「あなたが言うなら信じますよ」
灰色招集。
それは誰かの呼びかけにより発動する緊急招集要請だ。一度発動すれば、暇な奴らはとりあえず顔を出す。というか、カッコつけて灰色招集と呼んでいるだけで、その実ただの「ちょっと大変だから手伝ってよ」だった。最初にこれをやった奴が、妙にテンションが高かったのが全てだ。
もちろん強制力なんてものは存在しない。忙しければ来なくたって、誰も責めはしない。
そのはずだったが。
「おいおい。お前ら、随分と暇してんなー」
雨城大学東館二階、E-204号室。灰色の男たちがたまり場にしている空き教室に、総勢18人の最精鋭は欠けること無く集まっていた。
「そうだよ暇してんだよ。ナツメ、お前最近全く集会開かねえじゃん」
挨拶代わりの煽りに答えたのは二階堂和樹。灰色の男たちに二人いる理工学部の内の一人だ。
「あー、それは悪かった。俺の方も忙しかったんだよ」
「頼むぜマジで。俺らこれやるために学校来てんだから」
そうだぞー、と野次が上がる。あーもー、悪かったって。
灰色の男たちはどいつもこいつも暇を持て余している。というか、何かに忙しいやつはそもそも灰色ではない。夢も目標も意義もなく、漫然と日々を大学とバイトとソシャゲに費やすのが灰色というものなのだ。
「それで、久々に顔だしたと思ったら灰色招集とは、随分と元気が良いじゃねえか。なんなんだ?」
「お前らの力を借りたいんだ。暇なやつだけでいい。話を聞いてくれ」
連中はそろって肩をすくめた。野暮なこと言うなってか。ああ、そうだよな。お前らどいつもこいつも暇だったな。
彼らの顔を見回し、俺は小さく笑う。さて、やるか。
「諸君、聞いて欲しい。目は閉じなくていい。どうせ言っても閉じないからな。……おい、なんで目を閉じるんだ。閉じるなって言ってんだろ。お前らあれか、反抗期か。俺の言うこと聞きたくない一心だけで生きてるのか。わかったわかった、好きにやれ。お前らは自由だ」
相変わらず協力しようという気概の一切ない連中だった。ったく、心強いことこの上ねえわ。
「灰色にくすぶる男たちよ。深海魚の日々を愉快に邁進し、ハッピーデイなハッピーライフを踊り狂う学府最下層の敗北者たちよ。死骸漁りの日々は楽しいか? 楽しいだろうよ。よく知ってるぜ、そこは存外居心地がいい。何も持っていないからこそ、俺たちに失うものは無い。つまりは無敵ってことだ」
ブーイングと歓声の両方が上がる。矜持も根性も持ち合わせていないが、こいつらは痛みを知らない。よく言えば可能性の塊、悪く言えばただのアホである。
「お前らの胸に宿った炎は何色だ。決して燃え盛るレッドでは無かろうよ。眩いイエローや、秘めやかなブルーでも無いだろう。灰色の炎。お前らが捨ててきた仄暗い情念、諦めた衝動、折れた信念。それらを束ねて、いま一つの焔と変えよう。全ての灰色を焼き尽くす覚悟はあるか!」
俺の語調が強くなるに連れ、奴らのボルテージがやおら上がっている。18人分の真剣な瞳が俺を見据えた。いや、正確には17人だ。部屋の奥の方に座る灰原だけは「何いってんだこいつ」的な目で俺を見ていた。ぶっちゃけ俺も自分で何言ってんのかよくわからん。灰色の炎ってなんだよ。知らんわそんなもん。
「俺は世界の灰色と戦うことを決意した。上を見てくれ。広がる青空の奥に渦巻く、巨大な灰色が見えるだろう。すまん、ここ室内だったわ。上見たって天井しか見えんわ。でも見ろ。気合いで見ろ。お前らならできるはずだ。とにかく俺は、この世界を蝕む灰色を焼き尽くすことにした。しかし一人では無理だ。協力がいる。お前らの力を借りたい。だから――ッ!」
