玩具
「来たか。まあこうなるだろうと思っていたよ」
「……」
十文字鈴は、最初に出会った『このはな公園』で、悠然とまりあのことを待ち構えていた。
小さく盛り上がった芝生の上で彫像のように動ずることなく立ち、やって来たまりあを見下す形で迎え入れる。
しぐれの襲撃を退けてから、まりあがどう動くかの予測はついた。むしろ、こうなることを望んでいた節もある。
最初はかがみんの私怨に巻き込まれてのことだったが、今は望んでまりあと戦ってみたかった。
鈴は決して、まりあとしぐれのことが嫌いではない。むしろ好きになった。
弱いくせに諦めが悪いところが特にお気に入りだ。魔女のように簡単に消えて無くならない。打ち倒すたび何度でも遊びに来てくれる。
ストレス発散には持って来いの相手だ。
「早く変身するといい。そしてを勝負しよう。今度こそどっちが強いかはっきりする」
鈴は嗜虐心を笑みの形に変えて、口角を吊り上げる。
奮起したしぐれは悪くなかった。さて、まりあはどうだろうか。
一度負かした相手だ。生意気にもリベンジマッチに燃えているようだが、今度こそ完膚なきまでに叩き潰してやろう。
その時、まりあはどれほど悔しがるだろうか。
鈴の中で膨れ上がる残虐な好奇心は、満たされることだけを望んで、際限なく魔力を昂ぶらせる。
かがみんからの魔力供給は前もって済ませておいた。疲労も少なく、連戦に支障はない。
変身する。制服を脱ぎ捨て、黒衣の装束を身に纏い、紅玉の宝杖を片手に、呵呵とまりあに開戦の笑みを投げかける。
そこへ、
「待って、先輩! あたしにやらせて!」
邪魔者が割って入った。
金色の巻き毛を揺らして鈴の前に現れた美羽は、喜色満面な得意顔を浮かべて、勝手に宣言する。
「来たわね、安部まりあ。鈴先輩より先にあたしが相手よ。屋上での屈辱、ここできっちり返してやるんだから!」
「……」
何だ、こいつ……。
心底不快に思う鈴の眼差しに気付くこともなく、美羽は場違いに明るく勝手に盛り上がる。
「いいぞ、美羽~。かっこいい~」
「あれだけ特訓に付き合わせたんだ、負けるなよ!」
金魚の糞のようにくっついてきた眼鏡とショートヘアの二人が、子分よろしく後方で歓声を上げている。
鈴は、実に不愉快だった。
三人ともかがみんが紹介してくれた魔法少女だが、ひと目見ただけで興味が失せた。あまりに弱すぎる。
戦うまでもないと無視したところ、弟子にして欲しいと頭を下げて媚び諂い、気味の悪い笑みを張り付けて付き纏うようになった。
正直冗談ではなかったが、かがみんから「よければ面倒見てやって欲しい」と頼まれている手前、邪険にできない。
「はあ……」
鈴は露骨に表情を曇らせて一歩下がり、美羽に先を譲った。
興が削がれた。今にも弾けそうだった衝動は鳴りを潜め、心の奥で燻っている。
見限った相手に、これほど落胆させられるとは思いもしなかった。お礼に後で稽古をつけてやってもいい。雑魚をいたぶるのもまた一興だ。
「やってごらん、美羽」
「任せて!」
嬉々と瞳を輝かせた美羽は、盛大な勘違いに気付くこともなく変身して、ステッキ片手に駆け出していく。
嬉しそうな背中を見送り、鈴は「まあいいさ」とひとつ鼻を鳴らした。
戦わせてみよう。どのみち、あんなのに苦戦するようでは、まりあは鈴の玩具にもならない。
つまらなそうに見下ろす視界の中、まりあと美羽が接敵する。




