「一緒に平和な国を作りましょうよ、ワッフルが美味しい国を」
そんなわけで焼肉である。
熱々に熱せられた焼き網。三種のタレが注がれたタレ皿。そして肉。タン塩、カルビ、ロースにホルモン。キムチにサンチュにクッパまで。
考えうる限りこの世全ての贅がここにある。今この時、俺達は焼肉王となっていた。
「全員飲み物は行き渡ったかー? 梅酒もカシオレもちゃんと来たな。よし、ナツメ。始めようぜ」
灰色の男たちは最初にビールを頼まない。全員が思い思いの酒を頼むものだから、テーブルの上はとても華やかなことになる。ちなみにキュアビール戦隊はと言うと、シャンディーガフ、レッドアイ、ディーゼル、パナシェ、ビター・オレンジだ。もういいからビールにしろよと毎度ツッコミを受けているが、彼らはこれがいいらしい。
色とりどりの酒を手に、男たちが俺を見る。すっかり待ちきれない様子だった。
「おいおいどうした、珍しくお行儀が良いじゃねえか。俺らいつも乾杯だけやって適当に始めんじゃん」
ブーイングが上がる。真面目にやれってことらしい。オーケーオーケー、悪かった。ちゃんとやるよ。
「そんなわけで俺たちは人知れず世界を救った英雄となったわけだが……」
「ナツメ。そりゃ言い過ぎだ」
「そんな俺らにも明日は来る。講義もあるし課題もある。サボれば単位だって落とすぞ。そういった現実をしかと胸に刻んだ上で、今日の打ち上げを楽しんでくれ。乾杯」
「すげえ。ここまで盛り下がる乾杯始めてだ」
連中はなんとも言えない顔で乾杯した。そうは言っても目の前にあるのは酒と肉だ。俺が投与した鎮静剤もお構いなしに、連中はポップコーンのように騒ぎ出した。
「おらあ! 肉だ肉! 焼け! 食え! 飲め!」
「はいはいはい! カルビ焼きますカルビですカルビカルビカルビ!」
「ばっかお前最初はタン塩って決めただろうが! ポーランドぶつけんぞ!」
「ロースをよこせロース! それ以外の肉は断じて認めん! ただしポーランドは一口もらう!」
「いいかお前ら! ホルモンは3:7で焼け! それ以外の焼き方をしようものなら、このホルモン奉行が成敗してくれる!」
「ホルモン奉行、あなたの悪政もここまでだ。今後全てのホルモンは我々の手で民主的に管理させてもらう」
知能がなかった。あーもー、好きにやってくれ。闇ルートで仕入れたホルモンを端っこで育てながら、俺は楽しそうな連中をマイペースに眺めていた。
「相変わらず賑やかですね」
「やかましくてすまんな。こういう奴らなんだ」
「好きですよ。こういうの」
今日のシロハは甘々ファッションだ。柔らかい生地のワンピースに、落ち着いた色合いのジャケット。こげ茶色のショートブーツをぷらぷらと揺らす姿は大変に可愛らしい。
戦いを終えたことで表情はいつもより晴れやかだ。機嫌よく鼻唄を歌ったりなんかもしていた。
「スピも来れたら良かったんですけどねえ」
「あいつはまた寝てるのか?」
「はい。大きな戦いのあとはいっつもこうなんです。消耗が激しいみたいで」
決戦から二日が経った今日も、スピはずっと眠り続けていた。時々目を覚ますこともあったが、シロハの顔を確認したらまたすぐに眠りにつく。ずっとそんな有様だ。
そのことに少しほっとしている自分がいる。俺は、スピと話をするのを恐れていたのかもしれない。
「……。まあ、目を覚ますまでには覚悟しとこう」
「? 何がですか?」
「あー、すまん。独り言だ」
きっとシロハはスピの正体を知らない。スピは誰に対しても隠し事をしていた。シロハは賢いが、他人を疑うことには不慣れな子だ。シロハを騙すのは簡単だろう。
それが余計に俺を悩ませる。真実がどうであろうと、シロハとスピの仲を引き裂くのは正しいことなのか。シロハにとって数少ない心許せる相手を、俺が奪ってしまっていいのだろうか。
「ところでナツメさん。ブラックからの連絡はありましたか?」
「いや、ない。定期的にRINEを送ってるが既読もつかない。音沙汰なしだ」
「そうですか……」
あの日、古森鏡子は勝利を分かち合うこともなく消えていた。
誰に何を告げることもなく、気がつけば消えていた。スピによれば転移魔法の痕跡をかき消した跡があったらしい。追ってくるなという意思表示なのは明白だった。
「あいつにも聞きたいことが山ほどあるんだけどな」
「私だって、話したいことが山ほどあるんです。行くんだったら、せめて一言くらい言ってくれたらよかったのに……」
「挨拶する余裕もないくらい疲れてたんじゃないか?」
「ええ? 元気そうでしたよ?」
