変身できない……?
強力無比な砲弾の嵐がまりあを襲う。恐るべきことに、眼前の視界いっぱいを埋め尽くす弾丸一つ一つが魔女の使い魔だ。
真っ黒な影の身体を鉄球に似せて丸く太らせ、次々に飛来しては赤黒い大地に風穴を開ける。
皆一様に狙うターゲットは決まっていた。大口を開け、鋭い牙を光らせながら迫り行く。
その先で、天を貫く雄叫びが轟渡った。
「オオォ――――――――――――――――――――――――ッ!」
まりあは魔法で火炎流を生み出し、砲弾と化した特攻を相殺。灼熱の熱風が使い魔たちを吹き飛ばし、続く業火がその身を消し炭へと変えた。
炎上したまま天高くより降り注ぐ使い魔たち。火の粉の雨が降りしきる中、身の丈ほどの巨大な鎌を担いだ魔女がゆっくりと現れ出でた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぼろ切れのような黒衣を纏った身体は、枯れ木のように細く、長い。対して、手に持つ鎌は高名な刀匠がてずから打ち出したような業物で、1メートルを超える銀刃には見事な刃文が刻まれていた。
魔女は語る声を持たず、すっと大鎌を振り上げて、陽炎揺らめく炎の中を音もなく疾駆。策を弄するのを止め、真っ向から突撃してくる。
標的にされたのは、しぐれだ。
「う、うわ! きたっ! ……よ、よおし」
未だ生身のまま、少し離れた場所から戦いの行く末を見守っていたしぐれ。迫り来る魔女を前にして、戦きながらも強気に眉尻を吊り上げた。
今度こそは! と覚悟を決め、プロテインを摂取。魔法少女へと変身しようとする。
だが、しぐれは華奢な素の身体のまま。筋肉的な変化は何ひとつ生じない。
「また……っ!? どうして? どうして、変身できないの? えいっ、やあっ! 変身! へ、変身って、どうすれば……っ」
それっぽくポーズを取り、子犬のような吠え声を上げ、思いつくあらゆる手段を講じて変身を試みる。
そのすべてが空振りに終わった。手ごたえ一つ見出せない。
「なんでなの……っ!」
しぐれは失意に身を焦がされ、がっくりと項垂れた。視線を落とした先で両の手をわななかせ、呻吟を零す。
焦りのあまり、視野狭窄に陥っていた。
覆い被さる敵影に気が付いた時には遅きに伏し、眼前に立つ魔女は大鎌を振り下ろす挙動をスタートさせていた。
「あ―――、」
無慈悲な斬撃に風が切り裂かれ、ヒュンと高い音を聞いた。満足に悲鳴を発する余裕すら削り取られ、死を目前にしたしぐれは、ぎゅっと目を瞑る。
「く……っ!」
「……えっ?」
血飛沫が上がる。肩から袈裟懸けに大きく斬り裂かれ、まりあの強面が苦悶に歪んだ。
間一髪、まりあはコンマ数秒に満たない時間の隙間に巨体を滑り込ませ、凶刃からしぐれを守ったのだ。
「まりあちゃんっ!」
「走って!」
まりあは、悲鳴を上げて立ち竦んだしぐれを優しく押し出し、指示を飛ばす。
指差す先には、姿見の鏡面があった。鏡の世界とまりあの部屋とを繋ぐ唯一の出入り口だ。
あそこまで走れ! とまりあは叫ぶ。それは、敵を前にしての撤退を意味していた。
「で、でも……っ!」
しぐれは迷いを口にする。まりあを置いて、一人だけ逃げ出すことなんてできない。
踏み出す足を鈍らせる躊躇いは、
「……っ」
魔女の攻撃からしぐれを守る血だらけの背中を目にして、真っ先に叩き潰した。
しぐれは戦いに背を向けて、悔し涙を散らして走り出す。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ!」
「いいいぃぃやああああああああああああいっ!!!!」
背後で重なり合う、激しい風切音と裂帛の咆哮。
振り返りたい衝動を押し殺しながら、しぐれは赤茶けた大地を駆け抜け、黒々と渦を巻く鏡に飛び込んだ。
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