「らぶちゅっちゅファイヤアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
ホワイトはがんばった。
すっごく、ものすごーくがんばった。体の内側から次々に湧き上がる魔力を燃焼させ、何倍もの速度でゲートへと加速し続けた。
ブラックとの邂逅を経た直後、自身の内側からとめどなく魔力が溢れてきたのだ。なぜかなんてことは分からない。そんなことを考える必要もない。今ホワイトがするべきことは、一分一秒でも早くゲートを破壊することだ。
(待っててブラック! すぐ行くから!)
ゲートにたどり着くや否や、ホワイトは白剣を構える。タイムラグは数ミリ秒もない。溢れる魔力を刃に重ねて、ためらいもなく解き放った。
(シャイニング――! ジェノサイド・スラスター!)
白刃が踊るようにひらめき、合金で作られた巨大なリングを豆腐のように切り刻む。リングの一部が欠け落ちて、ゲート中心部の次元門が揺らいだ。
剣を休める暇もなく、ホワイトは次の技を放つ。
(シャイニングッ! マーダーズ・マスカレイドッ!)
ホワイトの体から、複数の魔力人形が生み出された。
方々に散った分身たちは、刃を手にリングを切り刻む。あちこちに深刻な損傷を受けたゲートは、中心部の次元門を維持できず激しく明滅させた。
(シャイニング――ッ!!)
刃に純白の魔力を重ねる。どこまでも澄み渡る純白の光は、全ての闇を切り裂いた。
さっきまでのホワイトだったら、この技を使うには魔力が足りなかった。でも、今は違う。胸の内からとめどなく湧き上がる魔力が、ホワイトの刃に力を宿す。
(――カタストロフィ・デッドエンドオオオオオオオオオオッッ!!)
巨大な白刃が、ゲートを真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれた断面から、無数の爆発と崩壊が入り交じる。中心の次元門は悲鳴をあげるように閃光を放ち、自らを爆炎と変えてリングを吹き飛ばした。
跡形もなく、ゲートは粉々になった。もう二度とここから敵が現れることはない。それを確認して、ホワイトはすぐに踵を返す。
(――っ。ブラック……!)
今日一番の加速だった。光速と比べられるほどの速度で飛翔したホワイトは、瞬く間にブラックシルトとリントヴルムの間に割り込む。
逆手に持った白剣でリントヴルムの牙を受け止めながら、ホワイトは満面の笑みを向けた。
(おまたせっ――! あ、ちょっと、喋れないんだった! あーもー! ブラックー! 届け私の思いー!!)
「……そんな良い笑顔で口パクパクさせられてもなぁ。はいはい、おかえり。おつかれさん」
真空下で喋れないホワイトに対して、ブラックは脳に直接言葉を伝える。今度時間があったら意思伝達魔法のやり方を教えようと考えつつ、多分そんな余裕は無いだろうなとブラックは一人苦笑した。
ホワイトの頭をぽんぽんと撫で、ブラックはリントヴルムの顎を蹴り飛ばす。白剣を噛み締めていた牙が何本か折れた。
「ホワイトちゃんどう? 疲れてるっしょ?」
(ううん、まだまだ平気! 一緒にやっつけよう!)
「あー、何言ってるかはなんとなくわかるけど。とっくに限界は越えてるはずだろ。あんまり無理すんな」
そう言われてもホワイトは小首をかしげるばかりだ。本人は自覚していないが、彼女はとっくに自身の魔力を使い果たしている。今は底から湧き出してくる魔力を頼りに活動しているが、何かの弾みでそれが尽きれば彼女はとたんに動けなくなるだろう。彼女は無自覚に危険な状況だった。
「それに、私も限界だ。帰ろうぜ、ホワイトちゃん」
(ええ……? でもでも)
「いいから。帰ったら一緒にアイス食べるんだろ」
(……っ! ブラックぅ……)
二年越しの約束にホワイトの涙腺が緩む。戦闘中だというのに構わず抱きつきそうな勢いだった。
「ホワイト。私はもう魔力がない。悪いけどホワイトが頼りだ」
(うん! どうすればいい?)
