十文字鈴
「努力すれば天才に勝てると思うかい? 無理だね。そんなものは彼女だって、戦いの中で存分に積み重ねてきた。その上で得た強さだ。付け入る隙なんてものはない。だから僕は信じて疑わないんだ。彼女こそが最強の魔法少女だってね。いや、魔術師かな」
湯水のように溢れてくるかがみんの煽りに堪えかねて、まりあはぽつりと弱音を漏らした。
「それじゃあ、私はどうしたら……」
「昨日教えた通り、君が魔法少女であることを諦めればそれで済む話さ」
「一応聞くけど……。魔法少女を辞めることなんてできるの? 魔法の力をかがみんに返せばいいってこと?」
「いや、君の魔法は君自身が発現させたものだ、僕がどうこうできるものじゃないよ。僕はきっかけを与えただけ」
「じゃあ無理じゃない?」
「まあ無理だろうね」
「……こんの、」
かがみんのさっぱりした物言いは、逐一まりあの神経を逆撫でする。今すぐ変身して、捻り潰してやりたくなる。
まりあは、湧き上がる衝動をかろうじて堪え、拳を引いた。ここは教室だ、目立つ行動は避けたい。
それにしても、この態度は目に余る。昨日あれだけ拷問してやったのにまだ懲りないのか、と業を煮やす。
だが逆に、それだけのことをしてもなお、口が軽いはずのかがみんから有効な対抗手段を聞けなかったことも事実。
現状、八方塞がりだ。
「言っただろう、辞めるんじゃなくて諦めろって。僕の邪魔をせず大人しくしていてくれれば、それで目を瞑ろう。これは取引だよ、まりあ」
「いや!」
悪党には屈しない。まりあがつーんとそっぽを向けば、かがみんは「やれやれ」と呆れてみせる。
「何度も言うけれど、僕は君を魔法少女だとは認めない。説明するまでもなく、君の願いは異質だ。異端者はあらゆる意味で全方位から敬遠される。当然だろう? 君は何をそんなに意固地になっているんだい?」
「……」
まりあは何も答えず腕を組み、むっつりと口を閉ざしていると、
「……ちゃん、……まりあちゃんっ」
後ろの方から名前を呼ばれていることに気付いた。
「しぐれ?」
控えめながら、窮状を伝えるかのように切羽詰まった声。
まりあは、はっとして周囲に意識を傾ける。いつの間にかホームルームが始まっていた。
もしかしたら、クラスの誰かに不審に思われたのかも知れない。鞄のかぶせ蓋を叩き付ける勢いで閉じる。
「うべぁ……っ」
中から聞こえた小さな呻き声を無視して素早く視線を巡らせるも、クラスのみんなは教卓に立つ先生に注目していて、まりあの方に関心を向けていない。
ならば、しぐれは一体どうしたというのか。
疑問に思考を巡らせるよりも先に、さらに近く、すぐ耳元でしぐれの囁き声がした。
「大変なの、見て」
どうやらこっそりと席を立って、まりあの背後まで這って来たらしい。この大胆な行動に、彼女らしくないと思いつつ、まりあはしぐれが指差す方を見やる。
黒板の前に立つのは、先生の他にもう一人いた。
「はい。それでは転校生さん、みんなに挨拶してください」
朗らかな声に促され、隣に佇んでいた小柄な体躯の転校生は、一歩前に出た。
「うげ……」
まりあは、無意識のうちに顔を引き攣らせていた。
セミロングの明るい髪を片結びにした、物憂げな雰囲気の女の子。長くのばした前髪の奥から覗く静かな色合いの双眸には、確かに昨日襲い掛かってきた魔術師の面影があった。
「ボクの名前は……。ベルと呼んでください」
「えっと。あだ名もいいけど本名を教えてもらえないかしら」
「……」
「……うん、それじゃあみんな。十文字鈴さんです。仲良くしましょうね」
「どうも」
クラスメイトがまばらに拍手する中、にこりともせずに挨拶を終えた魔術師は、唖然としたまりあの視線に気が付くと、そこで初めて薄らと口元を歪めた。
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