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「さあ、暁の空に血を捧げてもらおうかァ!」

 夜分。俺たちは川辺で夜風を浴びていた。

 雨城の街を南北に分かつ一本の川。川沿いには市が整備した草地が広がり、少々足元は悪いが簡単なレクリエーションによく使われている。ちなみにボール遊びは禁止だ。


「今日はここでやりますかー」


 くっと背伸びをして、シロハは備え付けのベンチに腰掛ける。ぷらぷらと足を揺らしながらのんきに月を見上げていた。

 これから夜が始まる。空の結界を抜けた侵略者が、彼女を殺しにここに来る。彼女はそれに勝てないかもしれない。

 だと言うのに、シロハには緊張一つ無かった。


「なあ。怖くないのか」

「怖いですよー。でも、怖がってても良いこと無いですので。もう慣れました」


 慣れてしまったのか。殺し合いの日常に。

 そうしなければならなかったのだろう。彼女は状況に適合し、過酷な日々を生き抜いてきた。俺たちの知らないところで、ずっと、一人で。

 それを不幸だったなどと部外者が決めつけてはいけない。彼女が決めた、彼女の生き様だ。俺たちが安易に触れて良いものではない。

 ――だが。


「灰原」

「そうだな……ナツメ」


 少しでもその灰色を奪い取れるのなら、俺たちはなんだってしてやる。

 決して彼女のためではない。俺たちが行動する理由を彼女に押し付けてはならない。これは一から十まで俺たちのエゴだ。シロハが幸せにならないと不安で夜も眠れない。だから、やるのだ。

 俺と灰原はシロハの隣に腰掛け、月を見上げた。生ぬるい川風が、俺たちの間を吹き抜けていった。


「え……? 今なんで急に通じ合ったんですか? 付き合ってるの?」

「違う」

「まって」


 そして魔法少女は明後日の方向に勘違いした。

 しばしの間、おだやかな時間が流れていた。このまま何も起こらないならそれでいい。今日は襲撃が起こらない日なら、それに越したことはない。そうであって欲しいとすら思った。

 だが。俺たちが抱いていた淡い期待は、あっけなく破られた。


「来ましたね」


 突如シロハは立ち上がり、指を振った。瞬間の閃光が彼女の身を包む。光が収まると、そこには真っ白なバトルドレスを纏い、純白の剣を手にした魔法少女の姿があった。

 あまりにも自然に月は紅に染まっていた。川辺には霧が立ち込め、気がつけば人気もない。人払いの結界が張られたようだ。


「よう。いい夜だな、ホワイトブランド」


 羽ばたきの音が風を切る。月を背にして、ドラゴニアの男が空を舞っていた。

 リントヴルム。昨日も見た顔だ。一度倒したはずのヤツは、平然と俺達の前に姿を現した。


「今宵は美しい半月だ。よく目に焼き付けておけよ。これがお前が見る最後の月になる」


 シロハは――ホワイトは言葉を返さない。彼女はどこまでも真剣だ。先ほどまで見せていた柔らかい表情はどこにも無く、凛としてこの場に立つ。

 瞳に宿るのは意思と覚悟。純粋なものに満たされていく彼女は、ただただ美しかった。


「だが残念だな、お前に朝日は拝ませねェ。さあ、暁の空に血を捧げてもらおうかァ!」


 リントは猛く吠える。空が揺れて地が震える。相変わらずの凄まじい殺気だ。昨日はアルコールの力によりこれを耐えきったが、今日の俺たちにアルコールは無い。

 だが、何故だろうか。ぶっちゃけ殺気などどうでもよかった。そんなことよりも、今の俺たちにはどうしても気になることがあったのだ。


「やっべえ……! おい聞いたか灰原!」

「ああ、やべえな……! ビリッと来たぜ……!」


 俺と灰原は顔を見合わせる。灰原は実にニコニコしていた。かくいう俺もニコニコしていることだろう。俺たちは甚だしくニッコニコであった。


「暁の空にィ?」

「血を捧げてもらおうかァ?」

「「かっけえええええええええええええええええ!!」」


 そう。酒などなくとも、俺たちの心はいつだって小学五年生なのである。


「ヒューッ! リントくん君良いねえ! ちょっと今のもう一回言ってよ!」

「ねえそれ考えてきたの? 決め台詞だよね? 今日はそれビシッと決める気で来たんだね!」

「おいテメエら! バカにしてんのか、アア!?」


 してる。


「違うって! カッコいいじゃん! なあもう一回言ってくれよ、もう一回!」

「君才能あるよ! ここまでスカしたセリフを臆面もなく言えるやつ、そうそう居ないって!」

「お、お? そうか? いやだが、これは戦士の名乗りであって、見世物じゃねェからなァ……」


 あはは。そうかそうか。戦士の名乗りか。そりゃ大変だ。

 中二病なリントくんに俺たちは全力で乗っかった。やんやと二人で囃し立てると、彼はまんざらでもない顔をしていた。だよなー。カッコいいこと言っちゃたもんな。いいよいいよ。もっと自信持てって。


