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「本当に、まったく……。男の子ってバカだなー」

 講義も終わり、俺たちは今日も街にくりだす。

 目的はシロハとの合流だ。スピを連れて、彼女が居そうなところに来ていた。


「駅向こうか。この辺来たのは久々だな」

「まあ、特別用事が無ければこっちまでは来ないよな」


 雨城の街は駅を境界に二つの顔を持つ。開発が進み華やかな駅前と、時代から取り残された駅向こう。昔ながらの街並みとはよく言うが、その実仕事の殆どを駅前に奪われた灰色の街だ。

 駅向こうの濃厚な灰色は僅かな薔薇色すらも拒絶する辛気臭さがある。諦観に身を落としきり、空を見上げることすらも諦めてしまった停滞がある。灰色に甘んじながらも薔薇色を求めてあがき続ける俺たちとは、似て非なる灰色であった。


「で、ここにシロハがいるのか?」

『この街に来てからはこの辺りを転々としていたよ。まだ拠点を変えていないのなら、今日もここに居るはずだ』

「ふむ……。あの子、スマホとかケータイとか持ってないよな。よしスピ、マジカルテレパシーの出番だ」

『そんな都合のいい魔法はない』


 無いのか。そりゃ残念。

 んー、困った。連絡を取る手段がない。スピならなんとかしてくれると思っていたが、あてが外れた。


「魔法少女同士は普段どうやって連絡取ってたんだ?」

『かつてはそれ専用の魔法少女が居たんだよ。通信連絡特化型の。戦闘能力をほとんど持たないから、真っ先に狙われちゃったけど』

「真っ先に、か。じゃあ、次に狙われたのは瞬間移動ができる子か?」

『よく分かるね。そのとおりだよ』


 なるほどね。どうやら俺たちの敵は戦争のやり方を知っているらしい。

 まずは耳目を潰し、次に移動手段を奪う。それから空を取って、最後に地上戦で制圧。それが戦争のセオリーであり、それに当てはめるなら現状は最後のフェイズになる。綺麗に詰めきった敵の手腕に、俺は乾いた笑いを漏らした。


「さて……。どうする? もう狼煙しか手段がないぞ」

『狼煙は手段とは言わない』

「ナツメ、駅の伝言板に書こう。それなら確実だ」

『何一つ確実じゃないよ。近頃の子は伝言板なんて使ったこと無いでしょ』


 え、まじで? シロハって伝言板にXYZって書いたことないの? まじかよ、あれ日本人の義務教育だと思ってたのに。時代は変わるもんだなー。


「エコーロケーション」

『やれるもんならやってみろ』

「モールス信号」

『どうせ君SOSしか知らないだろ』

「量子テレポーテーション」

『量子物理学を極めてから出直してこい』

「大きい声で叫ぶ」

『くそっ、こんなんでも一番マシな意見なのがニクい……!』


 そんなわけで叫ぶことになったのだ。

 スピは『え……? まじでやるの……?』って顔をしていたが、まじでやる。天よ恐れよ地よ慄け。我ら天下無敵の大学生なり。


「ぷいきゅああああああああああああああああ!!」

「がんばえええええええええええええええええ!!」

「うるっさいですよっ!!」


 ぷいきゅあが出てきた。

 中空に出現したシロハは、俺と灰原の頭をパシンとはたきながらすたっと着地した。おお、お見事。


 彼女の服装は昨日から少し変わっていた。ゆるっとしたTシャツを腰のあたりで縛り、上からGジャンを羽織っている。ボトムスはデニムのショートパンツにサイハイソックス、それからダークグレイのスニーカーだ。ふんわりした銀糸のショートボブがアクセントになっていた。相変わらずの白い肌を差し引いても、スポーティーな装いもよく似合う。


