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決着

 

 

 まりあと鈴。二人の戦いは、白熱の一途を辿っていた。

 大砲のような巨拳が放たれ、宝杖が紅く煌めくたび、ぶつかり合う魔力は激しさを増していく。


 まりあの急激なパワーアップで二人の実力差は埋まり、戦いは拮抗している、かに見えた。


 実際のところ、まりあの猛攻に対して、鈴は手も足も出なかった。



「ぐうぅ……っ」



 硬度と密度を高めた障壁が、いとも容易く破壊され、鈴は憎々しげにまりあを睨みつける。


 多量の魔力供給で豹変した今のまりあは、破壊の化身だ。どれほどの数の障壁を展開させようと、熱せられた剛腕のひと振りですべて薙ぎ払われ、詠唱の時間は稼げず、反撃に転ずる隙もない。


 対しぐれ戦で効果的だった罠も、今のまりあの前では無意味だ。魔法の完成を待たずに破壊され、足止めにすらならない。


 少しでも気を緩めれば障壁を突き破って飛んでくる拳圧に晒され、足元は簡単に揺るがされる。

 

 態勢を崩したところへ壊すことに特化された筋肉が、怒涛の如く猛威を振るう。


 風のうねりが耳元をが掠める度、狂ったように冷や汗が噴き出した。


 まるで吹き荒れる嵐の渦だ。鈴は無力な木の葉のように、怒張した筋肉の塊に振り回された。



「ぐ……っ」



 冗談じゃない、と鈴は奥歯を砕かんばかりに歯噛みする。


 こんなことは未だかつてなかった。


 どれほど強力な魔女の攻撃であれ、鈴の障壁を容易く破壊することなどできなかった。

 どれほど不意を突かれようと、迫り来る敵に焦りや恐怖を感じたことなんてなかった。


 初めてだった。戦いの最中、恐怖に戦き、明確な敗北のイメージを眼前に突き付けられたのは。


 まりあが言った通り、繰り広げられるのは一方的な蹂躙劇(ワンサイドゲーム)

 相手にすべてのアドバンテージを奪われ、手も足も出せずに惨めったらしく転げ回って、圧倒的な暴力から必死に逃げ続ける。


 こんなはずじゃなかった。こんなことになるだなんて思いもしなかった。

 これまでずっと、勝負を挑んできた相手にこんな想いを強いてきたことを、鈴は今初めて知った。



「……ふざけ、るなっ!」



 裂帛の気合いを軸に身体を振り向かせ、鈴はまりあと正対した。

 小刻みに震える足を拳で叩き、強制的にその場へ縫い止める。


 鈴は強い。

 才能があり、経験が豊富で、数々の修羅場を潜り抜けてきた最強の魔法使いだ。こんなにも一方的に弱者に成り下がるわけにはいかなかった。


 やることは変わらない。


 障壁を張って、

 詠唱を唱え、

 全力の魔法を放つ。


 それだけでいい。


 集中する。


 捌け口を求めて暴れ回るストレスすべてを注ぎ込み、最硬度を誇る障壁を生成。まりあの進撃を阻止せんとする。



「清浄なる光―――」



 一縷の勝機に賭けて、唇に詠唱を乗せた。



「ヴヴ……オォ―――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!」



 一撃、だった。


 頼みの綱だった障壁は光の結晶と化して飛び散り、鈴は己の限界を嫌というほど思い知らされる。



 ……終わりだ。



 眼前を覆い尽くす憤怒の拳に、鈴は幼い少女のように目を瞑って身を竦ませた。



「……っ! ……?」



 予想していた衝撃は、しかし来なかった。

 拳圧によって発生した爆風が、黒衣のマントを千切れんばかりにはためかせ、前髪を散らす。それだけだ。


 恐る恐る瞼を開けば、目と鼻の先で拳が止められていた。


 ゆっくりと拳が引き戻され、向こう側からまりあが顔を覗かせる。

 

 怒れる形相とは裏腹に、感情を消したつぶらな双眸は、いっそ憐れむかのように、鈴のことを見下ろしていた。



「は……?」



 何が起きているのか理解できなかったのは、ほんの一瞬だけだった。 


 止めを刺されなかった。手加減された。

 何者よりも強いはずの鈴が、まりあに。一度負かしたはずの相手に。


 言い表せない感情に胸を穿たれ、鈴は生まれて初めて絶叫を張り上げた。



「あ……ああ―――――――――――――――――――――――――――――――――――っ!!!」



 許せない、弱いくせに。鬼気迫るものを瞳に宿し、鈴はまりあを睨みつける。


 一気に噴出したストレスが膨大な魔力へと変換され、響く叫喚に乗せて放出された。


 詠唱を唱えることは、なかった。


 鈴は魔術師ではない、魔法少女だ。魔法の行使に長ったらしい前口上を羅列する必要など、本来はない。魔力さえ枯渇していなければ、数秒で全力を引っ張り出せる。


 魔術師というスタイルに固執するあまり、いかなる時も己の力を制限して戦っていた。


 鈴は魔法少女でいたくなかった。その立場は、名前と同じく与えられたものだから。


 かがみんの真意など、とっくに悟っていた。両親と同じく、いずれ鈴の目の前からいなくなる。


 だから、魔法少女が気に入らなかった。ストレスの原因だった。視界に入る者すべてを潰したい衝動に駆られる。

 けれど、彼女たちはあまりに脆弱で、全力を出すとストレスを発散できないから、鈴は自らに枷を科した。


 孤独な少女の傲慢を、今まりあが力任せに打ち砕く。



「消えてなくなれ!」

「……っ!」



 至近距離から放たれる魔力砲は留まるところを知らず、まりあの巨体は光の奔流に飲み込まれる。

 あらゆるものを喰らい尽くす勢いで紅の光が煌めき、視界に映るすべてを消し飛ばした。


 赤茶けた大地に、一条の直線が穿たれる。



「はあっ、はあっ」



 一度に膨大な魔力を使い尽くし、鈴は肩で荒い息を繰り返す。


 力なく垂れていた頭をゆっくりと上げ、そして、



「……」



 一歩も退かずに泰然と立つまりあの姿を、呆然と見上げた。


 右手から滑り落ちた宝杖が、乾いた音を立てて地面に転がる。



「……ボクの敗け。とどめを刺して」



 失意とともに呟かれる降参。


 そこへ、必死の叫び声が飛び込んでくる。



「ダメッ!」



 これから起こり得る惨劇を回避せんと、しぐれは身を呈して止めに入った。

 凝然と立ち尽くすまりあに臆することなく、両手を広げてまりあの前に立ち塞がる。



「まりあちゃん、お願い……っ」


 

 涙声の呼びかけに、



「……。大丈夫、ちゃんと分かってる」



 まりあは応えた。

 

 

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