「ふざけんな! 何がナツメだ!」
決戦日。群青に染まる空に、真円の月が昇り始めた。
ビルの狭間に夕日が落ち、昼と夜とが切り替わっていく。沈む夕日を、俺たちは大学の屋上から見送った。
季節外れのコートを風にはためかせながら、灰色の男たちは思い思いのポーズを取る。特に意味があるわけではない。強いて言うなら、なんかカッコいいから。かれこれ三十分はポーズを決めている。コート着用とは言え、吹きっさらしの中三十分はさすがに寒かった。
作戦の最終確認は終わっている。準備は万端だ。俺たちは無言で待ち続け、そしてその時が来た。東の空から昇り始めた月は墨のように滲み、血のように紅く染まっていく。
黒夜に血月は満ち足りて、襲撃の時間が訪れた。
「ようやくお出ましか」
『始めようか。結界、展開するよ』
俺の肩に乗ったスピが、微動だにしないまま結界を展開した。なぜだか知らんがこいつは灰色の男たちに正体を明かしたがらない。さっきから徹底的にぬいぐるみの振りを貫いている。そのせいで、スピを持ち歩く俺を見る目が痛い。
人払いの結界が街をまるごと包み込み、大規模の異空間が生成される。俺たち以外の人気が消える。ざわめきが消えた街並みに、駆け抜ける風の音だけが響いていた。
風を切るはばたき音が一つ。襲撃者独特の荒々しさを持って、静寂を砕きながら高空より彼が飛来する。
そして爆雷のような衝撃とともに、一人のドラゴニアが屋上に降り立った。リントヴルムだ。
「…………」
着地したリントヴルムは無言のまま立ち上がり、凍てついた瞳で俺を見る。彼の表情からは優しさなんてものは一切感じられない。まるでプロの軍人のようだ。
「よう、久々だな。元気にしてたか?」
それでもフレンドリーなコミュニケーションを諦めない。友人のように笑いかけてみたが、反応は芳しくなかった。
「魔法少女はどこだ」
「最近顔見せなかったじゃん。どっか旅行でも行ってたのか? ったくよー、出かけるなら出かけるって言ってくれよな。こっちは毎晩用意して待ってたんだぜ」
「答えろ、民間人。魔法少女はどこにいる」
聞いちゃくれない。今日のリントくんは目がマジだ。んー、どうすっかな。
『無駄だよ。彼は本来君たちとの接触を禁じられている。余計なコミュニケーションは取れないと思ったほうが良い』
「それはこいつの都合だろ? 俺にゃなんも関係無いね」
『忠告はしたからね』
それは聞けない相談だった。俺たち無敵の大学生。コミュニケーションを諦めるなんて、この身が裂けてもお断りだ。
「ってかリントくんってどこ住みなの? マゼラン星雲? アンドロメダ銀河? それとも、いて座の――」
突如として体が揺れる。急速に視界がぶっ飛ぶ中で、何かの攻撃を受けたことだけは分かった。
背中に衝撃が抜けて、それからようやく地面に取り押さえられたことを認識した。リントヴルムは鋭い鉤爪で俺の首筋を押さえつけ、刺すように冷たく問う。
「もう遊びじゃねえんだ。もう一度だけ聞いてやる。殺されたくないなら答えろ、民間人。魔法少女はどこにいる」
観開いた黒の瞳孔が金の瞳を縦に割る。爬虫類独特の瞳をかっぴらいて、リントヴルムは俺に凄んだ。
あーあーあー。完全にマジの目だよ、こいつ。しゃーねーな。予定より大分早いが、始めるか。
「スピ、やるぞ」
『うん。了解した』
そして俺は、リントヴルムの真後ろに出現した。
「リントくんさー、ちょっと張り切りすぎなんじゃない? まだまだ夜は長いんだから、そんなに焦ってどうするよ」
「なっ……!?」
リントヴルムからは、取り押さえていたはずの俺が突然消えたように見えただろう。事実としてその通りだった。俺は奴の目の前から消えて、真後ろに出現した。