「地上に降りよう。そこまで行けば、後は彼がなんとかしてくれる」
多分ね。その言葉は飲み込んだ。
正直に言うと、彼は既にブラックの想定を遥かに超えた動きを見せてくれた。ブラックの計画では元より勝率は1%も無かったというのに、ここまで来られたのは彼の働きによるものが大きい。
だったら最後は彼に決めてもらおう。というか、もうそれしかない。自分もホワイトもとっくに限界だ。
(いくよっ! しっかり掴まって!)
「はいさー。よろしく」
二人は離れないように手をつなぐと、地表に向けて急加速した。
上りと違って下りは楽なものだ。重力を味方につけて凄まじい勢いでぐんぐん加速する。急速で変動する気圧も暴力的な空気抵抗もなんのそのだ。ホワイトが放った推進力をブラックが制御し、風の通り道を駆け抜けて雲を突き破る。
リントヴルムすらも追いつけない、超高速の急降下。長年共に戦ってきた二人の呼吸は、ぴったりと揃っていた。
(――さて。後はナツメくんがどこまでこの子を大事に想っているか、だけど)
少し複雑な胸中で、ブラックは相棒の顔を盗み見た。
この世界の何よりも大切な、たった一人の親友。それを取られてしまうのは正直おもしろくない。まったくもって大変におもしろくない。我ながら子どもっぽいとは思うが、嫌なものは嫌なのだ。
でも、そんな気持ちをぐっと飲み込む。舞い上がる風を切り裂きながら、ブラックは小さく笑みをこぼした。
「何が努力目標だ。少しでも泣かせてみろ。次元の彼方までぶっ飛ばすぞ」
(……? ブラック?)
「ホワイトにゃ関係ないよ。知りたければ本人から直接聞いて」
疑わしげな視線をはぐらかす。邪魔はしないが、応援する気もない。あいつがこの子の何になろうとも、ホワイトが幸せでいられるならそれでいい。ブラックが気にしているのはそれだけだ。
奇しくもそれはナツメと良く似た望みであった。
*****
空の彼方で何かが弾けた時、強い予感が俺を貫いた。
右手に刻まれた魔術紋が熱く輝く。胸の内から何かが湧き上がり、ここに向けて凝縮していく。
アドレナリンが凄まじい勢いで放出される。衝動が駆け抜けるままに全身が沸き立つ。何が起こっているのかは分からない。そんな状況だと言うのに、頭の中はシロハのことでいっぱいだった。
「ああ、くそッ……! なんだってんだよ……!」
冷静さを欠いている。守りたい。自然と、そう言葉に出ていた。
『ナツメ? 大丈夫か?』
「大丈夫じゃねえよ! なんなんだこれはッ!」
『僕にもわからないけど……。事実だけを言うよ。今の君は魔力を放っている。それも、魔法少女に匹敵するほどの強力な魔力だ』
「はあ!? 魔力!? なんで俺が!?」
『言ったろ、僕にもわからないって』
わけがわからないが、頭の中で響き渡る予感は止まらない。俺がやらないといけない。抗えないほど強烈な予感が頭の中をリフレインする。なんだこれは。なんなんだよこれは。
脳裏で何かが強烈にフラッシュする。予感が結実し光景に変わる。目まぐるしく駆け抜けていく光景が、暴力的なまでに脳裏に焼きつく。
一つ一つの光景に繋がりはない。これまで目にしてきたものや、まるで見たこともないものが次々と頭の中に浮かんでは消えていく。意味を考える余裕すらない。
「わっかんねえ……ッ! なんっなんだよ! 俺は今、何を見ている!?」
脳を直接かきむしりたい気分だった。悲鳴を上げようとお構いなしに光景は流れ続ける。
自意識すら崩壊しそうな強烈な予感に歯を食いしばる。右手の魔術紋は、焼けつくほど熱く光り輝いていた。
「ナツメッ! しっかりしろ!」
頬がカッと熱くなる。気がつけば、目の前に灰原がいた。
