筋を伸ばして財布の口を締める。
「い、いやー。お腹が減った状態で待つのは大変ですねー、あ、あははは」
相手の反応から、今の状況を省みて苦笑いを浮かべる少女。それにどう接すればいいか困ったように、店員は持って来た定食とエールをテーブルに並べ速足で離れていく。
(あーやっちゃった。いつもの癖でつい思い耽っちゃったよ。いい加減これどうにかしないとなぁ・・・
まあ、何回やっても治らなかったんだけど)
自分の悪癖に対して、少女は先ほどとは違う風に頭を抱えこむ。だが今反省しても仕方ないと気持ちを切り替えつつ、自身の頼んだものに手を付けようとする。
「おー嬢ちゃん。一人で飯食う所なのかい?」
「よけりゃあ俺達と一緒に食わねぇか」
少女がきたばかりの定食に手を付けようとしたその時、近くのテーブルから如何にもな酔っぱらい集団がニヤニヤと嫌な視線を向けながら絡んできた。
その中でもひと際目立つ大男はかなりの量を呑んでいたのか、後ろの方にいながら異常なまでの酒臭さがにじみ出ている。
「ハァ・・・申し訳ありません。この後もやることが多いうえに、連れが来る予定ですので御遠慮させていただきます」
呆れと不機嫌が混ざった反応で少女は言葉を返す。女の身一つでの一人旅においてこの手の輩が絡んでくることは多々あったため、このような
『後から他の誰かが来る』『私にはもう相手がいる』
というアピールをして、下心で寄って来る相手をあしらうのが習慣になっていた。
実際、これのアピールをやってからはその手の勧誘が減り、絡んできたとしてもある程度対応する準備期間を作れるようにはなっていた。
最も、この少女はいるはずのないツレを待つ気は一切なく、ある程度食事が終わったら『来ないから探しに行こう』という体でそそくさと店を出る予定なのだが。
「そうつれない返事しなくてもいいじゃねえか。この国はお嬢ちゃんの様な娘には、とっても危ないんだぜ?」
「そうそう。この平民区は勿論のこと、最近じゃ貴族区の方でさえ人攫いや暴徒が多いんだ、女一人じゃたちまち捕まって・・・ってなもんだぜ?」
「大丈夫です。そこら辺のチンピラに負ける程、腕が鈍いつもりはありませんので」
面倒そうに失礼かつそっけなく対応を続ける少女。そんなあからさまな反応をされてもなお気に止める事は無く、男達は次から次へと無駄に喋り続ける。
「しかも、最近この王都に『噂のアレ』が来てるなんて話もあるんだ。そんな中、一人で出歩くなんて正気じゃねえと思うがなぁ」
「アレ?」
その興味を示した反応に、男達はニヤリとした。
「ああそうだ。だからここに居る間は、嬢ちゃんを守ってやろうってんだよなぁ」
「・・・って、そんな話聞いた程度で了承するわけありませんよ。そんな抽象的すぎる発言で怯えたりするとでも?そんなものより、騎士様に盗人だと突き出される方が百倍怖いですよ」
その発言が予想外だったらしく、男達は眉をひそめ頬をかく。
「馬鹿言うんじゃねえよ。アレの怖さならこの大陸の誰もが知って・・・まさか、嬢ちゃんはあの『遊楽』を知らねぇのか!?」
「遊楽・・・?なんでしょう。何処かの道化師かなにかですか?」
わからないという反応を返し続ける少女に、男たちは呆気に取られてしまった。
「おいおい。遊楽を知らないとは、お嬢ちゃんは余程のド田舎から来たんだな」
「え?・・・ええ、まぁ・・・田舎というか、家に籠ってたというか、色々ありまして」
モゴモゴと後ろめたそうに言うその様子に、次は男達が困ったように溜息を吐き、頼んでもいない話を始めだした。
「いいか。遊楽ってのはな、数年前から噂されるようになった旅人の呼び名なんだ。だが、ただの旅人じゃねぇ。聞く話によりゃとんでもなく恐ろしい野郎らしいぜ」
「なんでもこの大陸中を荒らしまわってるとか、行き交う町で切り分けた人体や奴隷を手に入れては裏で売り捌いているだとか、色々と悪い話の絶えないやつでな」
「・・・はぁ」
(あ、この包み焼き美味しい。エールも食欲そそるように工夫されてるし、選んで正解だったわ)
つぎつぎと語り並べられる胡散臭い噂に猜疑の意識を向け、気の入ってない生返事を返す。口に出された話に【よくある誇大された噂】という印象しか受けなかった少女は、どうでも良さそうにところどころ聞き流して、その分の意識を頼んだ定食に向けていた。
丁度いい焼き色をした魚を丁重に一口一口切り分けながら、ある程度の量を口へと詰め込みその味を楽しんでいる。
「中でもヤバいのが、大陸の南方区にある王都すら壊滅させたという話で・・・嬢ちゃん。ちゃんと聞いてんのかい?」
ふいに一人の男から声をかけられ、少女は喉につっかえかけたパンをエールで流し込む。そうして口の中が空くと、少女は呼吸を整えつつ返答した。
「んんっ・・・あーはい、聞いてますよ。要は、『恐ろしいって噂の奴がいるらしいから一緒に食事しよう』って事でしょう?」
その発言に、奥から不服そうな低い声が聞こえた。
「・・・おいおい、今のは聞き捨てなりゃねぇな」
奥で酒を飲みつつ黙々と聞いていた大男が、泥酔して揺らぐ目で少女を捉え、おぼつかない足取りで歩み寄っていく。
「だ、旦那。落ち着いて」
「うるせぇ!ガキ一人に手間取ってら癖に意見すんじゃにぇぇ!
・・・こっちはお嬢ちゃんの身の上を心配してやったんらぞ。そんな態度とるってのはどうなんらぃ?」
かすかに余裕が残っているらしく、少し不自然な程度で済んでいる滑舌で少女に問答をかける。自身の視線を一切隠すことなく、開き直ったような態度に少女は苛立った。
「食事しようとした時にいきなりやってきて、人を待っているというのに退こうともしなかった。そんな失礼な対応をする人達に、礼節正しく接しろとでも?それこそ聞き捨てなりません」
「んだとぉ!?」
「・・・言われて怒るという事は、それなりの自覚があるってことですよね?それなら、ああだこうだと怒鳴りつけてくる前に、その弛んだ精神を鍛えてから出直して下さい」
だんだんと刺々しくなっていく発言に、大男は声を荒げた。対して少女は言いたい事を言いきると、次の言葉を出すことなく相手を睨みつけていた。その険悪な雰囲気に周りの客も呑まれ、一触即発の緊張感が漂っている。今すぐに乱闘が始まりそうな状況で、互いが武器を構えようとした瞬間。
「ふう、なんだか無駄に疲れた気がする。しかし本当にここに居るのか・・・あ」
不意に訪れた男により、ピリピリと重く張り詰めた空気が、一瞬で死んだ。
「おお、やっとみつけた・・・ぞ?」
「・・・あらら。なんか、取り込み中だったみたいだね」
いまいち呑み込み切れていない男の横からひょいと中を覗いて、状況を察した少女が小さく、気まずそうな苦笑を浮かべていた。
期間が空いてしまい申し訳ありません
少なくとも夏入り前には序章終わらせたいなぁ・・・