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鈴の理由

 

 

 まりあとしぐれは、揃って肩を跳ね上げる。屋上の入り口から、十文字鈴がこちらを見つめていた。


 鋭利な刃物を思わせる眼差しがまりあとしぐれを射抜き、次いでかがみんに差し向けられる。



「君がボクをこの学校へ呼んだんだ。なのに、敵と仲良く作戦会議とはどういう了見?」

「これが仲良く見えるのかい、鈴?」



 名を呼ばれ、鈴は途端に眉間に皺を寄せる。



「その名前で呼ばないで。ボクの名はクロイツ・フォン・グランド・ベル」

「ああ、ごめんよ。ベル」

「なんでそんなに拘って……。あっ」



 まりあがどうでもいいことに引っかかっている間に、かがみんはするりとまりあの手から逃げ出した。



「僕は彼女たちに拷問されていたんだ。君のこと話してしまったのは仕方のないことだよ、鈴」

「そういうのはボクが君を慰める時に言うセリフ。……あと名前」

「ああ、すまない。君は本当に自分の名前が嫌いなんだね、ベル」

「知ってるでしょ、ずっと一緒にいるんだから」



 気の置けないやり取りを交わしながら、かがみんは鈴のもとへ。まるでそこが定位置と決まっているかのように、右肩の上に飛び乗って、頬ずりをした。


 一人と一匹の仲睦まじいその光景が、まりあには解せない。



「どうして?」

「何が?」

「あなたも魔法少女なんでしょう?」

「魔法少女じゃない、魔術師」

「その拘りは別にいいけど……。とにかく、私たち魔法少女は、かがみんに騙されて魔女退治に利用されているんだよ? そうと知ってて、それと一緒にいるのは何故?」



 まりあの疑問に、鈴はまるで咎めるような警告を返す。



「……言葉に気を付けた方がいい。ボクの家族をそれ呼ばわりしないで」

「か、家族って?」



 驚きを隠せないまりあに見せつけるように、鈴はかがみんの頭を優しく撫でた。


 まるで羨ましくない。どころか、より不信感が募る。



「でもそいつは!」

「騙されてもいい、利用されても構わない。誰よりも親身にボクを迎え入れてくれたのは、かがみんだけだから。だからこの子だけが、ボクの家族」



 起伏の乏しい表情の中に、ほんのりとした親愛が垣間見えた気がした。


 まりあの中で疑問がひとつ融解する。

 十文字鈴は最強とまで称されるほどの力を持ちながら、何故かがみんに利用され続けているのか。


 呼びつけられて素直に応じるだなんて変だ、何か弱みを握られているのかも知れない。

 もし、それを解決する手助けができたなら、あるいは……。


 そんな打算的な希望観測は脆くも崩れ去った。


 他ならぬ彼女自身が、望むままにかがみんに協力している。かがみんの言う通り、付け入る隙はなかった。



「これで分かっただろう、まりあ。君に逃げ場はない。今度こそ終わりだよ」

「くっ……」



 状況は最悪だ。


 今まりあの手元にはプロテインがない。仮に魔法少女へ変身できたとしても、昨日の二の舞だ。


 絶望とともに募る無力感が手足を重く鈍らせる。

 勝てる見込みのない相手と向き合わなければいけないことが、想像を絶するほど辛く苦しいことを、まりあは今初めて知った。


 身構えるまりあを睥睨し、鈴は静かに口を開いた。



「そんなに怯えなくていい。もう君とは戦わない」

「え……?」

「もう興味がないっていうこと。かがみんがもの凄く強いっていうから楽しみにしてたのに、期待外れ」



 向けられる瞳に浮かぶのは、かがみんのような嫌味ではなく、純粋な失望。


 吐き出されたため息の深さが、何よりも鮮烈にまりあの心を傷つけた。



「勝手に期待して、無理やり勝負して、そんな言い草……っ」



 わなわなと握った拳を震わせるまりあを完全に無視して、鈴はしぐれに興味を移す。



「君は? 強いの?」

「ひぅっ、や、あのぅ……」



 途端に喉を引き攣らせたしぐれは、助けを求めてまりあの制服の裾を掴む。涙で潤ませた瞳を伏せ、情けなくもまりあの陰に隠れようとする。


 そんな有様を前にして、鈴はうんざりした顔で言う。



「かがみんの嘘つき」

「嘘は言ってないよ、まりあは強敵だ。けれどベル。君の方がさらに強いだけさ。最初から分かっていたことだ、まりあは君に勝てないよ。しぐれに至っては論外だ。どうやら変身もできないみたいだし」

「そうみたい」

「他の魔法少女を紹介しようか?」

「強い?」

「暇潰しにはなるんじゃないかな」

「……。うん、行こう」



 鈴は、まりあたちに背を向けた。校舎内へ入って、階段を下りていく。 


 最後に、まりあの方を一瞥し、



「……」



 何も言うことなく、そのまま去って行った。





 キーン、コーン。


 授業開始のチャイムが無情に鳴り響く中、屋上に残された二人もまたしばらくの間無言で、何かしゃべる気になれなかった。

   

 


☆    ☆    ☆

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