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「組織の狗が馬の真似事とはな」

 俺は気づかないフリをして話題を変える。こいつに聞きたかったのは、これだけじゃない。


「なんつーかさ、色々複雑だよな、この空間。まず魔力を含む月光が降り注いでるんだろ? それを動力源として大境界ハイパー・ブルーが展開されている。で、その大境界を襲撃者が中和する。最後にスピが人払いの結界を張って、この空間が出来上がるってわけだ」

『そうそう、よく覚えてるね』

「でさ。月光がいつ紅くなるかって言うと、襲撃者が侵入のために大境界を中和するタイミングなんだよな」


 見上げた空には、相変わらず血のように紅い月がぽっかりと浮かんでいた。

 上手く説明できないが、あの月の光を見ると胸がざわつく。こんなことを言うのは柄じゃないが、紅い月を見るたびに妙に嫌な予感がしていた。


「なあスピ。ひょっとして前提が間違ってたんじゃないかって思うんだよ。元々月は紅かったって考えると、多くの辻褄が合うんだ」

『というと?』

「大境界ってのは外敵を阻むだけじゃない。紅い月光を吸収することで、俺たちがよく目にする白い光に緩和してるんだ。違うか?」

『…………』


 スピは沈黙した。否定も肯定もしなかった。ただ黙って、そこにある何かを隠そうとした。


「大境界が紅い月光を吸収しているとすると、一つの疑問が浮かび上がる。月光を吸収しないといけない理由だよ。月光ってのは魔力を含んだ光なんだろ? 魔力ってのは魔法少女にとってプラスに働くものじゃないのか? 昔の魔法少女たちは、どうしてこんな馬鹿デカい結界張ってまで月光を遮ったんだ?」

