「適当にフィボナッチ数列でも書いとくか」
「くっそー……。嘘は言ってないんだがなぁ……」
「いやまあ、そうだけどさ。ド直球で行くのは勇者でしょ」
講義の空きコマを利用して、俺と灰原は食堂で統計学の課題に取り掛かっていた。
結局やるんだったら期限内でやっとけよ、と言ってはならない。こうでもしなければ俺たちは本気になれないのだ。逆境で輝く主人公体質なのである。
「ナツメ、俺後半解くわ。ナツメは前半頼む」
「論述はどうする? 内容かぶってたらさすがにバレるぜ」
「テーマだけ決めて、実際に書くのは各々でやろう。それくらいなら許されるっしょ」
「オーケー」
灰原とガッツリ絡んだのは昨日が初めてだったが、既に親友と言って差し支えないコンビネーションを発揮していた。なんか知らんけどウマが合うんだよなー。同じあんぽんたん同士、オツムの作りがよく似ているのかもしれない。むしろ、今まで絡まなかったのかが不思議なくらいだ。
『ねえ、君たち』
「あー……。灰原、相関係数の求め方って分かるか?」
「因数分解も覚えてないんだぞ。分かるわけないだろ」
『君たちさ。ちょっと』
「しゃーねえ、適当にフィボナッチ数列でも書いとくか」
「出たな、なんかすごそうだけどそんなに大したことないワードランキング二位」
『あれ、聞こえてる? 聞こえてるよね?』
「一位はなんなんだよ」
「クーゲルシュライバー」
「納得の一位」
『僕の話を聞けー!』
脳内にわんわんとスピの声が響いた。なんだよ。俺たちは今課題やるのに忙しいんだよ。
俺はかばんの中からユニコーンのぬいぐるみを引っ張り出した。それをドスンと机の上に設置する。近くの机で読み物をしていた女子大生が、ぎょっとした目で俺を見た。きっと今頃「あの男子、カバンの中にぬいぐるみ入れてる……」とでも思っているのだろう。照れるぜ。
「どうした、スピ」
『どうしたもこうしたもないよ! なんで平々凡々と日常生活を送ってるのさ! 世界がヤバいって話は昨日散々したよね!?』
「もうちょっと静かに頼む。多少なら腹話術で誤魔化す自信はあるが、俺の言いくるめスキルにも限界があるんだ」
『あ、そこは大丈夫。僕の声は都合いい感じにしか聞こえないから……じゃなくて!』
都合いい感じってなんだよ。このマスコット、いよいよ説明を放棄し始めたぞ。
あーもー。しょうがねえなあ。俺は課題から目を離し、ペンを回しながらスピの相手をすることにした。
「襲撃は夜にしか起こらない、だろ?」
『それはそうだけど……。あれ、僕、その事ナツメに言ったっけ? ホワイトから聞いたの?』
「いんや、状況証拠から逆算した。昨夜の襲撃は夜間に、人気のない路地で、しかも魔法で作られた結界の中で行われていた。ここまで念入りにされていたら人目につきたくないという意思が働いてることは嫌でも分かる。ここまでは合ってるか?」
『正解だよ。確かにそうだ。僕らは人目を避けて戦っている』
「で、その意思は誰のものかと言えば、魔法少女と侵略者の双方になる。魔法少女側は人払いの結界を張っているからわかりやすいな。侵略者はなんでかって言うと、襲撃の主導権を握っているからだ。その気になれば白昼堂々、魔法少女が嫌がる場所で戦うこともできるのに、奴はそれをしなかった。理由まではわからんがアイツも人目を嫌っていたんだろう」
『へえ……。なるほどね。ナツメ、君はアホだが馬鹿ではないようだ』
いいや、馬鹿だよ。どこに出しても恥ずかしい天下の馬鹿だ。俺は俺が馬鹿であることを自負している。
「こいつ、真面目にやればそこそこ頭良いんだよなー」
「真面目か。ふっ、懐かしい言葉だ……」
「そういうやつだよな、お前はな」
灰原が俺をつつく。褒めるなやい。照れるやろがい。やめーや。
「ま、そういうことだから。俺たちは夜まで猶予があるんだ。講義を受けるくらい余裕なんだよ」
『だからって平然と日常生活を送っちゃうあたりが君たちだよね』
「切り替えが大事だってよく言うし」
『切り替え過ぎだ。スイッチか君は』
なるほど、「スイッチか君は」といただきましたよ灰原さん。これはどうでしょうね。ツッコミのキレとしてはイマイチかもしれませんが、私は嫌いではないですよ。灰原さんはどうです? ほうほう、なるほど。光るものはあった、今後伸ばしていきたい、と。そういうことになりました。では次の方どうぞ。
「でさ、スピ。できれば夜までにシロハと合流しておきたいんだけど、あの子普段どこに居るんだ?」
『この時間なら、その辺の廃屋で体を休めてるんじゃないかなぁ。毎日拠点を変えるようにしてるから、正確な居場所までは分からないけど』
「なんだってそんなところに」
『だって、ホワイトお金持ってないもん』
家なき子であった。ワイルドな生き様だ。魔法少女って大変なんだなと今更ながらに思った。
しばし絶句した俺の代わりに、灰原が聞いた。
「こういうの聞いていいかわかんないんだけどさ、あの子普段何食べて生きてるの?」
『何も食べてないよ。だって生きてないし』
「……は?」
『……あ。ごめん、今のナシ。内緒。忘れて』
ええ……?
ものすごく気になるワードが飛び出てきた。気になる。気になって仕方ない。けれど。
「灰色の男は……紳士たれ……!」
「話したくないことは……! 聞かない……! それが灰色協定……!」
『ごめんってば。ホワイトに深く関わることだから、僕の口からはちょっと言えない。どうしても気になるなら本人から聞いて』
はー、と息を吐いた。
あーもー。あの子、本当に、もう。どんだけ業背負ってんだよ。断片的に聞いた話だけでも闇が深すぎる。ぱねーな、魔法少女。
「俺たち、あの子幸せにできんのかなー……」
「あの子を幸せにするまでぐっすり眠れないんだから、幸せにするしかないっしょ……」
『それ、本気で言ってるんだったら大したものだね』
パシンと頬を張る。オーケー。難易度ヘルモードか、俺らにとっては丁度いいハンデだ。
まずは一歩ずつ進めよう。魔法少女を救うために俺たちができる、最初のこと。
「じゃ、続きやるか」
「せやな」
『マイペースだなぁ』
そう。統計学の課題である。