鏡の妖精かがみん★彡
まりあは抜き足差し足忍び足でこっそりとリビングに侵入し、キッチンへ向かう。
小皿とミルクを手に入れ、速やかに退散しようとする。
「あ、まりあ」
しかし杏奈に見つかってしまった。
「ちょうど良かったわ。私と灯夜くん、お昼食べに行こうと思うんだけど、一緒行かない? 私から離れないって約束できるのなら……って、どうかしたの?」
「うえっ、何にもないよ?」
「嘘。ミルクなんて持って。子犬でも拾ってきたんじゃないでしょうね?」
「い、犬じゃないよ……」
「じゃあ猫?」
「いや、えっと……」
まりあはしどろもどろになりながら、必死で言い訳の言葉を捻り出す。
「いやいや、お姉ちゃん。そもそも、私謹慎中の身だし。外出られないし。拾って来られないよ? これは私が飲むんだよ」
「……それじゃあ、その格好は何?」
「えっ、ええっと。暑くって?」
ミルクを小皿で飲むと主張する裸オーバーオール姿の妹は、だいぶ奇怪に映ったらしい。
杏奈は、疑わしげに眉根を寄せる。
「……まりあ、何か様子が変よ? さっきも部屋で騒いでいたみたいだし」
「そ、そんなことないよ」
「何故目を逸らすの?」
「ええっと……」
これ以上の言い訳は思いつかない、もう強行突破だ。
「まりあ、あのね。もしかして何だけど、私と灯夜くんのこと……」
「二人でお昼行くんでしょ? ごゆっくり~っ」
「あ、ちょっと!」
杏奈の追及を無理やり振り切って、まりあは慌てて部屋に逃げ帰った。
扉越しに聞き耳を立てて警戒するが、どうやら追ってくる気配はない。
ひとまず放っておいてもらえるらしい。
外出を禁じている件について、杏奈は杏奈で思うところがあるのだろう。
「はい」
「やあ、ありがとう」
戦利品のミルクを小皿に注いで、差し出した。
人の言葉で礼を言う不思議な生き物は、早速ミルクに舌を垂らし、美味しそうに飲み始める。
「丁寧なもてなしを受けたのは久しぶり。たいていの娘は野兎みたいに逃げ出したり、狂ったように泣き叫んだり。そうそう、思い切り蹴り飛ばされたこともあったんだ。酷いだろう?」
「そうなの? 大変だね」
「その通り、大変だ。もっと慰めてもらってもいいくらいだと思うんだ」
九つに割れた尾をパタパタと振り、何かを期待する眼差し。
何故か自慢げに語られる苦労話に、まりあは「ふうん……」と率直な感想を返して、とりあえず小さな頭をひと撫で。
「話聞いてないね」
「そんなことはないけれど」
実際、まりあはそわそわと身体を揺らして、ちらちらと白い獣の様子を探っていた。
彼の機嫌を損ねないよう極力気を付けているが、胸中では「もっと早く飲み干して!」と急かしている。
そうでなければ、先ほどの話の続きができない。
まりあは何も、この人語を解する不思議生物を無償でもてなしているわけではない。
当然、相応の見返りがあると踏んでの行動だ。
「そうだ、あなた名前はあるの?」
「名前? そうだね……。かがみんとでも名乗っておこう」
「え、かがみん?」
「そうさ! 鏡の妖精かがみん★彡さ」
まりあは、怪訝と不満を顔に表した。