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『……君たちは、本当にどうしようもないバカだね』

 深夜。自室で電子タバコの煙を吹かす。

 香料を含むリキッドを電熱線で蒸気に変え、煙を吐き出す電子タバコだ。タバコは吸いたいがお金がないのでこれにしている。ちなみにノンニコチン。ぶっちゃけタダのオモチャだ。


 それでも知らない人からすればタバコと変わらないので、俺は自室か喫煙所でしか吸わないことにしている。路上喫煙禁止区域以外なら構わず吹かす灰原とは違うのだ。

 その灰原はと言うと俺の部屋で寝ていた。帰るのが面倒くさかったらしい。まあ、よくあることだ。


 部屋の片隅では、脱ぎ捨てられたリラックモが抜け殻のように転がっていた。その隣ではハンガーにかけられたプニキュア衣装。しばらく着ないとは思うが、またプニキュアになる日が来るかもしれない。


「……魔法少女か」


 考えるのは今日のことだ。

 明日になったら、スピを連れてどこかに行かないといけない。そこで新たな魔法少女を作ることがこの世界の希望だと、彼女は言った。

 だが、正直なところ納得していなかった。それがほとんど唯一に近い手段だということは分かる。分かるのだが、気に食わないものは気に食わない。


 だってよ。仮に上手く行ったとしても、シロハの犠牲は避けられない。それはあまりにも灰色が過ぎるじゃないか。


『納得いかないかい?』


 月明かりが差し込む窓枠にスピが飛び乗る。ようやく目覚めたようだ。さっきまで物言わぬぬいぐるみだった彼は、今は物言うぬいぐるみになっていた。


『状況はなんとなく分かるよ。まったく、結局僕はまた置いていかれたわけだ。あの子は本当に人の話を聞かないね』

「なあ、スピ。お前はどうするんだ」

『どうするも何も、僕は単独行動できないんだよ。できることと言えば魔法少女のサポートだけ。ホワイトの決断と、君たちの行動に依存するより他にない』

「そうか。なら、質問を変える。お前はどうしたい」

『僕の意思が今何か関係あるかい?』

「今日知り合っただけの俺たちより、お前のほうがあの子を知ってるだろ」


 スピはすぐには答えなかった。一瞬の空白。その後に、同じ調子で語り始めた。


『実はね、僕は別の世界からやってきたんだよ』

「ああ。まあ、そんな気はしていた」

『だからこの世界のことなんて本当はどうでもいいんだ。侵略されようと、滅びようと、どうなろうとも。星の数ほどある世界が一つ消えただけの、どこにでもあるありふれた悲劇だ。そんなものに僕の心は動かされない。――でも』


 嘘のない言葉だった。だからこそ、心に響く。決して嫌いではなかった。


『僕は、ホワイトの側に居たい』

「……そうか」

『あの子はずっと一人で戦ってきた。途方もない敵をたった一人で相手にして、逃げ出さずに戦い続けてきた。彼女をそんな絶望的な戦いに誘ったのは僕だ。僕なんだよ。だから、僕は、僕だけは、最後の最期まで彼女の側に居なければいけない』

「それは贖罪か?」

『そうとも言えるね』

「だとしたらお前は――」

「とんだ勘違い野郎だよ」


 俺の言葉を灰原が継いだ。

 寝たと思っていたが、狸寝入りだったようだ。もしくは俺たちの会話で起こしたのかもしれない。どちらにせよ、同じことだった。


「一緒に居て、一緒に死ぬのか? そんなことをして何になるんだ。それはただ、希望を捨てて自分を騙してるだけじゃないか」

『希望? 希望ってなんだよ。ホワイトに新しい魔法少女を探せって言われたんだろうけど、それが希望だって言うのか? なら教えてあげるけど、探せば簡単に見つかるものならとっくの昔にやってるんだよ。仮に見つかったとして、新米魔法少女一人にこの状況をひっくり返せるわけが無いじゃないか』

