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暗躍する者

 

 

「まあ、要はドーピングだね」

「ドーピング?」



 困惑を見せるしぐれに、かがみんが淡々と答える。



「魔法少女が扱う魔力には二種類ある。僕ら魔獣から供給される魔力と、願いによって発現させた自前の魔力。才能豊かな鈴は自前の魔力量がずば抜けて大きかった。そんな相手に勝つためにはどうするか。簡単だ、外から得られる魔力の量を増やせばいい」



 まりあにはそれが可能だった、とかがみんは続ける。

 日常的に〝魔女の卵〟から魔力を補給していたまりあなら、魔獣からの供給に頼ることなく、際限なしに魔力の供給量を増やすことができる。



「ここ最近、まりあは積極的に魔女を狩り、卵をかき集めていた。それすべてをこの一戦につぎ込めば、互角の勝負くらいにはなると踏んだんだろう」



 事実、圧倒的だった力の差はなくなり、まりあと鈴の攻防は拮抗しつつある。



「でも、そんなことをして大丈夫なの?」



 しぐれは、胸中に満ちる懸念を口にする。

 

 まりあとともに地道な筋力トレーニングに励んでいたしぐれの目には、今の急激なパワーアップは異常に映った。これがもし、本物のドーピングと同じ原理によるものならば、使用限度か副作用があるはずだ。


 かがみんは、実にあっさりと頷いた。



「その通り。この方法には限度も副作用もある。あまりに多くの魔力を注ぎ込めば、器であるまりあの精神そのものが耐え切れずに崩壊するだろう」



 聞くや否や、しぐれは目を剥いて叫んだ。



「どうしてそんな方法を……っ。かがみんはそうなるって知っていて、わざとまりあちゃんを止めなかったの?」

「まりあならできると思ったのさ」



 本来、魔獣を頼るべき魔力供給をまりあは自給自足で補っている。その時点で既に、魔法少女として異質だ。

 加えて、まりあは変身時のみならず、常時プロテインとともに魔力の補給を行い、無自覚のうちに肉体改造を自らに施してきた。



「筋力をつけるためのトレーニングだったつもりだろうけれど、常に体内の魔力を飽和させていた状態だ。それが急激な変化に耐えられる下地として作用しているんだろう。普通だったら、膨大な魔力に振り回され、自我を消失して暴走しているところだ。さすがだね、まりあ」

「だからってこのままじゃ……。たとえ勝てたとしても、まりあちゃんが……っ」

「そうだね、確実に身を滅ぼすやり方だよ。ひょっとしたら、このままいけばなんて悠長な状況じゃなくて、もうすでに手遅れかも知れない」

「なんでそんなに落ち着いて……っ!」



 思わずカッとなって怒鳴りつけようとしたしぐれは、そこでかがみんが浮かべる不穏な笑みに気が付いた。



「……まさか、最初からそれが狙いなの? まりあちゃんを確実に排除するために……?」

「そうだよ」

「そんなっ!」



 焦燥を顕わにしぐれは叫ぶ。そんな馬鹿なことがあって溜まるものか、と。

 

 

「何でそこまでして……っ。だって、これじゃあ、まりあちゃんが暴走したまま止められなかったら、十文字さんだってただじゃ済まないかも知れないのに!」

「そうだね、まったくその通りだ」



 平然と頷くかがみんに、二度目の衝撃がしぐれを貫いた。わなわなと唇が震え、愕然とする。



「それじゃあ、もしかして本当に? かがみんは、そのために二人を戦わせているの?」

「まさか。二人が戦っているのは二人の意志さ」



 何事もないかのようにそう言って、かがみんは「ただ、」と前置きして付け加える。



「僕があの二人を邪魔者だと思っていることは確かだね」

「……」



 かがみんは、どうしてそんなことができるのだろう? しぐれの脳内は疑惑で満たされ、さっぱり理解が追い付かない。


 不意に、屋上で鈴が言っていた言葉がフラッシュバックする。

 彼女は言っていた。親を亡くし、一人孤独にさ迷う彼女を、かがみんだけが受け入れてくれた。大切な家族だ、と。


 表情の乏しい鈴が、ほんのわずか口元に浮かべた柔らかい微笑を思い出す。



「利用されても騙されても構わない。そうも言っていただろう?」

「かがみん、あなた!」



 堪えきれない怒気が腹の底から込み上げて、気づけばしぐれは強く拳を握っていた。


 犬歯を剥き出しにして憤慨するしぐれに対し、かがみんはどこまでも冷めた面持ちのままだ。



「しぐれ。魔法少女はね、魔女を倒すために僕らが生み出す奇跡の存在だ。ある程度魔女の数を減らしてくれればそれでいい。制御のきかない突出した魔力も、魔法生物を食い物にするイレギュラーも、必要ないんだよ」

「何よ、それ……っ」



 しぐれは、怒りのあまりそれ以上言葉が出てこなかった。

 かがみんが口にする弁明などは、耳の穴を素通りしていくばかり。何一つ、心に響かない。



「こうするのは当然だろう? 僕らの力によって魔法を授けられたんだ。君たちをコントロール下に置くことは僕らの責務といっていい。これでも責任感はある方なんだ」



 それは答えになっていなかった。少なくともしぐれの求めているものではない。


 かがみんは、家族のように親愛をもって接する鈴と、敵対しているまりあを同列に扱っている。それが何よりも不可解で、納得いかなかった。



「あなたは……」



 大きく開いた口からは多量の息が零れる。

 

 しぐれはそこで説得を打ち切った。続けても無駄だと悟った。

 今は二人の戦いを止めるために、踵を返して走り出す。


 すべてはかがみんが仕組んだ悪巧みだ。こんな決闘に意味なんてない。



「無駄だと言っているのに」



 背中から聞こえたため息交じりの呆れ声に、一度だけ足を止めて振り返る。


 しぐれは別に、鈴のことを可哀想だとは思わなかった。


 ついさっきまで殴り合っていた相手だ、同情する気にはなれないし、優しい気遣いを抱くことはない。

 ただ、かがみんに対してはっきりと物申しておきたいことがある。



「かがみん。わたしもまりあちゃんも、あなたの思い通りになんてならない、絶対に。願う心を拳に込めて一緒に強くなっていく。そう約束したから!」



 言うだけ言って、しぐれは今度こそ戦いの場に向かって走り出した。



「どちらにせよ、結果は変わらないさ」



 かがみんは、しぐれの決意を鼻で笑い、ひとり高みの見物を決め込んで、戦場で暴れ回るまりあを見下ろした。



「そろそろ決着がつくかな」

 




☆   ☆   ☆ 

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