 というかこの子、何着ても似合うなー。なんたって素材が良い。さすがの魔法少女である。

 そんな風に呑気に観察していた俺たちの手を、構わずシロハは掴み取った。


「こっち、来てください!」

「お、お? どうした?」

「いいからっ! 早く!」


 細腕に似合わぬ馬力を発揮し、彼女は俺たちを引きずりながらラッセル車がごとく突き進んだ。

 近くの廃ビルの中に連れ込まれ、階段をがりごり駆け上がること三階分。フロアの一室に到着したところで、シロハようやく立ち止まった。


「はあ……はあ……っ。急に、階段駆け上がんのは、さすがにきついって……!」

「体力ないですねー、灰原さん。運動足りてます?」

「痛いとこつくなー……」


 灰原のやつがへばっていたが、俺も似たようなものだった。最後にガッツリ体を動かしたのはいつだったか。今度みんなでラウンド壱でも行こう。俺はそう心に誓った。


「なんで、急に、走りだしたんだ?」

「この辺にはご近所さんのホームレスがたくさんいるんですよね。縄張りとかもあるので、目をつけられると厄介なんですよ」

「世知辛いな、ホームレス事情」


 たくましい子であった。手慣れているというか、すっかりホームレス慣れした彼女に俺は無性に悲しくなった。

 彼女は座面の破れた事務椅子に腰掛ける。俺たちが座る場所はなかったので、埃まみれの床に直で座った。


「で。どうして逃げなかったんですか」


 ぷくっと頬を膨らませ、腕組みをしながら彼女は問う。憮然としていらっしゃっていた。かわいい。


「決まっているだろう。俺たちは、シロハを助けに来たんだ」

「はあ、助けに」

「共に戦おう」


 俺はシロハの目を見て言った。シロハは困ったような顔をして、ふいっと視線をそらした。


「あー……。そっちに転びましたかー……。いや、その、いい人たちなんだなってのは良くわかります。ええと……。お気持ちは大変に嬉しいのですが……」


 彼女はそこで言葉を濁し、いぶかしげな視線をよこした。ええい、みなまで言うでない。言いたいことはわかっておるわ。


「安心してくれ。戦力として期待してくれていい」

「あなた方のその自信はどこから来るのですか」

「褒めるな褒めるな」

「呆れているのです」


 シロハの胡乱げな視線が強くなる。ぶっちゃけあんたら戦えんの? と、露骨に疑っていた。

 おいおい灰原さんよ。シロハちゃんってば、俺らのことを足手まといだと考えてるみたいだぜ。いっちょ聞かせてやろうじゃないか、俺たちが持つ輝かしき武勇伝の数々を。

 しかりと頷いて、灰原はキメ顔で言った。


「聞いてくれシロハちゃん。これでも俺は小学生の時、かけっこでクラス最速の男だった」

「過去の栄光にしてももうちょっと何か無かったんですか?」


 灰原は一撃でマットに沈んだ。

 寸鉄人を刺すとはまさにこの事だろう。見事なノックアウトだった。悲しき友の散り様に、俺は涙を禁じ得なかった。おのれ魔法少女ホワイトブランド。どうやら貴様を侮っていたようだ。良かろう、この棗裕太の全力を見せてくれる。


「で、ナツメさんは?」

「……小学生の頃は生物委員だった」

「小学生の頃の話は聞いてないです」

「クラスで育てていたニワトリが野良猫に食われた時、生物委員だからってだけで俺の責任になった」

「心中お察ししますが、その話はもっと聞いてないです」


 くっ……! こいつ、手強いぞ……!

 精神に大きな負荷を受けた俺は、心臓を抑えながらふらふらと立ち上がる。倒れ伏していた灰原も、瞳に仄暗い光を宿しながら立ち上がった。へへ、そうだよな。こんなところで負けてられないよな。行くぞ灰原、総攻撃だ!


「スト2ならやりこんだ!」

「どうせ待ちガイルでしょう」

「日本なげ縄研究会に所属している!」

「なんですかその、会員費が無駄に高そうなニッチ団体」

「これ! お婆ちゃんからもらった魔除けのお守り!」

「既に魔除けできてないじゃないですか」

「かめはめ砲の練習に本気で取り組んだことがある!」

「それは誰でもやってます」


 俺たちは力尽きた。

 全ての誇りを砕かれ、体がばらばらになって倒れ伏した。もうだめだ。唯一の心の拠り所だった日本なげ縄研究会を否定されて、この先どうやって生きていけばいいのか分からない。死のう。なげ縄で首を吊ろう。

