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「薔薇色のキャンパスライフに乗りそびれた、腐れ大学生どもさ」

 シロハ・ホワイトは魔法少女である。


 これまで彼女が過ごした魔法少女の日々とは、戦いの日々に等しかった。外世界からの侵略者と刃を交え、それが終われば永劫の時を無為に消費する。二年前まではまだ仲間たちも居たが、最近はやがて来る終わりを無感情に待つだけの日々が続いていた。


 シロハという少女は極めて器用であった。日々募っていく絶望から目をそらし、自分の感情を誤魔化して、状況に適応することに長けていた。自らの心すら道具と変え、魔法少女という役割に徹することができた。だからこそ最後まで生き残ることができたのだと、自身を冷静に分析すらしていた。


 そんな彼女を持ってしても。ここ数日の状況には、困惑を隠しきれなかった。


「あの……ナツメさん……」

「どうした?」

「なんで私は深夜の二時にモリオカートをやっているのでしょうか」

「道があれば走るのは当たり前だろ」


 草木も眠る丑三つ時。シロハはナツメの自宅で、ゲーム機のコントローラを握っていた。

 打ち上げが終わった後、シロハはそのまま帰ろうとした。彼女に帰る場所なんて無いが、ひとまず最近寝床にしている廃ビルで夜を明かすつもりだったのだ。


 それがどういうことか、つい昨日知り合った(というか巻き込んだというか、巻き込まれたというか)ばかりの男の部屋に連れ込まれている。そして当然のようにコントローラを渡され、当然のようにレースゲームをしていた。


「もう、何が何だかわからない……」

『ホワイト、画面見なくていいの? 抜かれちゃうよ』

「それは大丈夫」


 なお、順位はぶっちぎりの一位であった。

 対戦相手のナツメをはるか後方に置き去りにし、並み居るCPUもなぎ倒して、絶対王者の座に君臨していた。ちなみにシロハがこのゲームをプレイしたのはこれが初めてである。ナツメから少し操作方法のレクチャーを受けた後は、既にこの順位を不動のものにしていた。


 後方から放たれる数多の妨害をすり抜けながら、シロハはゴールへと滑り込む。それから遅れることしばらく。ナツメは六位でゴールした。


「くっそ、勝てねえ……! シロハ、もう一回だ!」

「はいはい。何度でもお相手しますよ」


 そんなこんなで対戦は夜更けまで延々と続いていた。なお灰原もナツメ宅に上がりこんでいたが、彼は日付が変わる頃には睡魔に負けてダウンした。今はシロハの後方で、持参した寝袋に入り込んで健やかな寝息を立てている。


「ナツメさーん」

「なんだ」

「ナツメさんは寝なくていいのですか?」

「勝つまで寝ない」


 子どもか。とは言わなかった。

 睡眠を必要としないシロハと違って、ナツメは普通の人間だ。さぞかし眠いであろうに、彼は目をギラつかせてレースゲームにかじりつく。執念というか、負けん気というか。とかくこのナツメという男は、シロハには理解できない行動を頻繁に取る。


 それがただの小学生マインドに由来するものだということを、シロハが知るのはずっと先のことになる。


(もう、わざと負けたほうがナツメさんのためなんじゃないかなぁ……)


 日付は回って木曜日、平日だ。ナツメには今日も大学の講義がある。本来ならば早く寝て、今日の講義に備えるべきだろう。シロハは勝利を積み重ねながら、ナツメの明日を心配すらしていた。

 だがしかし。模範的な大学生たるナツメには、そんな道理は通じない。


「シロハ。まさか、手を抜こうなどと考えてないだろうな」

「……そんなことないですよ?」

「本気で来い。そうでなければ、勝負の意味がない」


 あっさりバレていた。ナツメという男は、時折シロハの考えを見透かしたような言葉を放つ。シロハはそのことになぜだか面映ゆさを感じていた。


 そんなわけでレースは何度でも繰り返される。その間シロハは一位を守り続けた。ナツメは時折二位までつけるが、シロハの後塵を拝するのがやっとだ。時刻はすでに三時を過ぎていた。