「お前、今、何をやりやがった……!」
「超能力。実は俺、テレポーテーションできるんだよね」
「まさか……! テメエも能力者か……ッ!」
いや違うけど。
種も仕掛けもある手品なんだけど、リントくんは真面目に受け取っていた。おいおい勘弁してくれよ。冗談が通じない奴はこれだから困る。それはそうと能力者か、いい響きだ。
「いかにも。我こそは機関より遣わされし十三の断罪者が壱の座、サイキックゆうたその人である」
「サイキックゆうただと……!? お前、キュアゆうたじゃなかったのか!」
「ふっ、それは世を忍ぶ仮の名に過ぎぬ。さて貴様、我が真名を知った以上生かしてはおけんな」
遠くの方で灰原が「お前自分から明かしただろー」と茶々を入れる。うるせーやい。こういうのは気分なんだよ。
俺は芝居がかったように両手を広げた。
「さあ十三の断罪者よ。今こそ天に我らが真の姿を明かすのだ!」
そして俺たち十三の断罪者(総勢十八名)は、一斉にコートを脱ぎ捨てた。
コートの下から現れたのは、ひらっひらでふりっふりのカラフルな衣装。リボンやハートがコレでもかと言うほどにあしらわれた、野郎に似合わぬファンシー極振りドレス。頭に引っ掛けたプニキュアのお面が、なんとも言えないシュールさを醸し出す。
一言で言おう。俺たちはプニキュアのコスプレをしていた。
「光の回し者・キュアゆうた!」
「光の回し者・キュアまさと!」
俺と灰原はポーズを決めた。それから数秒の時間が過ぎた。おかしいな、打ち合わせだとここで順番に名乗りを上げるはずなんだが。
俺たち二人は揃って後ろを見た。灰色の男たちはなんだかもじもじしていた。
「……? どうした?」
「いやあ……。さすがにこれは恥ずいっしょ……」
こいつら、土壇場でチキりやがった。おいおいマジかよ。どうすんだこれ。
生まれた微妙な沈黙に、リントくんは呆れたようにため息をつく。
「テメエら……。また変態か……」
「変態じゃない、プニキュアだ」
「特殊な趣味嗜好に他人を巻き込むのもほどほどにしとけよ」
「ちげえよ、真面目だっつの」
リントくんはドン引きしていた。そんなに嫌かなー。プニキュアコスは作戦上必要なんだけど、灰色の男たちのウケはすこぶる悪い。そしてリントくんにも引かれると来た。好評だったのは灰原だけだ。ちなみにその灰原はプニキュアコスではなく、一人だけリラックモのきぐるみを着ている。この裏切り者め。
「おいお前ら、ちゃんとやれ。これも作戦の一部なんだってば」
「でもよー、ナツメ。いくら俺らでもプニキュア着るのはさすがにキツイって」
「大丈夫だっての、誰もいねえんだから。俺だって人前だったら絶対やらんわ」
「嘘こけ。お前その格好で街中歩いてたじゃねえか」
まあな。
俺は嫌がる奴らをなんとか説得した。な。頼むからやろうぜ。別にポーズ決めるのは作戦上必要なことではないんだけど、やることに意味があるんだ。
「リントヴルム、すまん。もう一回だけやってもいいか?」
「はぁ……。まあいいけどよ。戦士の名乗りを邪魔するような無粋はしねえさ」
今日は真面目モードだったはずのリントくんは、すっかりいつもの調子に戻っていた。やっぱちょろいわ、リントくん。こういうところが好きなんだよなぁ。
「いくぞ。光の使者・キュアゆうた!」
「あいよー。光の使者・キュアまさと!」
「ええ……? 鮮血の黒波・キュアハイボール!」
「くっそ、マジでやんのかよ……! 最果ての赫・キュアカシオレ!」
「ああもうこうなりゃヤケだ! 極限・キュアワイン!」