「もう一回! もう一回!」

「だからやらねえってば!」

「もう一回! もう一回!」

「これは神聖な戦いの宣誓なんだっつーの!」

「もう一回! もう一回!」

「あーもー、しつけえな! わかった! 一回だけだぞ!」

「ひゅーっ!」「いええええええええええええいっ!!」


 俺と灰原はハイタッチをしてきゃっきゃと喜んだ。目を輝かせ、ワクワクしながらリントくんを待つ。完全に童心に返っていた。


「ったく……行くぞ。さあ、暁の空に――!」

「あの、学習能力無いってよく言われません?」


 そして、ホワイトはリントくんの真後ろで剣を構えた。


「なっ……!?」

「シャイニング……! じぇ、じぇのさいどすらすたー……!」


 なぜか小声で言いながら、ホワイトはリントヴルムを斬り刻む。

 恥ずかしそうにやるなよ。グッとくるだろ。やるなら堂々とやろうぜ。それが必殺技なんだろ、バシッと決めようや。


「クソがあッ! 卑怯だぞテメエらァ! 戦士としての誇りは無いのか!」


 ない。


「クソ……クソ……ッ! クソクソクソッ! 覚えてろゴミども! 次会った時こそは――!」


 リントくんは何かごちゃごちゃと言い続けていたが、にじむように消え去った。後には影も形もなくなっていた。はいはい、また今度遊ぼうね。

 そんなリントくんを見送って、俺と灰原はハードボイルドにつぶやいた。


「俺たちが朝日を拝むんじゃねえ。朝日が俺たちを照らすんだ」

「残念だったな。暁に血の色は似合わねえよ」

「あの、それちょっと気に入ってません?」


 ホワイトが地上に降りてきた。「これで勝っていいのかなー……」って顔をしていた。いいと思うよ。勝ちは勝ちでしょ。


『なんていうか……。すごく、あっさり終わったね……』

「あのね、スピ。私これでもいっぱい覚悟してたんだよ。何があってもいいように。いざとなったら、刺し違えてもこの二人を逃がそうって」

『どうだった?』

「こんなんで死ねるか」


 ホワイトは恨めしそうに俺たちを見た。なんだよなんだよ。言いたいことがあるようだな。会心のウィンクでバチコーンと打ち返すと、ホワイトはぷいっとそっぽを向いた。てへ、嫌われちった。

 スピは人払いの結界を解除し、ホワイトは変身を解除してシロハに戻った。遠くから街のざわめきが聞こえてくる。時刻は八時を回ったところだろうか。夜はまだまだこれからだ。


『じゃ、おやすみ』

「はーい。またね」


 スピはシロハの頭上によじ登り、活動を休止した。眠ったようだ。まだ寝るには早い時間だが、実に良い子である。


「片付いたみたいだな。よーし、打ち上げすっぞー」

「腹減ったなー。俺駅向こうの店知らないんだけど、なんか知ってる?」

「え、今日もやるんですか?」


 そりゃそうっしょ。なんかやったら、とりあえず打ち上げ。この掟を破りしものは大学生協のおばちゃんに闇討ちされても文句は言えない。

 俺はシロハの右手を、灰原は左手をがっしりと掴む。そのままずるずると引きずって歩き始めた。


「なーナツメー。俺まぜそば食いたいー」

「お前本当好きだなそれ」

「あの、ナチュラルに連行するのやめません? 行きますよ、行きますからー!」


 シロハは少し困ったような、それでもどこか楽しそうな顔をしていた。

 やいのやいのと騒ぎながら、今日の夜も更けていく。そうだよ、年頃の女の子はそういう顔をしてろ。もっと色々なものを楽しんで生きてくれ。

 死ぬ覚悟なんて、もう二度としなくていいんだから。

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i316778.
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