 だが、灰原の目はまだ死んでいなかった。今まさに崩れ落ちようとする寸前、起死回生の一手を放ったのだ。


「待てよ……。今、かめはめ砲の練習を、誰でもやっていることだと言ったな……!」

「はあ、言いましたが」

「だったらシロハちゃん、君もやったことがあるんだな……!? かめはめ砲の……練習を……!」

「……っ」


 シロハの表情が一瞬曇る。図星を突かれた。そんな顔をしていた。

 とたん、灰原は勢いづく。ここで意地でも巻き返す。強靭な意志を持って、ヤツは畳み掛けた。


「それなら見せてもらおうかァ! 魔法少女が放つ全身全霊のかめはめ砲ってやつをよォ!」

「なんでそんな話になるんですか!?」

「おいおいかめはめ砲も見せられないっていうのか!? こいつァとんだ恥ずかしガールじゃねえかよォ! 見てえよなァ、シロハちゃんの恥ずかしいかめはめ砲をよォ!」

「その言い方やめてください! なんなんですか!? まったく意味がわかりませんよ!?」


 灰原は横目で俺を見た。舞台は整えた、お前が決めろという意味だ。灰原が繋いだ決死のパスを俺は確かに受け止めた。


「やめとけよ、灰原。彼女が困ってる」

「でもよォ……」

「灰原」

「……チッ」


 灰原はわざとらしく舌打ちをし、俺にしか見えない角度でウィンクをする。すまん、灰原。今度コーヒーでも奢ろう。


「悪かったなシロハ。あいつ、かめはめ砲のことになるとちょっとだけ興奮しちまうんだ」

「ええ……? ドラゴンバールがお好きなんですね……?」

「だが……。よかったら見せてやってくれないか。俺も見てみたいんだ、シロハのかめはめ砲を。この通りだ、頼む」


 俺はシロハに頭を下げた。

 まずは強く要求し、それから低姿勢で再度お願いする。これぞ泣いた赤鬼作戦。ドア・イン・ザ・フェイスとも言う。魔法少女と言えど所詮は小娘、大人の交渉術の前に為す術などあるはずもない。


「嫌ですよ。正気ですか?」


 もうやだ。おうちかえる。

 生きる希望を失い、俺たちはさらさらと灰になった。ああ、なんと無情な世だろうか。俺たちはただかめはめ砲を見たいだけなのに。そんな儚い願いすらも、この世界は叶えてくれない。


『ねえ、君たちさ。ここに何しに来たんだい?』


 呆れたようなスピの声に、俺たちは目的を思い出す。そうだった。かめはめ砲の前に完全に我を失っていた。しょうがないじゃん、だって男の子なんだもん。

 こほんと咳払いを一つ。仕切り直して、灰原が再度アタックを仕掛けた。


「そうだな……。確かに俺たちでは頼りないかもしれない……! でもな……!」


 ゆっくりと這い上がりながら、灰原はシロハを見上げる。これが最後の力と言わんばかりの弱々しい動きだ。だが、ヤツの目は死んでいなかった。


「この三人は……! 世界で誰よりシロハちゃんを助けたいと願っている三人なんだ……!」

「ごめんなさい。かめはめ砲に執着する方には助けられたくないです」


 灰原は死んだ。

 もう二度と起き上がることもないだろう。友よ。君は最期まで勇敢であった。

 お前の死は決して無駄にはしない。灰原の仇を取るべく、俺は気力を振り絞って這い上がる。


「そうだな……。確かに俺たちでは頼りないかもしれない……! だがな……!」

「え、それもう一回やるんですか?」


 はい。もう一回やります。


「この三人は……! 世界で誰よりシロハを助けたいと願う三人なんだよ……!」

「ごめんなさい。日本なげ縄研究会の会員には頼らないと決めているんです」


 俺は死んだ。

 魂が引きちぎれそうな痛みを味わい、俺は死んだ。なげ縄は俺の魂と言っても過言ではなかった。どんな辛い時も、苦しい時も、なげ縄さえあれば乗り越えてこられた。それを否定された今、俺が生きる意味なんてもう無い。


 だが、このままでは終われない。俺たちには最後の希望がある。頼む。スピ。もうお前しかいない。お前が俺たちの仇を取ってくれ。

 俺たちの澱んだ情念を受けて、スピは少し怯んだような気配を出した。それから一度、意を決したように頷いて。


『そうだね……。確かに僕たちでは頼りないかもしれない……。でも……!』

「スピ。それ以上この人たちに毒されたら、嫌いになるよ」

『ごめんなさい』

「よろしい」


 スピはあっさり寝返った。

 壊滅であった。灰色の男たちが喫した完全なる敗北であった。やはり俺たちのような似非プニキュアでは、本物の魔法少女には敵わなかったのだ。ちくしょう……ちくしょう……!


「……あはは。あーもー。本当に、まったく……。男の子ってバカだなー」


 シロハは楽しそうに笑っていた。俺は顔を上げようとして、彼女に頭を抑えられた。

 すぐに頭を抑えられたからしっかりは見えなかったけれど。彼女の目元に、少しだけ光るものが見えたような気がした。


「もう少しだけ、そのままでいてください。少しでいいので……。うん、よし、大丈夫」


 頭が解放された。ドキドキしながら顔を上げる。そこには、少し困った様子のシロハが居た。


「さて、そろそろ夜ですね。行きましょうか」

「……? ついて行っていいのか?」

「ダメって言ってもついてくるじゃないですか。もう、勝手にしてくださいよ」


 それでも彼女は、嬉しそうな顔をしていたから。

 その顔を見られただけでも、俺たちの努力は無駄ではなかったのだろう。

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i316778.
レジェンドノベルス・エクステンド様より書籍化します!
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