まりあちゃんはわたしが守る!
「十文字鈴さん!」
人気のない階段の踊り場で響いた呼び声には、強い決意が含まれていた。
「ボクをその名前で呼ばないで。不愉快」
片結びにされた髪房が揺れる。何事かと振り返った鈴は、階上にいるしぐれの姿を認めて、淡々と警告を飛ばした。
威圧する鋭い眼差しに、しかししぐれはもう怯えなかった。ぐっと腹に力を込めて真っ向から睨み返し、宣戦布告の言葉を放つ。
「わたしと戦って」
「……」
「賭けをしましょう。わたしが勝ったら、まりあちゃんに謝って。もうまりあちゃんを苦しませないで」
「苦しませる?」
意味が分からないと眉根を寄せた鈴に、しぐれは怒りを露わに言葉をぶちまける。
「あなたがいきなり現れて、望んでもいない勝負を吹っ掛けて、まりあちゃんを傷つけた! どうすればいいのかって、まりあちゃんずっと苦しんでる!」
「それはあなたたちが弱いせい」
「そんなことない、十文字さんが来るまでは毎日が本当に楽しかったもの!」
弱い奴は大人しくしていなければならない。
強くなければ幸せを享受できない。
そんなもの暴論だ。そんなことはないのだと、今ならはっきりと言い張ることができる。
「わたしは変身できなかったし、足手まといだった。弱虫で、グズで、のろまで、情けなかった……。けど、まりあちゃんと二人で一緒に強くなろうって約束して! 一緒にトレーニングして、一緒に頑張って! それが何より嬉しくて、楽しくて……っ」
叫ぶごとに想いが溢れる。喉が引き攣るように痙攣して、熱い涙で視界がぼやける。
まりあと過ごした日々は、幸せで一杯だった。彼女のために強くなろうと決意を固めて、ようやく一歩目を踏み出したところだった。
「それをあなたが台無しにした! 割って入ってきて、わたしの大切なものを踏みにじった! ―――許せない!」
しぐれが発する語気の強さに対し、鈴は辟易としたように嘆息を返した。
「大切なものを守れなかったのは、君たちが力不足だから。ボクのせいじゃない。ボクはただ、どちらがより強いか知りたかっただけ」
「そんなのあなたの勝手な理屈じゃないっ。そんなものにわたしとまりあちゃんを巻き込まないでっ」
止め処なく込み上げてくる激情が、声に変じて鈴を糾弾する。こんなの初めてだった。
誰かを憎いと感じ、邪魔をするなと語気を荒げたのは。
戦わなければいけないと、自ら覚悟を決めたのは。
明確な敵意に身を委ねて、感情のままに相手を睨みつけるのは。
分かっている。すべてはしぐれの我がままだ。
以前のようにまりあと一緒にトレーニングできなくなって、魔女退治で置いてきぼりにされるようになって。
すごく寂しかった。まりあにこちらを向いていて欲しかった。だから、それを邪魔する鈴のことが許せない。
自己満足に戦いを欲した鈴と、何も変わらない。悩み苦しむあまり、美羽のことを裏切った時から何も変わっていない。
それでも。
まりあが隣で微笑んでくれるのなら。
彼女とともに過ごす日常を取り戻せるのなら。
拳を握らない理由はどこにもなかった。
「魔法少女だから、強そうだから、戦ってみたいから。……そんなつまらない理由でわたしたちの邪魔をしに来ないで!」
しぐれは、青色のスクイズボトルのキャップを跳ね上げ、プロテインを一気に飲み干す。
熱く燃え盛る心のままに、最強の魔法少女へと挑戦状を叩き付けた。
「十文字鈴さん、あなたが邪魔よ。だからわたしが戦う。わたしが倒す。まりあちゃんはわたしが守る!」