「道理の話なんてしていない。スピ、君はそれで満足するのかと聞いている」


 一瞬、スピは鼻白む。それから、怒気を込めて、言葉を絞り出した。


『――満足なんてするわけないだろう。僕だってホワイトを助けたい。でも、それはもう無理なんだよ』


 それは俺たちがよく知る、灰色の言葉だった。

 灰色とは燃え尽きた衝動の色だ。何かを失い、何かを諦め、現実に立ち向かうことを止めた敗北者の色だ。

 だからこそ、灰色の俺たちは。互いに傷を舐めあいながら、互いに手を差し伸べながら。

 ――もう一度羽ばたけと、背中を押すのだ。


「じゃ、やるか」

「そうだな、やろうぜ」

『……? やるって、何をだい?』

「決まってんだろ」


 おいおい、しっかりしてくれよ。俺たちは灰色の男だぞ。

 誰よりも灰色に親しみ、誰よりも灰色を忌避する、灰色に染まりきった男たちだ。そんな俺たちが目の前の灰色を見過ごすわけがない。


「あの子を助けるんだよ。俺たちは、いつだって支え合ってきたんだからな」

「ああ。どんな困難でも、この四人で乗り越えて行こうぜ」

『……君たちは、本当にどうしようもないバカだね』


 言われなくても知ってるよ。

 俺と灰原は、示し合わせたようにケラケラと笑う。これはさらなる深みへと踏み入る決断だ。だが、後悔はまったくしていなかった。



 *****



 翌日。

 奇跡的に起床した俺たちは、全速力で大学へと駆け込んだ。


「はあ……っ! くそっ、なんでこう、頑張ればギリギリ間に合うタイミングで起きるんだよ……!」

「神は言っている……! ここで単位を落とす運命ではないと……!」


 灰色を脱ぎ捨てて青春色の全力疾走ジュブナイル・オーバードライブを決めた俺たちは、講義が始まるか始まらないかのタイミングで教室に滑り込んだ。机にへばりついて荒く息を吐く。教授は一瞬顔をしかめたが、そのまま出席を取り始めた。見逃してくれたようだ。

 今日の一限は必修科目の統計学。これを落とせば、来年下級生と一緒に講義を受け直すことになる。本来なら一日くらいサボったところで問題は無いのだが、模範的大学生の俺たちは既に「これ以上サボったら単位あげないよ」宣言を受けているのだ。


「さて、それでは今日の講義を始める前に課題を集めます。以前より通達していますが、正当な理由無く課題を提出しないものは欠席扱いとします。言い分があれば私のところまで来なさい」


 ――来た。統計学名物、公開処刑だ。

 あの手この手で言い訳を試みる学生を、教授がばっさばっさと斬り捨てる統計学の伝統行事。未だかつて、この教授を論破せしめた学生は誰一人として居ない。俺たちは一体何度この公開処刑に涙してきたことか。しかし、それでも挑戦を諦めないのは学生のサガ。今日も多くの学生が教授に嘆願し、いつも通りに爆死していた。お前らちゃんと課題やれよ。


 しかし、今日の俺たちには秘策があった。絶対に勝てるという確信があった。威風堂々と教授の前に立ち、嘆願者らしからぬ気勢を持って事に臨む。


「ふむ、棗裕太くんだね。君には次に課題を忘れたら試験を受けさせないと伝えていたはずですが。まずは事情を聞きましょうか」

「教授。教授のご指摘はもっともであります。確かに私は課題を忘れました。その事実には間違いございません。されど過程はどうでしょうか? もしそこに事情があるのだとしたら? それも涙無しには語り尽くせぬ、壮大にして致し方なき事情が」

「短くまとめて話しなさい。あなたは今、皆さんの講義時間を奪っています」


 聞きたいか。ならば答えて進ぜよう。そしてこの棗裕太の事情に涙し、単位を与え給へ。


「世界救ってました」

「そう。他に言いたいことは」

「今日中に提出しますので、どうか平にご容赦ください」

「よろしい。次は最初からそう言いなさい」


 学生の言い訳は頑として聞かないが、ちゃんと謝れば半日くらいは提出期間を伸ばしてくれる。

 それがこの、公開処刑の掟なのであった。

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i316778.
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