一方的な憂さ晴らし
「あらあ、しぐれが見当たらないのね? ああ、あの弱虫、今は保健室のベッドの上だっけ? あはっ、ざまあっ」
「……」
「何よ、だんまり? 二人一緒じゃなくちゃどうにもなんないの? それとも鈴先輩が怖い? そうだよねえ、あんた、手も足も出ずに負けちゃったんだもんねえ?」
「……」
「どおしたの? 変身しないの? あの気持ち悪い筋肉ダルマにさあ? きゃははっ」
「……」
「……おい、無視かよ。なんとか言い返してみなさい、よっ!」
無言のまま歩みを止めないまりあにしびれを切らし、美羽はステッキを振り上げて飛び掛かった。
ステッキの先端に収縮する淡い紫の光。溜め込んだ魔力を付与された強撃が、容赦なくまりあに襲い掛かる―――が、その攻撃がまりあへ届くことはなかった。
「―――……えっ?」
視界が揺れた。青葉の匂いが鼻孔に満ち、一瞬遅れて衝撃が背中の神経を痛烈に叩く。
回避を選択する余地すら与えられず、気づけば美羽は芝生の上に叩きつけられていた。
「な、なに、が……っ?」
苦悶に歪んだ美羽の顔に浮かぶのは、ことに対する疑問と戦慄。
答えを求めて視線を上げるも、そこにまりあの姿はなく。芝生を踏みしめる音だけが、後ろから聞こえてきた。
無視された。そうと悟った瞬間、目の奥でチカチカと怒りの火が瞬いた。
「……っ! こん、のおおおおっ! 舐めがやってええええっ!」
美羽は倒れた身体を全力で跳ね起こし、吠え声とともにまりあの背中目掛けて突撃する。
完全に死角を捉えた攻撃、そのはずだった。
「ごっ、ほ……! うえぇ……っ」
鈍い衝撃が背中へと駆け抜けた。振り下ろしたはずのステッキは空を切り、まりあの拳が自身の腹部に突き刺さっている。
口から盛大に体液を撒き散らしながら、美羽はどうしてこうなったのかを考えた。
油断はしていない、鬱憤を晴らすつもりで全力で殴りに行った。にもかかわらず、あっさりと攻撃を躱され、瞬殺された。
変身していない、素のまりあに対して、だ。
つい先月屋上の一件で、そんなことはありえないと証明されたのではなかったのか?
抱いた疑問に何ひとつ解を得られぬまま、美羽は膝から崩れ落ちた。
☆ ☆ ☆
決着を見届ける前に鈴は動き出していた。うずくまったまま気絶した美羽と入れ替わりで、まりあの眼前に降り立つ。
敵を見据える瞳には、先程までの余裕はなくなっていた。
「何をしたの?」
短く問いかける。この状況がイレギュラーなのは、美羽にとってばかりではない。
まりあは強くなっていた。
屋上で美羽と戦った時よりも、公園で鈴と戦った時よりも。昨日よりも、今朝よりも。
圧倒的に力強く、あり得ないレベルで激変していた。
「これは勝負なんかじゃない」
呟くような宣言が、まりあの口から零れ落ちる。
鈴は怪訝に眉を潜めた。
「……何だって?」
「これは、あなたと私が望んだような、真っ向勝負なんかじゃないよ」
まりあが伏せていた面を上げ、鈴を真正面から見つめ返した。
その瞳には恐れも怒りもなく。凪のように静かでありながら、奥底に秘められた迫力に圧倒される。
つい先刻にも見た、覚悟を決めた者の顔。
油断なく構えを作りながら、鈴は再度問う。
「それじゃあ、君は何をしに来たの?」
「一方的な憂さ晴らし」
答えると同時にまりあは炎を吹き上げ、魔法少女へと変身した。
☆ ☆ ☆