続々と灰色の男たちが名乗りを上げていく。開き直った奴らは無駄にキレあるポーズを決めていった。やっぱりノリノリじゃないかお前ら。
「やるぞテメエら! 惑乱大爆発・キュアスクドラ!」
「えっちょっと、もう俺!? 楽々蝶・キュアチューハイ!」
「ぶっちゃけ帰りてえ! 海賊物語・キュアウォッカ!」
「でもちょっと楽しくね? 盛々森の杜守の銛・キュアサワー!」
いい笑顔を浮かべながら森三郎太――じゃなくて、キュアサワーが言う。あいつの二つ名、結構好き。
「あはははは! もうバカしかいねーわ! 単位喪失・キュア黒霧山!」
「お前いい酒飲んでんなー。朝屍・キュアよいちこ!」
「安酒の背比べしてんじゃねえよ! 母親涙々・キュアマキシマムゼロ!」
「お前も大概安酒なんだよなぁ。求麻雀仲間・キュアすらりとした梅酒!」
語呂が悪いにもほどがあった。
今更だが、彼らは自分たちの好きな酒の名を魔法少女名にしている。本名プレイは俺と灰原だけだ。俺たちも酒の名前にすればよかったなーと今更ながらに思っている。
「お肉大好き! キュアビール!」
「お酒大好き! キュアビール!」
「お魚大好き! キュアビール!」
「お米大好き! キュアビール!」
「お餅大好き! キュアビール!」
だからってこれは酷い。
いやまあ、わかるぜ。みんなビール好きだよな。俺もなんだかんだ好きだよ。でもさあ、ほら。被りってものがあるだろ。もうちょっと個性を大事にしようや。むしろお前ら被せにきたじゃんね。
「おい、ちょっと待て。ええと……なんだ? すまん、そこのお前からもう一回頼む」
リントくんは手元の端末に一生懸命メモを取っていた。このくっそ雑な自己紹介をいちいち覚えようとしているらしい。真面目だなぁ。
「おい、キュアビールども。真面目なリントくんに免じてもう一回やってやれ」
「しゃーねえなあ……。お酒大好き! キュアビール!」
「お酒大好き! キュアビール!」
「お酒大好き! キュアビール!」
「お酒大好き! キュアビール!」
「お酒大好き! キュアビール!」
全部被った。リントくんは端末を地面に叩きつけた。
「全部同じじゃねえか! ふざけんじゃねえぞ!」
「ちげえよ、そこのそいつがお肉大好きでお酒大好きのキュアビールだ。そっちがお米大好きでお酒大好きのキュアビールで、こっちはお魚大好きでお酒大好きのキュアビール」
「わっかるかこんなもん! むしろなんでお前は見分けつくんだよ!」
「ここでクイズだ。こいつはどのキュアビールだ?」
「……! お米大好きでお酒大好きのキュアビール!」
「惜しい。お酒大好きでお酒大好きのキュアビールでしたー」
5人のキュアビールはきゃっきゃと笑ってくるくる回る。もはや誰にも彼らの正体はわからない。謎のビール戦隊がここに爆誕した。
「第一テメエもテメエだ! サイキックゆうたじゃなかったのかよ!」
「ふっ、サイキックゆうたは世を忍ぶ仮の名に過ぎぬ……。我こそは灰燼の王にして口先の魔術師、雨城大学に降り立った灰色の火守その人である。略してナツメでいいぜ」
「ふざけんな! 何がナツメだ! どこを略せばそうなる! 人を馬鹿にするのもいい加減にしろ!」
本名なんだけどなー。まあいいや。
後ろの方で灰原が「お前世の中忍びすぎじゃね?」と茶々を入れた。うるせーやい。忍びたいお年頃なんだよ。
なんやかんやで十八人揃ったところでポーズを決める。さあ、始めようじゃないか。
「全員集合!」
「我らはプニキュアオールスターズ!」
闇の力の奴隷たちよ。とっととおウチに帰ろうかァ!
これぞ名付けて『わくわく! プニキュア大作戦!』。十八人のコスプレした野郎どもがいろいろな意味で敵を圧倒する、世界救済の一手である。