憧れの、お姉ちゃん
杏奈と灯夜は恋人として正式にお付き合いをしている。
その衝撃的な事実が明かされたのは、夏休みの初日。まりあがプールで溺れたその日だ。
もともと灯夜に会いに行くという杏奈の付き添いで、まりあは市民プールへ遊びに行った。
「二人ともほんと仲良いんだから。付き合っちゃえばいいのに」
アルバイトの休憩時間、仲睦まじく昼食を取る二人に嫉妬して口を突いて出た軽口が、そのまま事実となってしまった。
足のつかない深いプールへ飛び込むという愚行に走ったのも、二人と一緒にいるのが気まずかったせいもある。
別に、男女交際を始めたからといって、二人の態度が急に変わったわけではない。
おかしな距離感を抱いてしまったのは、まりあの方だ。
ただなんとなく、本当にぼんやりと、夢見ていた。
いつも優しく、素朴な人柄で、けれどいざという時は誰よりもかっこいい、大好きな幼馴染のお兄ちゃん。
彼と口づけを交わすのは、きっとまりあだけなのだと。
ありもしない幻想に酔い痴れていた過去の己を、全力でぶん殴りたい気分だ。
「ふぐうううう~~……っ」
声が漏れないように枕に顔を埋めながら、想いの限り嘆き喚く。
くぐもった自身の声が鼓膜を震わせ、虚しく、どこまでも空虚に、霧散していく。
杏奈のことが羨ましくて堪らない。
まりあの欲しいものすべて、彼女が持っている。
灯夜のこと然り。体形のこと然り。
「……」
酷く不貞腐れた面持ちのまま、まりあはファッション雑誌を広げ、ページをめくる。
杏奈が掲載されているページには、右上に小さく折り目を付けていた。
何度も見た。
その度に思う。
なんて綺麗なんだろう、と。
ほっそりとした手足、美しいくびれ、大きな胸もさることながら、こちらを見つめる輝かしい瞳に惹きこまれる。
たっぷりと杏奈の魅力の虜に陥り、やがて感嘆が入り混じった吐息を漏らす。
行き着く思考の果てはいつも同じだ。
「こんな風にはなれないな……」
まりあは、壁際の姿見を見やり、衣装ダンスから青地のオーバーオールを引っ張り出した。
上衣とスカートを脱ぎ捨て、下着のショーツ一枚になる。
オーバーオールに袖を通し、鏡の前に立った。
雑誌の中で杏奈も披露していた裸オーバーオールである。
初めて見た時はなんて恥ずかしい格好なのだろうと、我が姉ながら羞恥を弁えてもらいたいと、激しく身悶えたものだが……。
扇情的な姉の姿は、何をするにもずっと頭の片隅に残ったままで。
気づけば、同じタイプのオーバーオールを購入していた。
姿見の前で雑誌の姉を真似てポージング。
膝立ちになり、後ろ髪を掻き上げ、軽く顎を上げる。
背筋をくの字に反り返らせ、口元に妖艶な笑みを張り付ける。
鏡の全面に映し出されるは、胸もなければくびれもない、布地にすっぽりと収まる寸胴ボディ。
なんだこれは。ふざけているのか。
「く……っ」
目の前の現実に耐え切れず、まりあは膝を屈する。
胸の大きさが圧倒的に足りない。
杏奈とまりあの間には、比較するにも値しない、途方もない隔たりが存在していた。
六つ差という年齢の開きを考慮してなお届かない、遥かなる高み。
目指す頂はあまりに遠かった。
「死にたい……」
ついぞ漏らしてしまった禁止用語。
抗うことのできない真実を突き付けられ、呟くように零れ落ちたのは、どこまでも虚しい願望だった。
「私も、あんな風になれたらいいのに……」
それに応える声があった。
「なれるよ」