叩きつけるように叫ぶ。よくわからない勢いが俺を味方していた。多分冷静に考えたら「何のこと言ってんだろう」みたいな感想も漏れるだろう。だが、俺たちは誰ひとりとして冷静ではなかった。18の瞳が熱く燃え上がる。部屋の奥の灰原が、俺だけに見えるように親指を立てた。
「諸君。――共に、プニキュアになってくれ」
その一瞬。教室からは物音一つ消え失せた。
しばらくの間沈黙が続く。彼らは露骨に戸惑っていた。どう反応していいのか分からない、素の表情が出ていた。
「おい、なぜ黙る。なんだそのリアクションは。ここ多分、結構いい感じのやつだぞ。なんかこう、うおーってしたやつはどうした」
「ナツメー。お前の頼み方が悪いわ。それだとジョークにしか聞こえないわ。元々ジョークっぽかったけどよ」
灰原が苦笑を漏らす。結構真面目に話したつもりなんだけど。嘘なんて一つも言ってないし。
「え、だって、みんながプニキュアになれば世界救えるんだぜ? やるっきゃなくね?」
「お前の頭の中ではそうかもしれんけど、ちゃんと説明してくれ。それだけじゃなんも分からんわ」
「なんつーか、あれだよ。世界やべえけど、俺らが頑張ればハッピーになれる。だから手伝って?」
「お前そういうとこやぞ。勢いだけで押し通すのもいいが、時と場合を選べ」
えー。説明面倒くさいんだけどー。しゃーねーな、ちゃんと説明するかー。
どっから話したもんかな、と頭をかいていると、二階堂が困ったように口を挟んだ。
「おい、ナツメ、灰原……。俺たちはこのふざけた茶番に何度も付き合って来たけどよ、今回のこれはどこまで本気だ? いつもの馬鹿話かと思えば、お前ら顔が本気じゃねえか。見くびるなよ、それくらい分かるわ」
「全部だ。ナツメは最初から最後まで本気だぜ。今回のこれは、いつもの茶番じゃないと思って聞いてくれ」
「……はぁ。なおさらワケわかんねえわ。おいナツメ、全部説明しろ。お前が本気だって言うなら、俺はお前に付き合ってやる。どうせ暇だしな。お前らもそうだろー?」
うおー、とほどほどの気勢が上がる。俺は少々納得いかなかった。だって俺、いつも本気だったし。あの時だって俺は本気でプニキュアになりたかったよ。なりたくない? プニキュア。なるかならないかで言えばなるじゃんね。
腑に落ちないところはあるが、とにかく賛同は得られた。まあいいや。説明するか。
「じゃあ全部話すけど、結構長い話だぞ?」
「いいけど真面目に話せよ。灰色招集まで使っておいて、いつもの茶番をやろうってなら帰るからな」
二階堂に続いて、灰色の男たちはそれぞれの反応をくれた。どいつもこいつもそれなりに用事はあるだろうに、時間を割いて来てくれている。ただ灰色招集を使っただけだと言うのに、なんだかんだで律儀なやつらだ。
「シロハ、入ってきてくれ」
「……はい。失礼します」
シロハが部屋に入ってくる。灰色の男たち総員の視線を一身に浴びて、居心地悪そうに身をすくませた。
今日の彼女はパールホワイトのフレアワンピースに、桜色のカーディガンを羽織っている。初めてあった日にも見たカーディガンだ。お気に入りなのだろう。シックなパンプスで靴音を響かせながら、彼女は俺の隣に立った。そこで一つ、深呼吸。
シロハも緊張していたが、灰色の男たちの反応は激烈だった。女の子。それは、灰色の男たちにとって最も縁遠い生物である。天敵にも等しい存在が現れ、奴らは激しくうろたえた。
「何……っ!? ここで女の子だと……!?」
「馬鹿な……! 嘘だろ!? そんなことあり得ない!」
「見損なったぞナツメッ! テメエ、どんな汚い手を使いやがった!」
「女の子……! まさか、実在していたのか……!」
「いや実在はするだろ」「マジで!?」「マジだよ現実に戻ってこい」「マジかよ……」
