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しぐれ VS 鈴

 

 

 実に堂々たる宣戦布告。



「……」



 それを突きつけられてなお、鈴の心が揺さぶられることはなく、浮かべる無表情はいっそ残酷なまでに冷淡だった。


 鈴が好戦的に勝負を挑むのは、あくまでも強者だけだ。少し睨んだ程度で涙ぐんでしまうような弱虫など、相手にする価値もない。



「変身もできない子が何を言っても無駄だよ」



 何をひとりで意気込んでいるのやら、と呆れ心地に見下して、踵を返そうとする。


 次の瞬間、鈴の表情から余裕が消し飛んだ。



「はあっ!」

「……っ!」



 階上に立っていたしぐれの姿が霞んだと思った直後に、至近距離からの急襲。


 反射的に変身した鈴は、飛んできた巨拳をかろうじて躱し、身を翻して跳躍した。


 間合いを整え、即座に宝杖を構えた先に立つのは、まりあと同じく筋肉の鎧装備を身に纏う大女。魔法少女に変身したしぐれだ。



「変身、した……? 一体何が?」



 鈴は、乱された長い前髪の向こうで瞳を細め、困惑を呟く。

 拳圧で吹き飛ばされてしまった黒いとんがり帽子が、二人の間を分かつように舞い落ちた。


 と、前触れもなく帽子が独りでに持ち上がり、広い鍔の下からかがみんが顔を覗かせた。

 巨漢へと変貌を遂げたしぐれの姿を認めて、非常に嫌そうに表情を歪める。



「なんともはや」

「どういうこと、かがみん。彼女は変身できないはずじゃ?」

「そうだね。ひと皮むけたとか、己の殻を破ったとか、そんな言葉が妥当なんじゃないかい? 素晴らしいね、成長期の女の子というのは」



 あまりにおざなりな言い草に、今度は鈴が眉間に皺を寄せる番だった。



「そんないい加減なことが……」

「なに、そんなに大袈裟な話じゃない。思い出しただけさ。自分が何を願って魔法の力を発現させたのかを」



 かがみんは再びしぐれの姿を見上げ、改めて得心いったように深く頷いた。



「なるほどね。しぐれ、君の魔法の根源はまりあへの友愛か」

「……」



「君にしてはまた大きく出たね」と、続けたかがみんを置き去りにして、しぐれの巨体がぶれた。


 仁王立ちからの予備動作なしの鋭い踏み込み。かがみんを中心に隔たれていた間合いが、瞬時に食い潰される。



「調子に乗るなっ」



 二度も虚を突かれるわけにはいかない。鈴は宝杖を振り上げ、即座に魔力障壁を展開する。


 だが、障壁が生成されるよりも早くしぐれがその場を駆け抜け、あっという間に背後に回り込まれてしまった。



「な―――っ、づう……っ!」



 振り向きざまに合された右ストレートを、鈴は咄嗟に宝杖で防ぐ。

 たたらを踏みながら後退させられ、追撃に晒される。容赦なく左から飛んでくる拳に、あっさりと障壁が潰された。


 鈴は、床を蹴って飛び上がり、吹き抜けの高さを利用して上へ逃げる。


 垂直の壁に着地するのとほとんど同時に、またしてもしぐれに背後に立たれていた。



「ちっ、詠唱の時間が稼げない……」



 まさかの展開に、鈴は辛酸を舐める思いで舌を打つ。しぐれの持つ速さに翻弄されるあまり、砲撃の準備が整えられない。

 まりあになかった敏捷さが、確実に鈴を追い詰めていた。


 そもそも話、鈴の魔力障壁は詠唱のための時間稼ぎの戦術だ。膨大な魔力を緻密に練り上げ、鉄の硬度を持たせて生成しているはず。

 それをいとも容易くぶち破る破壊力は異常であり、雷の如き速度は紛れもない脅威だった。 


 反撃の糸口を潰されて逃げに徹する鈴と、執拗に追い迫るしぐれ。

 踊り場に広がる限定的な空間を縦横無尽に跳び回りながら、魔法少女と魔術師の鬼ごっこは苛烈さを増していく。



「やあっ!」



 しぐれは、もはや自身の変化に戦く余裕さえなかった。

 ただひたすらに足を前へ踏み出し、拳を振るって、身体を加速させた。頭は驚くほどクリアに、視界に捉えた魔術師を打倒する最適解を弾き出してくれる。


 今ならば、どんな願いにも手が届く気がした。



「たあっ!」



 かがみんに言われずとも、よく分かっている。

 大それた願いだ。烏滸がましくて、まりあの前ではとても口にできない。


 それでも、願う心は力となってしぐれを後押ししてくれる。


 友を守るために、

 憧れに追いつくために、

 彼女の隣に居続けるために。


 誰よりも速く、まりあの元へ。


 想う心がしぐれの足を加速させ、際限なく速度を跳ね上げる。



「うぅぅぅわああああああああああ―――――――っ!!!!」



 猛り狂う吼え声が、人気のない踊り場に轟き、惑う魔術師の鼓膜を痛烈に震わせた。

 

 


☆   ☆   ☆

 

 

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