『それは違うよ。月光を吸収するのは結界の動力源とするために過ぎない』

「それが逆だって言ってんだよ。月光を吸収するのが大境界本来の目的で、副産物として結界を展開している。そんなふうにも考えられるだろ?」

『君のそれはただの推論だ。証拠なんて何一つない、ただの妄想に過ぎない』

「ああ、勿論だとも。確証は今の所俺の手には無い。でもよ、同時に反証も無いんだ」


 強いて言うならば、ただの勘だ。

 紅い月光を見ていると、奇妙なほど心が落ち着かなくなる。月光に魔力が籠められているとスピは言っていたが、俺にはあれが良いものだとはとても思えなかった。


「この問題に白黒つけられんのは、月光の正体だよ。月光とは莫大な魔力を含む光だと言ってたな。スピ、もう一度聞くぜ。魔力ってなんなんだ」

『それは……。僕にはわからない』

「いいや、お前は知っているはずだ。知っているからこそ月光について何かを隠した。違うか?」


 スピは小さく息を呑む。無機質な瞳を地に向けて、俺の腕からぴょいんと飛び降りた。


『君は本当に怖い人間だ。よくもまあ、それだけの情報からここまで的確に問いを突きつけられる』

「そりゃどーも」

『ナツメ、君に敬意を表するよ。それから約束してほしい。この話、ホワイトには絶対に聞かせるな』


 なるほどね。スピが隠しごとをしていた相手は、俺じゃなくてシロハだったってわけだ。魔法少女にも隠し通した魔力の秘密か。良いね、大当たりだ。

 俺はスピに首肯を返す。スピはそれを受け取った。その時だった。風を切る翼の音が、空から聞こえたのは。


「よう。今宵も反吐が出るほどいい月だな」


 空を見上げる。

 昨日のように、一昨日のように、一昨々日のように。リントヴルムが、そこに居た。


「お前……。なんでここにいる……!?」

「なんでって、来ちゃわりーかよ。魔法少女狩りに来たんだっつの。あのメスガキはどこに隠れてんだ?」


 どこも何も、そもそもシロハはここには居ない。どうしてここに来た。お前が行くべき場所はここじゃないだろ。


「あ? お前どうしてそんなに驚いてんだ? なんか変なもんでも食ったか?」

「あ、ああ……。なんつーか、カルボナーラだと思ってたら蕎麦だったみたいな……」

「なんだそりゃ。まあいい、お前に用はねえんだよ。それより魔法少女――」


 リントは周りをぐるっと見回す。それから、俺の側に転がるスピを認めて、地面に降り立った。


「テメエは……ッ!」


 戦うもの特有の、神速の歩法。一足で距離を詰めたリントから放たれた衝圧に、俺は一歩後ずさる。

 体勢を崩す俺に、奴は目もくれなかった。地面から見上げるスピを、烈火の如き苛烈な視線で見下ろしていた。


「おい……! なんでお前がここに居る……ッ!」

『……。君に答える必要もないし、君に言われる筋合いも無い。逆に問おうか。どうして君はここに居る』

「魔法少女を狩りに来たんだよ! 当たり前だろうがッ!」

『それは誰の承認を得てのことだ。いい加減にしてもらおうか。我々は貴様らからの度重なる侵略行為に多大な迷惑を被っている』

「いい加減にするのはお前らだろうがッ! お前らに道理はねえのかよッ!」

『道理とはなんだ。貴様らに都合のいい猿知恵を、当然の権利のように振りかざすことか。図に乗るなよ、獣。この一件、当方は告発するに足る証拠を十二分に揃えている』


 リントヴルムはキレていたが、それ以上にスピもキレていた。こんなスピを見るのは初めてだ。俺にわかることと言えば、この二人には浅からぬ因縁があることだけだった。


「告発だろうがなんだろうがやってみろよ! こっちはそれくらい覚悟の上で来てるんだよ!」

『だから貴様は獣なんだ。お前の言う道理とやらで戦争が始まるんだぞ』

「ああ上等だ! テメエらの弱兵を残さず噛み砕いてやるよ!」


 なんだかすっごい話になってきた。なんだなんだ、戦争ってなんだよ。お前らマジで何者なんだよ。俺一応当事者なのに、蚊帳の外感が半端ないんだけど。


「…………」

『…………』


 しばらくのにらみ合いの後、二人揃って目をそらした。戦争はやらないらしい。なんだよなんだよ、大げさだな。


「組織の狗が馬の真似事とはな。犬馬の労を尽くしますってか?」

『今日のトカゲはよく吠える。月の光が浴びたりないんじゃないのか?』

「お前ら仲いいなー。付き合ってんのか?」

『は?』

「ふざけんじゃねえぞ」


 肩をすくめる。シロハちゃん直伝のジョークは不発に終わった。ギスギス度合いがすげーわ。ここまでカチキレてる奴らもそうそう見ない。


「チッ……。気が乗らねえ。帰るわ」

「お、おう。そうか」

「どっちみち今日は戦いに来たんじゃねえしな」


 翼を広げてリントヴルムは飛翔する。紅月の空に舞い、苛立たしげに強く羽ばたいた。


「おいお前、あのメスガキに伝えろ。次の満月の夜、お前の命を貰いに行くとな」

「いつも通りじゃん」

「いいや。その日はガチで行く。お遊びも無しだ。決着をつけようぜ、キュアゆうた」


 俺は真顔になった。あー、うん。そうだね。キュアゆうただよね。だって俺、まだこいつにちゃんと自己紹介してないもんね。でもなんかリントくんいい感じのこと言ってるし、突っ込むのも忍びないよね。


「宣戦布告か。上等だ、リントヴルム。貴様の邪悪な陰謀、このキュアゆうたが完膚なきまでに打ち砕いてやろう」

「キャハハ! 吠える犬は嫌いじゃねえんだ。やれるもんならやってみろよ、キュアゆうたァ!」


 リントくんは哄笑を響かせながら空へと帰っていった。やっぱりちゃんと名前教えてあげるべきかなぁ。でもなんか、こういうところがリントくんの良いところでもあるんだよね。俺はいつまでもそんな彼で居て欲しい。人を疑うなんてこと、覚えなくたって良いんだよ。


『決戦は満月か。その日は忙しくなりそうだね。キュアゆうた、パーティの準備は進めてるのかい?』

「スピも言うのかよそれ」

『自分で言ったことは自分で責任を取ろう』

「正論よくない」


 スピは俺の肩に飛び乗って、大きく伸びをする。気がつけば月は白く輝いて、街の方から人のざわめきを感じた。結界は解除され、今日も平常な夜が戻ってきたらしい。


『寝るよ。ちょっと頑張って魔法展開したから、しばらく起こさないで……』

「あー、お疲れ。無茶させてすまん」

『二人っきりで話がしたかったのはわかるけどさ……。次からは別のタイミングにしてよね……』


 それは正直すまんかった。でも、スピのおかげで色々と調べ物はできたはずだ。

 スピを肩に乗せたままRINEでメッセージを送る。「作戦終了」。ざーっと流し見たチャットログには、灰色の男たちが検証した雑多な情報が興奮混じりに書き込まれていた。

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i316778.
レジェンドノベルス・エクステンド様より書籍化します!
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