序節【2】
まだ序盤なのに期間空けすぎてしまった・・・orz
少し息を荒げながら、少女は自らの戦利品を抱えて走り続けた。
人の波に呑まれないよう道脇を小走りで進み、途中にみえた路地裏へ曲がりしばらく行くと、人の気配がしない場所で壁に寄りかかり、大きく深呼吸をして自身の戦利品へと視線を向ける。
「ふぅー・・・意外とチョロかったなぁ。しかもその割にこの重さ!まぁ、ここまで順調すぎると逆に不安になるんだけどね。そういや、あの人なんか背負ってたし、きっと中堅くらいの傭兵だったのかも。
あーだとしたらマズイなぁ。もし恨まれて襲い掛かられたら逃げられる自信なんてないし・・・さっさと逃げといた方が良いかなぁ。でも荷物とか近くの宿に置きっぱなしだし、下手に動くわけにも・・・ああぁぁぁ、あれも駄目これも駄目でどうしたらいいんだろう」
誰に言う訳でもなく、一人だけの路地でぼそぼそと、その活発そうな容姿からでたとは思えぬ声色で呟きだす。少女らしい容姿と少し高めほどの背ではあるものの、顔をフードで隠し、考えこむよう歩きながら独り言を呟きつづける姿は完全に不審者のそれにしか見えなかった。
巡回している騎士にでも見つかれば、ほぼ確実に声をかけられ、何をしているか等をさんざん問われた挙句に牢に入れられてしまうだろう。そうして歩き疲れた末に、近くにあった腐りかけの木箱へ腰かけ、額の汗を拭う。
「しっかし、あの人も不用心だなぁ。この国で財布を晒してたら、盗ってくださいよーって言ってるも同然なのに」
「確かに不用心だった。下手に人目を惹くのが嫌だったというのもあるが、金より情報を先にと考えていたんでな、追いかけるのを躊躇ってしまったんだ」
「え————」
来た道の方から、少女の呟きに返す声が聞こえた。突然声をかけられたことへ驚いたり、呟きを聞かれた事に少し恥ずかしいと思いながら振り向く。そこには、少し前に財布を盗った男が一人、平然とそこに立っていた。
音も気配も無くあらわれたその存在に、少女は思わず声を上げる。
「うわぁぁ!?なんでここにいるの!」
「財布を盗られたからな。追ってきたに決まっている。いや、最低限の資金は服にしまっているから、俺は別に盗られても構わないんだが・・・流石に、それを放っておくなと言われてしまってな。仕方なく取り返しに来た」
淡々と、興味がないというような、面倒そうな口ぶりで男が語る。しかし取り返すという単語が出てきた瞬間、少女は男が言葉を続ける前に背を向け、全力で駆け出した。
「おいおい、少しは待ったらどうだ?」
「待たないに決まってるでしょ!