いやまあ……。確かに余裕そうな口ぶりだったけど、あれは相当な嘘つきと見た。実際のところどうだったかなんてのは、彼女にしか分からないだろう。
事実として彼女は居ないし、あれ以来今日に至るまで一切の連絡はない。シロハは心配していたが、俺たちにはどうすることもできなかった。
「あーあ。結局アイスも延期かぁ……」
「アイス? アイスが食べたいのか?」
「食べたいですけど、ブラックと一緒に食べたいんです」
少しすねたような顔をしてシロハはタン塩を頬張る。ご機嫌斜めのようだった。ほれ、丹精込めて育て上げたホルモンをやろう。ホルモン民主主義者に摘発される前にお食べ。
向こう側の領土では肉を巡って大戦争が始まっている。隆盛を極めたタン塩帝国は没落し、カルビ連合国とロース枢軸国が激しくにらみ合う。その一方でホルモン民主主義共和国は着々と勢力を拡大していた。
「世界大戦も秒読みだな」
「ナツメさん。一緒に平和な国を作りましょうよ、ワッフルが美味しい国を」
「やめとけ。生半可な中立国は道路にされると相場は決まってる」
俺とシロハは網の片隅に領土を持っている。時々外部からの侵略者が箸を伸ばすが、そのたびにトングをカチカチ鳴らして威嚇するのだ。我が国の平穏はこうして守られていた。
俺たちが狭いながらも平和な暮らしを享受していると、ホルモン民主主義共和国から使者がやってきた。またの名を灰原と言う。
「おうおうナツメー、お前何すみっこで脱法ホルモンキメてんだよ。秘密警察にチクるぞ」
「秘密警察って、民主主義はどうした。なんで独裁政権が確立してんだよ」
「あのな。民主主義ってのは国民が正しい教育を受けてないと空中分解するんだよ」
「バカがバカした結果歯止めが利かず分裂したのか……」
ホルモン民主主義共和国は人知れず消滅の危機に瀕していた。詳しく聞いてみると、3:7原理主義と5:5平等主義が内部紛争を引き起こし、国家が割れたところに0:10自然主義なる謎の勢力が台頭したらしい。ちなみに軍事独裁政権なのもこの勢力。マジで何やってんだ。
「そんなわけでナツメ。今我が国は乱れに乱れている。情けない話だが、貴国の力を貸して欲しい」
「そう言ってるが。シロハ、どうする?」
「美味しくご飯を食べられる方向でお願いします」
オーケー。シロハがそう言うなら仲裁してやろう。
俺はこっそりと注文していたシマチョウを灰原に渡す。ホルモンの中でも特に美味しい希少部位だ。乱れた国をまとめ上げるのに不足は無いだろう。
「これは……。すまない、ナツメ。恩に着る」
「いいってことよ。全部終わったら飯でも食おうぜ」
「ええ……? 今がそのご飯中ですよね……?」
俺は灰原と固い握手を交わす。こまけえこたあいいんだよ。
シマチョウを手に灰原は元の席へと戻る。そして内紛を続けるホルモン主義者たちに一喝した。
「争いはそこまでだ! 俺の手にあるものが分からんか!」
「それは……!? まさか王位継承権!?」
「バカなッ! 王位継承権は先のクーデターで紛失したはず!」
「王がこのような場所におられるはずがない! あれは王の名を騙る反逆者だ!」
「反逆者は貴様だ! 俺は王の下につくぞ! シマチョウが食いたいからな!」
わーわー。きゃーきゃー。どんどん。ばんばん。
数十秒後には全ての反逆者は鎮圧され、灰原を王としたホルモン君主国が樹立した。ホルモン王によるシマ朝ってか。やかましいわ。
「ナツメさん。人はどうして争うのでしょうね」
「さあな。お腹が空いてるからじゃないか」
「みんなで仲良くご飯食べればいいのに」
ホルモン君主国の勃興により、カルビ連合国とロース枢軸国の関係性もまた変わっていくだろう。始まろうとしている世界大戦を横目に、俺はもう一度シマチョウを注文する。少し残れば取り返すつもりだったが、あの様子では残らないだろう。
「シロハ、その肉もう食えるぞ」
「ナツメさんが食べてください。さっきからずっと世話ばかりしてるじゃないですか」
「焼くのが好きなんだよ。遠慮しないで食えって」
「でしたら、はんぶんこで」
シロハは器用に肉を箸で切って、片方を俺に差し出す。ちょうど肉を裏返していたタイミングで手が空かず、俺はそのまま口を開けた。シロハは一瞬躊躇した後、俺の口に箸を突っ込む。んむ、うまい。
「……あの、ナツメさん」
「なんだ?」
「しれっとそういうことやりますよねー……。まあ、いいですけど」
「前も電子タバコで似たようなことやったじゃないか」
「確信犯なのは尚更タチが悪いですよ」
気にしてしまったシロハは少し照れていた。かわいいやつめ。
網の向こうでは今も争いが続いているが、少なくとも俺とシロハはこんな具合で仲良しだったのだ。