なんというか、予想通りの反応だ。シロハは大変に困っていた。「どうすればいいですか?」と瞳で訴えるので、「近づくと噛み付くから気をつけて」と答える。彼女は身構えた。
「あーあー、落ち着け。大丈夫だ、安心しろ。お前らの目は確かだ。集団で幻覚を見ているわけではない、ここには確かに女の子がいる。だからあんまり過剰に反応するな。彼女が怯えている」
「怯えてはないです。困っているだけです」
「だ、そうだ。あんまり困らせるな。ほどほどにしとけ」
そうは言ったが、彼らは元気よく騒ぎ続ける。連中が寸劇を繰り広げる間、シロハはずっと引きつった笑いをしていた。放っておくと暴動でも起こりそうな勢いだ。趣味人としてそれはそれで興味があったが、そうも言っていられないので鎮静することにした。
「静かにしろー。落ち着け、言うことを聞け。いつまでも騒いでんじゃねえ。おいだから騒ぐなっつってんだろ。なんで勢い増してんだよ。変なところでやる気出してんじゃねえよ。お前ら本当に俺の言うこと聞かないよな。もういいよ、それでいいよ。俺もそんなお前らが大好きだよ」
「あの……。話したいことがあるので、少しだけ聞いてもらえますか?」
奴らは水を打ったように静まり返った。
物音一つ立てず、誰もが真剣にシロハの言葉に耳を傾ける。あまりにも露骨な反応だった。シロハが「ナツメさんが増えたみたい……」と小声で呟くと、それを聞きつけた灰原が部屋の片隅で爆笑した。うるせーやい。
「シロハ、自己紹介頼む」
「あ、はい。私はシロハ・ホワイトと申します。こんな容姿でこんな名前ですが、れっきとした日本人です。ナツメさんとはちょっとした縁がありまして……」
俺はシロハの肩を叩く。話すべきことはそういうことではない。振り向いた彼女は、不安そうな顔をしていた。
「ナツメさん……。本当にいいんですか?」
「大丈夫だ。こいつらは馬鹿だが、頼りにはなる」
「そうではなくて。この人たちまで巻き込んでしまって、本当に良いのでしょうか」
シロハが迷う気持ちは分かる。戦いの世界に彼らを巻き込むのが怖いのだ。
最近はいい加減になってきているが、なんだかんだ言っても戦場だ。俺たちのような平和ボケした一般人が立つ場所じゃない。
「大丈夫だよ。俺ら強いから」
「ただの一般人じゃないですか」
「ただの一般人じゃねえよ。たとえばあいつは将棋でアマチュア二段だ。そっちのそいつは表計算ソフトのマクロが使える。こいつはポカモンカードが滅茶苦茶強い。あいつはすげーぞ、Z JAPANを原キーで歌えるんだ」
「ただの一般人じゃないですか」
うん、まあ。ただの一般人だけどさ。
でもいいじゃないか。何ができるかなんて問題じゃないんだ。大切なのは、何がしたいかってことだけだろ。
「それでも俺たちは灰色の男たちだ。燃え尽きた情熱とくすぶった衝動を持て余す暇な奴らだ」
「ここまで何一つ安心できる要素がない……」
「安心しろって。世界を救うには十分すぎる戦力だから」
シロハは困ったように微笑んだ。それから首を振って、深呼吸を一つ。
そして彼女は、彼らの目の前で魔法少女に変身した。
「わかりました。あなたが言うなら信じますよ」
光り輝く純白のドレスに身を包み、銀糸のショートに燐光をまとう。手に握りしめるのは優美な長剣。剥き出しの刀身を持て余したのか、シロハは続けて鞘を召喚した。
カションと鞘に剣を収める彼女を、灰色の男たちは呆然と見ていた。本物の魔法少女の変身を前に、無言で驚愕を示していた。
意に介さず、シロハは続ける。
「失礼しました、自己紹介の続きです。またの名を、魔法少女ホワイトブランド。普段は世界を守っています」