金目の物を盗っておいて『はい待ちます』なんて言うほどバカ正直じゃないわ!」
「その盗った相手に足を止めた馬鹿ではあるだろう」
少女は男の発言にムッと反応したものの、逃げる脚を動かし続ける。それを見て、男は更にイヤそうな表情に顔を歪め、先ほどよりも長い溜息を吐く。それは厄介や苛立ちというより、そうなるだろうと考えていたような達観した物だった。
「ハァ————確かに、なにかを奪って益を得たら、即退散が定石、か・・・
ならこっちも、当然らしく奪い返すか。『その方が良い』んだろう?」
一人、告げられた言葉を返すかのように呟いた。しかし、先ほどの少女のような自問自答的な口ぶりではなく、近くに居る誰かに話し掛けるような多人数的な口調だった。そんな一人語りを終え、男は数回ほど地を軽く蹴るマネをすると、少女と同じように走り始めた。
ただし、少女の走りよりも数段速く。
「全く、こういう場所を走るのは苦手なんだがなぁ!」
そう口にする男は、困ったのと楽しいのを混ぜたような表情をしていた。
「はぁ、はぁ・・・もう、さっきからなんなのよあの人!」
路地の端に寄せられたゴミをまき散らしながら、裏路地を全力疾走する少女。
ほんの少しだけ視線を後ろに向けると、生ごみや木の粉を体中に付けたなんとも滑稽な状態で、異常な速度を出し追いかけてきている。
途中にあった小さな荷物や今のようなゴミを散乱させたり、複数の分岐や階段がある道を何度も通って見失わせたりと、少女は逃げながら使える手を尽くした。
しかし、男は一向に追いかける速度を緩ませず、むしろ、少女が小細工を使うたびにその距離をグイっと詰めていた。さまざまなゴミを纏わりつかせながら平然と追いかけてくる男の姿に恐怖を感じ、少女は少し身震いする。
「さっきから足が遅くならないとか、反則じみてない!?ちょっとは止まるとかしてもいいじゃないの!」
「それは出来ない相談だ。こっちも、待てといわれて待つ馬鹿ではないんでな!」
やや疲れ気味な様子で半狂乱に口を動かす少女に男の言葉を聞き入れる余裕はなく、言葉を一切返さずに目先の狭い階段を上っていく。そのまま一番上まで登り切った時、不揃いな石畳に足を取られてしまい、側の積み上がった物山に思い切りつっこんだ。
元々不安定だったのか、それとも固定していた縄がボロボロだったのかは分からないが、ぶつかった衝撃で縄が連鎖的に千切れていき、山詰みの荷物が階段へと向かって崩れていく。しかも、壊れた家具や金具の外れた樽などの、足止めに撒いた物の何倍もある物が。
(や、やっちゃった!大ケガさせる気なんてなかったのに!)
「に、逃げて!」
せめて少しでも逃げてくれるようにと声を上げる少女。しかし、少女はとっさに見下ろした先の光景を見て、己の目と意識を疑った。
「ふっ、やっ、よっと」
自身を追いかけていた男が一片のためらいも見せずに突き進んでくるかと思うと、そのまま落ちてくる荷物や、両端の壁を足場にして、少女の方にむかって跳んでいた。その超人的な動きの最後で大きく跳躍し、少し先にある少し広い場所へ着地した。着地する瞬間の重く、大きな音と舞い上がる土埃を前にして、少女は自身の目の前で起こったのが自分の妄想や現実逃避でないと理解し、実際のできごとであるのを知覚する。
「な、何なのよアンタ!異常な体力にさっきの動きとか、本当に人間なの!?」
「・・・そんな事はどうでも良いだろう。それよりも、何故逃げる機会を捨てた」
「へ?」
男の不機嫌そうな顔に、少女は更に気の抜けた反応を示す。
「今の間に逃げ出すなり、追撃するなりすればよかっただろう。わざわざ足を止めて追跡者を心配するなど、随分と間抜けな泥棒だな。半端な事をして逃走路を失うなど、馬鹿馬鹿しいにも程があるとは思わないのか?」
驚きのまま固まる少女に、男は呆れを言葉で露わにした。
その言葉に、少女は再びカチンときたが、男の言葉に対する反論がすぐに思いつかない。
「時間までの暇つぶしにはなるかと思ったが、興が冷めた・・・お前のような半端者相手に逃走劇を続けるのは面倒だ。なにより、これ以上服を汚されると後が面倒なんでな・・・まあ、少しくらいは楽しめたぞ?」