頬を殴られたらしい。灰原は俺の胸ぐらを掴み上げ、鼓膜が破れるほど強く叫んだ。
「お前が何を見てんのかは知らねえけどよ! そんなもんどうでもいいだろうが! お前がいるのはこの場所だ! 違うか!?」
「灰原……お前……」
「理性で考えたって答えなんて出てこないんだよ! 直感で掴み取れ! お前を信じろ! お前が今やりたいことはなんだ!」
守りたい。そう呟くと、頭の中に駆け巡る光景が白に染まった。
それはシロハの色だった。俺が見てきたシロハや、俺が見たこともないシロハの顔が、浮かんでは次々に消えていく。これが何なのかなんてわからない。意味を考えるのは後だ。ただ、俺は、自分が何をやるべきなのかだけはよく分かっていた。
『灰原……。君、何か知ってるのかい?』
「知ってるわけないだろ! 何が何だかわからんが、ぐだぐだやってる場合じゃないんだよ! 来るぞ!」
灰原が叫んだ直後、二つの光が地上に落ちた。ホワイトとブラックだ。二人の魔法少女は弾丸のように着地すると、すぐに俺たちのところまで駆け寄った。
「ナツメさんっ! やりましたよ! ゲートは完全に破壊しました!」
「でもまだ終わってないんだ。リントヴルムを倒すまでこの夜は終わらない。だから、ナツメくん」
返事をする間もなく空から咆哮が轟いた。彼女たちを追って、巨大な竜が真っ直ぐに突っ込むのが見えた。
右手の魔術紋は灼熱のように光り輝いている。やるしかない。開いた右手を突き出して、左手を添えて照準器とした。
「ナツメさん!? なんですか、その魔力は!?」
横目でホワイトを見る。大丈夫だ。口には出さず、視線だけでそう答えた。
「……ナツメくん。君、すごいね。正直ここまでとは思ってなかった」
古森は何かを知っていそうな口ぶりだった。おい、後で全部説明しろよ。
『ナツメ。僕がサポートする。思い切りやるといい』
スピが俺の肩に乗ると腕の震えが止まった。お前、手を貸してくれるのか。
「ナツメッ! ためらうなッ! ぶっ放せッ!!」
灰原が叫ぶ。さっきは助かった。何が何だかわからんが、やるしかねえよな。
「邪魔をするなッ! キュアゆうたあああああああああああああああああッッ!!」
リントヴルムが吠える。体が震えるほどの怒声も、今の俺には気にならなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
俺は叫んだ。右手の魔術紋は、烈火となって燃え上がった。
「らぶちゅっちゅファイヤアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
轟炎、天を薙ぎ払う。
放たれた灼熱の火砲は、真っ直ぐにリントヴルムへと突き刺さる。全ての灰色を焼き尽くす業火。俺の内から湧き上がる無限の衝動は、炎となって空を灼いた。
「がああああああああああッ! クソッ! クソがあああッ!! 畜生があああああああああああッッ!!」
炎に包まれたリントヴルムが消えていく。彼の姿を完全に焼き尽くしてなお、火砲は激しく天を焼く。
やがてゆっくりと炎が収まり、右手の甲から魔術紋が消える。全てが終わった後には、ただ紅い月が俺たちを照らすだけだった。
「はあ……ッ、はあ……ッ」
荒い息を吐きながらゆっくりと振り返る。俺を見るいくつもの瞳に答えるように、俺は高々と拳を掲げた。
「俺たちの、勝ちだ!」
湧き上がる歓声。
勝ち取った勝利を彩るように、月の色が変わっていく。紅月の夜は終わりを告げた。いつもの優しい色の月が、勝利に酔う俺たちを優しく照らしていた。





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