「あの、ナツメさん。そろそろ……」

「……」

「ナツメさん?」


 ナツメは無言で次のレースを選択する。この男、既に無意識である。勝つまで寝ないという執念のみが彼を突き動かしていた。

 そんなナツメを見て、シロハは呆れたように笑う。それから、コントローラをそっと置いた。


「てい」


 ちょんとつつくと、ナツメは仰向けに倒れた。抵抗するように手で宙をかき回すが、シロハはナツメのコントローラをあっさりと取り上げる。


「寝るのです」

「まだだ……まだ勝負は……終わっていない……」

「無理しないでくださいよ。眠いなら、寝ましょう? またお相手しますから」

「うぐあー……」


 悲鳴ともうめき声とも取れない声を上げ、ナツメは力尽きた。よほど無理をしていたのだろう。シロハがあやすように頭を撫でると、彼は沈むように眠りへと落ちていった。


「まったく、もう」


 シロハはナツメを抱えてベッドへと放り込む。見かけは少女であろうとも、シロハはれっきとした魔法少女だ。成人男性を抱えるなどたやすいものである。軽々とベッドに投げ込んで、優しく毛布をかける余裕すらあった。


 そのままテレビを消して照明を落とす。暗く静かな部屋には灰原とナツメの寝息だけが響いた。シロハは暗闇の空間で、壁を背に座り込む。立ち込める静寂の中、シロハはじっと息を潜めた。


 シロハが過ごす日常はいつもこうだった。静寂にはすっかり慣れ親しんでいる。何をすることもなく、ただ時間を空費することなど日常茶飯事であった。

 ――そのはずだ。何度も繰り返した、日常のワンシーンだ。だと言うのに。


(……なんでだろ。なんだか、すごく、寂しいや)


 シロハは部屋の隅で膝を抱え込む。慣れ親しんでいたはずの静寂が、なぜだかシロハの胸に刺さった。


『ホワイト』

「……なに」

『寝よう』


 スピの言葉にシロハは眉をひそめる。魔法少女は休息を必要としない。今の彼女にとっては、それはただ時間を無駄にするだけの行為だ。


『眠いんだろう、ホワイト。寝たい時は、寝ても良いんだ』

「眠くなんかない」

『大丈夫。僕が見張ってるから。何かあったら起こすから、ね?』

「だから眠くなんか……」


 眠ることに意味なんかない。シロハにはそもそも三大欲求は無いのだ。もちろん、食べることにも意味はない。でも。

 そんな理屈で誤魔化すには惜しいほど。今日という日は、楽しかったのだ。


「寝るのって、楽しいのかな」

『世の中に寝るほど楽はなかりけり、っていうしね』

「どうせ私は、起きて働く浮世の馬鹿ですよ」


 拗ねたようにシロハは顔を落とす。それから、ゆっくりと目を閉じた。

 睡眠を取るのはいつ以来だっただろうか。最後に眠った日はもう覚えていないが、それなら今日という日を覚えておこう。これから先、何があってもいいように。


 自分でも意識しないうちに、シロハは少しずつこれからのことを考えるようになっていた。迫りくる終わりについて考えることをやめていた。そんな彼女の微細な変化に気づいたのは、彼女をずっと側で見守っていたスピだ。


『……君たちは、本当に不思議だね』


 眠りについたシロハを起こさぬように、スピは誰にも届かない声で小さくつぶやく。

 言うまでもなく、シロハを変えたのはこの二人のアホである。間違いなく恩人ではあったが、それでも彼らはアホである。それに何よりタチが悪いのは、彼らは極めて理性的なアホなのである。


 彼らは適当に振る舞っているように見えて、実に繊細にシロハのことを気遣っている。スピにはそれが良く分かっていた。むしろこの適当さと繊細さをよく両立できるな、と感心すらしていた。


『なんで君たちは、なんて聞くことも野暮なんだろうね。君たちはただ、自分がそうしたいからそうしてるだけ。結果として誰が救われたって見返り一つ求めやしないんだろう』


 短い付き合いではあるが、スピは彼らのことをよく分かっていた。共感はできないが理解はできる。いや、理解できているかも大分怪しい。それでも彼らが目指すものは、スピの目的とそう離れていないことだけは確かだ。それだけでもスピにとっては十分である。


