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どうにもならないこと

 

 


「はあ、はあ……っ」

「大丈夫、まりあちゃん……」



 辺りが夕暮れに包まれる中、今日もまた魔女を殴り飛ばし、まりあは鏡の世界から戻ってきた。


 すぐ近くで待機していたしぐれは、急いで駆け寄ってスクイズボトルを差し出す。



「はい! これプロテインだよ。まりあちゃん、飲んで」

「……」



 まりあは疲れ切った瞳でボトルをじっと見、右手に収まる〝魔女の卵〟へ視線を落とし、やがて緩く首を振った。



「まだ、大丈夫……」

「まりあちゃんっ」



 しぐれはきゅっと唇を引き攣らせ、悲痛の滲む声を絞り出す。とてもではないが、今のまりあは大丈夫には見えない。

 いつもの元気な笑顔は陰り、立って歩くことすらままならないほど疲弊している。もう見ていられなかった。


 しぐれは別のボトルを取り出すと、まりあへ強引に押し付ける。



「これ、わたしの分だから! まりあちゃんの分は減らないから! だからお願い……っ」

「しぐれ……。ありがと」



 今にも泣き出しそうな顔を見せるしぐれを前に、まりあは少し思い直した。お礼とともにボトルを受け取り、中身を一気に煽って、ようやくひと心地つく。

 

 しぐれもようやく胸を撫で下ろした。



「いいんだよ、魔女はまりあちゃんが倒したんだから……。本当は全部、まりあちゃんのものなんだから……」



 そう言いながら、しかし未だ胸中の不安を払拭し切れない。しぐれは、まりあを心配そうに見つめる。


 こんなやり方は長続きしないと、はっきり分かった。身を滅ぼすだけだ。

 魔女との戦いが激しさを増していく一方、何故だかまりあは滅多にプロテインを口にしなくなった。


 変身に必要な魔力を最低限補給して戦いに挑み、その都度苦戦を強いられ、かろうじて勝利を掴み取る。

 守る余裕すらないせいで、しぐれはいつも鏡の外に置いてきぼり。


 そんな日々が続いていた。


 これまではまりあの「大丈夫」を信じて待つばかりだったが、今日こそは目を瞑るわけにはいかなかった。



「まりあちゃん、もう止めよう」



 しぐれは、震える唇にそれでも言葉を乗せて、まりあへ届けた。


 まりあがこちらを向く。


 怒るでもなく、戸惑うでもなく、ただ次の言葉を待っているような静かな眼差しに促され、しぐれは躊躇いながらも説得を試みる。



「こんなこと、もう止めよう。そんなに自分を追い込んで、無茶して強くなろうだなんて、まりあちゃんらしくないよ」

「らしくないか……。こんな方法じゃ強くなれないってしぐれは思う?」

「うん、そう思う。だからもう止めて。お願いだから……」



 しぐれは逸らすことなくまりあを見つめ、はっきりと告げた。気弱な彼女にとって、ここまで強く誰かの行いを否定するのは、初めての経験だ。


 まりあは、ふっつりと口を閉ざした後、



「……もう少しだけ、だから」



 逡巡するような口ぶりで、しかしきっぱりと拒絶した。



「まりあちゃん……」



 説得は失敗に終わった。しぐれは、意気消沈して顔を俯かせる。


 まりあは人の気遣いを蔑ろにするような人ではない。しぐれの心配を心から受け止めた上で、この決断を下したのだ。

 ここで諦めるわけにはいかない、と。



「どうして……? どうしてそんなになってまで戦うの……? もういいじゃない、見逃してもらったんだから」



 すべて承知の上で、それでもしぐれは納得できなかった。


 こんなものはもう単なる愚痴でしかない。ここ数日で溜め込んでしまったストレスを吐き出して、まりあへとぶつける。



「十文字さんに負けて悔しいのは分かるよ。でも、今ここで倒せなくたっていつか……。頑張ってトレーニングを続けていればきっと……。今こんなことしなくたって……っ」

「しぐれ……」

「そ、それにまりあちゃん、言ってたでしょう? 強い自分でありたいだけだって。誰かと競い合って比べたって意味がないって。なのに、どうしてこんな……っ」



 十文字鈴とのいざこざの解決策は簡単だ、目立たないように生きればいい。自分よりも強い者から目をつけられた時の対策方法に関しては、しぐれの方がずっと心得ている。


 いつか何かが変わるだろう。きっと誰かが助けになってくれる。今はいずれ訪れる好機の時を、大人しく待つべきなのだ。


 どれほど苦しみもがき、地に這いつくばって足掻こうと、鈴の方が強いという現実は変わらない。


 鈴は、まりあよりも魔法少女歴が長くて経験豊富なのだから仕方がない。鈴は、とてつもない魔力を持っている天才なのだからどうしようもない。


 だからどうか、彼女ばかりに拘るのはやめて欲しい。



「どんなことにも仕方ないことってあるよ……。そう教えてくれたじゃない……」



 しぐれは、消え入るような声で訴えかける。こんな無茶はやめて欲しい、と。


 それでも、



「ごめん」



 まりあは譲らなかった。

 

 

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