「ナツメェッ! ここは任せて先に行けッ!!」
頭数が増えたことで彼我の戦力差がひっくり返ったかと言うと、そんなことはなかった。
一般人が群れたら群れた一般人ができあがる。群れた一般人が自称ヒーローを倒せるかと言えば、そんなことあるはずもない。
そんなことは分かっている。この状況もシミュレーション済みだ。戦ったところで勝てる見込みはまず無かった。
「キャハッ! 良いぜ、良いぜェ! やはりお前は面白い! いくらSOL3の潜在因子とは言え、戦いも知らねえゴミムシにしては噛みごたえがあるッ!」
満面の笑みで哄笑するリントくんには悪いが、正攻法で挑む気は無い。
俺たちの勝利条件はあくまでも駅に到達すること。ここでこいつを倒すのは、竹槍でB29を落とすようなものだった。
「灰原。物は回収できたか」
「もち。侵入にちょっと手間取ったけど、一式かき集めてきたぜ。他の奴らには既に配ってある」
灰原もといキュアゆうた率いる班には、作戦に必要な物資を回収してもらっていた。
普段の俺たちなら絶対に手が入らない物だが、わくわくワンダーランドならばお構いなしだ。勝手に拝借しようと現実世界には何の影響もない。
「ナツメ、お前の分だ。使い方は事前に勉強してきたよな?」
「ああ。FPSならやりこんだ」
「せめてガンシューティングかサバゲーにしとけよな」
ハンドガン。受け取った殺しの道具は、手のひらに嫌な重みを残した。
銃器への憧れが無かったかと言えば嘘ではない。高校の頃はモデルガンなんかも持ってたし。だが、実際に人を殺せる道具を手にした感想は、そんな浮ついた物ではなかった。
「安全装置の外し方は分かるな。銃口は絶対に人に向けるな。気をつけろ、引き金は思ったよりも軽い」
「あ、ああ……」
「それから。俺たちも、お前と同じ気持ちだ」
俺の肩を叩く灰原は、手が震えていた。
俺が手にしているのは携行性に優れた自動式拳銃だが、灰原他数名が持っているのはアサルトライフルだ。手にした重みは相当のものだろう。
忘れてはいけない。俺たちはただの大学生だ。一人でこんな重みを背負えるやつなんて、この中には一人だっていない。
「悪いな、ナツメ。手榴弾は持ってこれなかった」
「いや、いい。それでいい。無理を頼んで悪かった」
「……すまん」
こいつの気持ちもよく分かる。銃器ですら重いのに、人を殺すための爆弾なんて重さは背負えない。
安全装置を外して銃口をリントヴルムに向けた。呼吸を止めて照準を絞る。覚悟はまだ間に合っていない。
「ハン、火薬で飛翔体を射出するSOL3の主流武装か。なかなか趣味の良い骨董品だ。いいぜ、やってみろよ。つっても――」
撃った。
重々しい反動が手のひらに残る。空を裂いて飛翔した弾丸は、狙い通りにターゲットの頭を捉えた。
ギィンと金属質の衝突音。弾丸は、リントヴルムの歯に挟まれて潰れていた。
「そんなもんじゃ、マッサージ機にもならねえな!」
鉛の弾丸は砂糖菓子のように噛み砕かれた。ペキパキと咀嚼して、それからおかわりを求めるかのように口を開く。くっそ、舐めやがって。もう一度引き金を引くと、今度は狙いを逸れて電柱に命中した。
「やっぱ現代兵器は効かんか」
「こんなもんで倒せちまったら面白くないっしょ。お前らも効くと思って撃つのはやめとけよ、あくまでも足止め用だ。むしろ跳弾に気をつけろ。絶対に仲間に当てるな。絶対に、だぞ」
灰原が小銃を構えると、灰色の男たちは一斉に各々の銃をリントヴルムに向けた。それから灰原は、目を輝かせて俺を見る。
「なあなあナツメ。あのセリフ、言ってもいいか?」
「お前マジかよ。あれフラグだぞ」
「やりたいんだよ。良いだろ」
いい顔しやがってよ。ったく、しゃーねえなあ。俺は灰原の肩を叩いて、リントヴルムに背を向ける。
「ナツメェッ! ここは任せて先に行けッ!!」
リラックモが吠える。俺は走った。
後方で聞こえる発砲音も、何かが爆砕する音も、鳴り響く車の警報音も、何もかもを後ろに置いて。駅に向けて全力で走った。
「ヒャハハハッ! 殿は仲間に任せて自分はトンズラか! 賢いこったなぁキュアゆうたァ!」
哄笑は空から聞こえた。くそ、あの野郎、飛んできやがった……!
走りながら空に向けて発砲する。すぐに後悔した。不安定な姿勢で撃った弾丸は明後日の方向に飛んでいき、衝撃で手のひらが痺れただけだった。
「チェックメイトだって言ったろうが! お前はとっくに詰んでんだよ!」
空を見る。手を大きく振りかざしたリントヴルムが、今にも突っ込んでこようとしていた。
足止めが功を奏さないというのは、シミュレーションしてきた中でも最悪に近い部類だ。俺はもう、腹をくくるしかなかった。
「させっ! るかッ! よおッ!」
遠くから灰原の声が聞こえる。それから、空を見上げる俺の視界に、一つの飛翔体が割り込んできた。
真っ黒なスプレー缶によく似た投擲物。閃光手榴弾だ。
「…………ッ!!」
足を止める。振り向く。両手で銃を構える。狙いをつける。息を止める。
求められるのは一瞬の集中だ。チャンスは一度だけ。失敗は決して許されない。ロクに使ったこともない拳銃に、俺はこの瞬間をかける。
これまで味わったことのない、極限の集中。引き金を引く感触とともに、視界から色が脱落したような錯覚すら覚えた。
「がアッ!?」
空中で閃光と轟音が炸裂する。放たれた弾丸は閃光手榴弾を撃ち抜いて、リントヴルムの真横で炸裂させた。
どうなったかを確認することもなく、すぐに駅に向かって走り出す。弾丸を放つ寸前に片目を閉じたが、強烈なルクスは俺の視界の大部分を奪い去っていた。
何度も物にぶつかりながら、よたよたと走り続ける。なぜだろうか。不思議と笑みがこぼれていた。
「ハハッ……! 見たかよ畜生! あの小さい的を一発でぶち抜いたんだ! 俺才能あるんじゃねえか!?」
『正直、大したものだね。初弾も命中させてたし、とても初めてとは思えないよ』
真後ろもう一つ轟音が響き、閃光が俺を追い抜く。情け容赦のない閃光手榴弾の連続投擲。それから再び発砲音が鳴り響いた。
振り返ることなく大通りを駅の方に駆け抜ける。あいつらが稼いだ時間は無駄にしない。だから、絶対に死ぬんじゃねえぞ。





.