ゆっくりと、少女に近づいていく男。だが数歩進んだその時、足元の石畳からピシッという小さな音が鳴った。男は一瞬何かと足元を見たが、すぐに意識を少女に戻し更に一歩を踏み出す。
すると今度は、バキバキという耳につく音と共に、その足元に亀裂が入っていき————
「「ん?」」
———足元の石畳が一気に崩れ、男は当然のようにその中へと落ちていった。
「・・・えーと、取りあえず、助かった・・・のかな?」
一人取り残された少女は、転々とする状況に首を傾げ困り果てたものの、男の追跡の事を考え、そそくさとその場を後にするのだった。
「しまった、油断し過ぎた」
浮遊間に身を預けながら、頭に浮かんだ言葉を発する男。落ちていく方に目を向けると、少し濁った水路が視界に映り、男は行動する暇なく水の中へと落ちた。
ボコボコと騒がしい気泡の一つ一つを肌で感じつつ、意外と深い水位に助かったと思いながら水面へと浮かんだ。水中から顔を出して荒くなった呼吸を整えながら、すぐそばの足場を見つけて上がる男。落ちてきた穴と周辺とを見まわして、少しでも情報を得ようとする。
「はぁ、はぁ・・・ここは、下水道・・・?いや、単なる地下水路か。
服が引っ付いて鬱陶しいが、悪臭や毒素が無いだけ良い方だな」
落ちた場所を改めて確認すると、男は疲弊した体を横にして思考を巡らせる。その間に顔を上へ向け、自身がどれほどの高さから落ちたかを痛感した。
「町中にしては、随分と高い天井だ。水路をこれ程高く作る必要があったのか?」
『まあまあ、助かったしいいじゃん。それにその無駄な構造があったからこそ、くっついてたゴミや匂いが綺麗に洗い落とせたんだし』
男の呟きに対して、どこからか女の声が響き渡る。横になった男が体を起こすと、幼い白髪の少女が顔を覗き込むようにして男を見つめていた。
「その代わりで服が重くなったんだが・・・それはまあいいとして、これからどうするか。今からここを出ても既に逃げているだろうし、探すにしても時間が掛かる・・・仕方ない。これは諦めるしかないな」
「諦めるしかないな、じゃないよ。旅をする上で資金は必要不可欠なものだって分かってるよね?旅人が無一文とか自殺行為なの分かってる?」
人差し指をうりうりと額に押し付けつつ、険しい表情を向ける少女。
その視線から顔を逸らし、男は突き付けられた指を雑に離した。
「・・・別にいいだろう?金なんてものは適当に依頼を受けたり物を売れば、最低限は手に入る。どの道次の町までの持ち合わせはあるんだ。あれ自体にこだわる必要があるか?」
「あるに決まってるじゃんか。この整備の届いてないガタガタな街で、まともな依頼や取引が探せるとは到底思えない。そんなあるかもわからない可能性より、今ある資金を失わないようにする方が賢明だと思うんだけど?捜す気が無いからって、らしくもない見逃しなんてやめてよ。ユウ」
「・・・ハァ。わかった、探す。探して捕まえて取り返す。これでいいんだろう?ツクモ」
片方はまだ追うべきだという意思を示し、もう片方が追跡を諦めようと提案した。最終的にユウという男の方が折れ、ツクモと呼び返された少女はにんまりとした笑みを浮かべる。
「それにしても珍しいね。ユウが単純なドジをするなんて」
「俺じゃない。整備の届いてない足場が悪かったんだ・・・と、終わった話は切り上げてさっさと行くか。外見は覚えているし、近くを捜せばまだ見つかる」
「見つかる根拠は?」
「確実な物はない。だが、近くにいる者に聞き回って足取りを辿れば、大まかな位置くらいは分かるだろう?その範囲を端から探して見つければ問題ない。それでいなかったら」
「潔く諦めてくれ、だよね?」
「・・・ああ」
発言を食い気味に被せられたユウは、ほんの少しだけ不満そうに口元を閉じた。
「しかし、どうやって出る?」
ふと気づいたように、ユウがぼそりと口にだす。
「あー、そういえば、出る方法まだ考えてなかったね・・・
上から行くと日が暮れちゃうし、別の出口探そっか」
流石に前の投稿が短かったので、序節の続きとして出させて頂きました。
今後もこのような事があると思いますので、ご容赦ください。