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「お前ら一度然るべきところから怒られろ」

 今日の打ち上げは人数が多い。ざっと数えて総勢14人。さすがにフルメンバーとは行かないが、それでもちょっとした宴会の規模になっていた。


「なあ灰原ー。サイザかー」

「しゃーねーだろ。14人予約無しが許される店なんてサイザしかねえよ」


 そんなわけで我らが庶民のサイザである。もはやただのファミレスであった。まあ、今日の打ち上げは酒抜きの方が都合が良いんだけどさ。それにしたってサイザかー……。いやまあ好きなんだけどね。主に値段が。

 夜9時も過ぎた頃、ガラガラのサイザリアにぞろぞろと押しかける。それぞれバラバラの場所で検証していたため、集合するまで結構な時間がかかったのだ。シロハを除いた13人の野郎どもは、もはや飢えた狼のようになっていた。


 マルゲリータピザ、シーフードグラタン、ボンゴレパスタ、ミラノ風ドリア。テーブルに着くなり、適当に頼んで適当にかっくらう。誰が何を頼んだかだなんて関係なく、目についたものを奪い合うようにして食っていた。蛮族かお前らは。


「あっテメ、そのピザ俺が目つけてたやつだぞ!」

「うるせー! 世の中弱肉強食なんだよ! 文句あっか!」

「奪い合うのも勝手だがスープはやめろよ! テーブルに飛び散るから!」

「おい誰だよ! 俺のコーラにコーヒー混ぜたやつ!」


 死ぬほど騒がしい奴らだった。まだ空いている時間帯なのが救いだ。頼むから店に迷惑かけんなよ。

 まあ、腹が膨れればこいつらも正気に戻るだろう。クラムチャウダーをすすりながら、俺は生暖かい目で見守ることにした。


「ナツメー。俺ポテト食いたいんだけどー」

「食いたきゃ勝手に頼めばいいじゃねえか。……おい待て。それひょっとして俺に払えってことか!?」

「え、今日ナツメのおごりじゃないのか?」

「俺ら今日ナツメの頼みで集まったんだよなぁ?」

「いやあ悪いな大将。今月厳しくってさー。正直助かるぜ」


 くっそ、マジかよこんちくしょう。こいつら全力でたかりにきやがった。俺だって今月は出費がかさんで厳しいんだっつの。

 と言いたかったが、フォークでティラミスをつつくシロハの手前だ。そんなことは言えるはずもない。この子にいらない気苦労をさせるわけにはいかなかった。


「お前らせめて500円は出せよー。残りは俺とナツメで割り勘すっから」


 灰原がそう言うと、各所から気の抜けた返事が帰ってきた。助かった、それならまだなんとかなる。


「灰原、すまん。恩に着る」

「よせやい。俺とお前の仲だろ?」

「やだ……惚れそう……」


 灰原は俺に横目でウィンクする。なんだよこいつ、めっちゃ良いやつじゃん……。


「あの、ナツメさんと灰原さんってやっぱり付き合って」

「ないから」

「違う」


 シロハさんマジで何言ってんだ。俺たちをそっちに持っていくのはよせ。そうじゃない、そうじゃないんだよ。


「それにしても、なんだか今日は一段と賑やかですね」

「騒がしくてすまんな。あいつらだって根は良い奴らなんだよ。ただちょっと、腹が減って気が立ってるだけで」

「あはは。私好きですよ、こういう賑やかなごはん」


 この惨状を賑やかなごはんで片付けてしまうあたり大物である。いやもう、本当馬鹿ばっかですまん。馬鹿が群れるとどうしてもこうなっちまうんだ。


「うっ……うっ……。シロハちゃんは良い子だなぁ……」

「きっとご家族の帰りが遅くて、いつも一人で食べてたんだろう……。泣かしてくれるぜ……」

「そんなシロハちゃんに良いことを教えてあげよう。ドリンクバーでカプチーノとお湯のボタンを同時押しするんだ。するとほら、ふわっふわのフォームミルクが出てくる」

「おいお前ら。シロハに変なキャラ付けすんな。後サイザリヤの裏技は掲示板にでも書いとけ」


 シロハは大変に困っていた。やめとけやめとけ、この子はこの世の業をすべて背負う星の下に生まれたのだ。中途半端なかわいそうな子キャラなんて、小指一本で捻り潰すほどのポテンシャルを秘めている逸材だぞ。


「……私の家族かぁ。どんな人だったんでしょうねぇ」

「シロハ、ミルクジェラート頼んだら食うか? 興味あるんだが、一人で頼むと恥ずい」

「あ、美味しそうですね。私も食べたいです」


 デザートで釣って気をそらす。まったくもう、そんなこと考えたって良いこと無いでしょうに。本当この子、いたるところに地雷が埋まってるからヒヤヒヤするわ。頼むからお前ら、シロハに余計なこと言わんでくれよ。マジで。