『感謝くらいさせてくれよ。それと、もっと誇ってくれ。君たちは彼女を救って、この世界を守ったんだから』

「そいつはまだ早いんじゃねーの?」


 あくび混じりの返事があった。眠そうに目をこすって、寝袋から這い出てきたのは灰原だ。


 灰原はスピを抱き上げた。薄暗い部屋の中、ブラウンの瞳がスピを見据える。野良猫のように粗野な瞳だ。いつも以上に何を考えているのか分からない表情に、スピは少し戸惑った。


「まだまだっしょ。俺たちはようやくスタートラインに立ったばかりだ。勝負はこっからだよ」

『勝負って。君たちは何をする気なんだ』

「さあね、それはナツメに聞いてくれ。ぶっちゃけ俺、あいつにノッてるだけだから。何も考えてねーのよ」

『嘘つけ』


 きゃはは、と灰原は笑う。それからスピを抱えて廊下に出た。この男、どうやら手洗いのために起きたらしい。


『おい、なんで僕を連れて行く』

「連れションしようぜ、ダチ公」

『ニオイが布地に移るんだよ! 勘弁してくれ!』

「つれねーなぁ。わかったよ、後でファブレイズしてやるから」

『そういう問題じゃない!』


 スピは全身をくねらせて灰原の手から逃れる。全力の抵抗であった。灰原は肩をすくめて、一人で用を済ませた。

 タオルで手を拭きながら、いつになく真面目な顔で灰原は言う。


「スピ、覚悟しとけよ。ナツメは止まんねーぞ。あいつは目の前に灰色がある限り、絶対に手を緩めない」

『あの人は本当にやりそうだね』

「本当にやるんだよ、あいつは。理屈も道理も蹴っ飛ばしてな」


 信頼が宿る言葉だった。スピにはそれが眩しく見えたが、実のところ灰原はナツメのことをそこまでよく知らない。なにせナツメと灰原が初めて絡んだのは昨日のことだ。

 しかし、ナツメならやるだろうという確信はあった。それはナツメと同じアホの血を持つ灰原だからこその確信だ。アホの道を征く男は、半端なことは決してしないのだ。


 寝直そうと、灰原は部屋に戻る。そこで、部屋の片隅で膝を丸めて眠るシロハに気がついた。


「あれ、シロハちゃん寝てる?」

『あ、うん。起こさないであげて。久しぶりに寝たんだ』


 そうは言っても、灰原は彼女を無視できなかった。あんな風に寝ては体を痛めてしまう。それでは熟睡できないだろう。ちゃんとした布団で眠らせてあげたいが、あいにくこの部屋に布団は一つしかない。その布団は現在ナツメが使っている。そこまで考えたところで、灰原は安易に結論を出した。


「よし」


 灰原は起こさないようにシロハを抱きかかえ、そのままナツメの布団に放り込んだ。

 同じ布団で二人はくうくうと寝息を立てる。風邪を引かないよう毛布をかけると、灰原は満足そうに頷いた。


「うむ」

『うむじゃない。女の子を野郎の布団に放り込むな』

「大丈夫だって。あいつ、シロハちゃんが嫌がることは絶対にしないから」

『そういう問題じゃなくて』


 スピの抗議も聞き流して、灰原は自分の寝袋に潜り込む。こうなるとスピにはもうどうにもできない。シロハを起こすわけにもいかないので、せめてもとナツメとシロハの間に入り込んだ。


「なあ、スピ」


 寝直す体勢に入った灰原が、寝る前にとスピに声をかけた。


「魔法少女だとか、世界だとか、侵略者だとか。まだ現実味なくってよくわかんねーけどよ。それがあの子の灰色だって言うならな。その灰色、俺たちが焼き尽くすぜ」

『……君たちは、一体何者なんだよ』

「あ? そういえばまだ言ってなかったっけか」


 大きなあくびを一つ。なんでもないように、灰原は言う。


「灰色の男たち。薔薇色のキャンパスライフに乗りそびれた、腐れ大学生どもさ」

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