「大変だな、とーちゃん」

「誰がとーちゃんだっつの。……おい灰原、お前それパスタ何皿目だ」

「これで四皿。サイザのパスタは色々味試せるからいいよなぁ」


 イカスミパスタをくるくる巻いて、灰原は幸せそうにもぐもぐする。相変わらずというかなんというか、生けとし生ける全ての麺類の大敵である。ところで灰原的にはペンネって麺類になるんだろうか。なんだか無性に気になった。


 あーだこーだと騒ぎながら飯をかっくらうこと小一時間。ドリンク片手に雑談しながら、俺たちは自然と情報交換タイムに移っていた。


「ふうん、なるほどね……」


 結論から言ってしまうと、新しい情報は無かった。

 雑巾を被ると月が紅い異空間に侵入できること。逆に雑巾を外せば通常空間に復帰すること。異空間では周囲から一切の人気がなくなること。異空間内部で物を壊したり移動させたりしても、通常空間にはなんの影響もないこと。大体はスピから聞いたとおりだが、裏付けを取れたことに意味はある。


「いやあマジビビったよな……。誰も居ないし、月めっちゃ紅いしさぁ。虫の声すら聞こえない静けさってのは初めてだったわ」

「静かすぎるから水音が妙に安心するんだよな。俺ずっと川の側から離れなかったもん」

「あの世界探索するならミュージックプレイヤー必須だわ。いやマジで。そうじゃないとSAN値が持たん」

「でもさ、あんだけ人いないと逆に楽しくね? こう言っちゃなんだが、悪いことし放題だぜ」

「悪いことってなんだよ」「……無銭飲食?」「俺あっちで物食ったけど、普通に腹減ってたから多分持ち越せないぞ」


 悪い事のイメージが貧困である。そんな彼らに乗じて、俺は言葉を漏らす。


「普段なら絶対に入れない場所に入る、とかな」

「それってどこだ?」

「自衛隊基地」


 そう大きい声で言ったつもりはなかったが、不思議と通る言葉だった。とたん、彼らの瞳が爛々と輝く。スイッチの入った顔をしていた。


「郊外にあるあの基地か……。ナツメ、お前本当ロクでもないこと考えるよな」

「ここまでロクでもないやつが果たしてこの世に居たか?」

「お前の前にはアドルフおじさんも泣いて謝るわ」

「言い過ぎだ馬鹿野郎」


 マジで言い過ぎである。触れるには微妙な人を持ち出すのはやめろ。

 そんなわけで彼らの議題は、いかにして無人の自衛隊基地に侵入するかに移った。あーだこーだと話し合うのは彼らに任せることにした。頼むぜ、それできるかどうかは作戦に関わる重要事項だ。

 なんとなくだけど、必要な情報は出揃ってきたんじゃないかと思う。後はこれらの情報をどう活かすか。どうまとめ上げて、満月の夜に叩きつけるかだ。


「それにしても俺たち以外誰も居ない無人の領域か……。異空間ってのも素っ気ないな。なあ、なんか良い愛称はないか?」

「群馬県」

「島根県」

「徳島県」

「お前ら一度然るべきところから怒られろ」


 喧々諤々の協議(所要時間二分)の末、わくわくワンダーランドと呼ぶことになった。わくわくするし、ワンダーだし、悪くない。ちなみに灰原の提案だ。


「略してわくランか。よし、それでいこう」

「一番ワンダーなのはあなたたちの頭ですよ」

「夢いっぱい詰めこんだからな」

「頭が空っぽだったんですね」


 今日のシロハさんは切れ味が鋭い。血が流れそうだ。

 シロハ。スピ。リントヴルム。灰色の男たち。宇宙に浮かぶ巨大なゲート。そして、わくわくワンダーランドの特性。それらの情報を一つ一つ見分しながら、作戦を組み立てる。

 作戦の骨子となるのは、やはりシロハだろう。彼女が宇宙まで飛んで、ゲートを破壊すること。それが俺たちの勝利条件だ。そこは絶対に外せない。


「なあ、シロハ。一応聞いておきたいんだけどさ、リントヴルムを倒してから宇宙まで飛ぶってのはできるか?」

「場合によりますね。いつものように簡単に倒せるのでしたら可能です。ですが、彼が本気になったのであれば、難しいでしょう」

「詳しく聞かせてくれ。頼む」

「……悔しいですが、リントヴルムは強敵です。一対一で戦うとなったら勝てる保証はありませんし、勝てたとしても消耗は避けられないでしょう。そこから宇宙まで飛ぶには魔力が足りません」

「そうか……」


 おそらくあいつは本気になるだろう。いつものようなおふざけは通じないと考えたほうがいい。俺たちは本気のあいつを敵に回して、満月の夜を生き延びなければならない。


「今日、あいつから宣戦布告を受け取った。満月の夜に決着をつけようって言ってたぜ」

「リントヴルムに? お怪我はありませんか?」

「いや、少し話しただけだ。交戦はしていない」


 となると、作戦の方向性は大体固まってくる。後はそれをどうやって実現するかだ。


(……いや。もう一つ、問題はあるかな)


 イタリアンプリンをつつくシロハを横目で見る。多分この子、この作戦めっちゃ反対するだろうな、と思いながら。

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i316778.
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