これが十歳児の柔肌か……
お待たせしました! 第三章開幕です!
「ほら、しぐれ。隠してちゃ意味がないでしょう? 全部見せて?」
耳元で優しくささやいて、まりあはしぐれの細い手首を掴んだ。
少しでも肌色を隠そうとする腕を、ゆっくりと開かせる。
「で、でも……。やっぱり恥ずかしいよ、こんなの……」
顔を赤らめ、頻りに視線を往来させたしぐれは、すぐ間近に迫るまりあの微笑みに、堪らずごくりと息を飲みこんだ。
二人が身に着けている着衣は下着のみ。互いに薄桃色の柔肌を露出させ、未発達の幼い身体を見せつけ合う。
今、まりあの部屋にいるのは二人きりだ。
邪魔する者がいない中、心臓の鼓動とともに高まる期待と、一抹の不安。矛盾した気持ちを小さな胸の内に孕み、乙女の恥らう吐息が零れる。
「そんなことないよ、女の子同士なんだから。さ、しぐれ?」
まりあは慈愛に満ちた表情で、一つずつ逃げ先を潰しながら、包み込むように迫る。
「あう……っ、ま、まりあ、ちゃん……」
熟れた果実のように赤い頬を撫でながら、まりあはしぐれの肌にそっと指を這わせた。
「ひゃう……っ」
大層真剣な様子で眉間に皺をよせたまりあは、満足げにこくりと頷いた。
「うむ、柔らかい。しっとりなのにさらさら。これが十歳児の柔肌か……」
「まりあちゃんも同い年だと思うけど?」
「頬ずりしてもいい?」
「それはやめてえぇっ」
しぐれの大声に、ピクリと耳を動かしたルルは、
「ふにゃあぁ」
ひとつ欠伸をすると、自前の毛布の上で心地よさそうに眠りに落ちるのだった。
★ ★ ★
時間は少し溯り、とある休日のお昼ごろのことである。
まりあの家に遊びに来ていたしぐれは、そこでいきなり服を脱ぐよう強要された。
「身体を見せ合うことは大切なことよ、しぐれ。トレーニングの成果を確かめて、どこが足りないかを言い合いっこしましょう」
というのが、まりあの言い分。
しぐれは渋々従うしかなかった。というか、まごついている間にスカートを降ろされた。そして、今という悲惨な有様に至る。
魔法の力を授かり、彼女を守ると心に誓った以上、まりあと一緒に筋力トレーニングに励むことに異論はない。けれど、正直こういうことは遠慮したかった。
「もう少し段階を踏んで、ゆっくりとお互いの気持ちを確かめ合ってからじゃないと……。その方がきっと、もっとまりあちゃんと仲良く……」
「もっと、なあに?」
「えっ、ううん、独り言!」
「そう?」
まりあはそれ以上気に留めず、今度は私の番だと言わんばかりに半裸を晒して、堂々と薄い胸を張る。
「わ。まりあちゃん、きれい……。とっても細くてすらっとしてて、すごく美人さん♪」
ひと目見るなり、しぐれは感激したように胸の前で指を絡ませ、声調をひとつ明るくする。
「ちっとも嬉しくない……っ」
屈辱だった。まりあは苦汁とともに膝を屈して床を叩く。
鍛えた体を細くてきれいと賞される。これ以上に悔しいことがあろうか、いやない。
「ご、ごめん……。違くて、そうじゃなくてね、えっとぉ。ま、まりあちゃんってスレンダーだなって、うらやましいなって。それでっ」
「ぐぬぬ……っ」
おろおろしながらさらに追い打ちをかけるしぐれ。不安げに三つ編みを揺らしながら、自尊心を抉りに来るとは驚きだった。
まりあは負けじと意地を張り、ぐっと二の腕を曲げてアピールする。
「見よ、この力こぶ。私が丹精込めて育てたのよ」
「おお……。さ、触ってみてもいい?」
「お好きなだけどうぞ」
惚れ惚れと感嘆するしぐれにあっさりと気を良くし、まりあはお触りの許可を出す。
発展途上ながら小さく盛り上がる筋肉の丘に、しぐれの指先がちょんと触れる。
「すごく固いし、こりこりしてる。とっても強そう」
「ふふふ、私なんてまだまだよ」
「すごいなあ、まりあちゃんは」
「いやいや、そんなそん―――にゃっ!」
予想外の刺激がまりあを襲った。
わき腹から下腹部を駆け抜けた掻痒感。びっくりのあまり、まりあはその場にへたり込んでしまう。
「な、なんでお腹を触るの……?」
「ご、ごめん。腹筋もすごいのかなって思って」
「うう。腹筋は全然トレーニングできてないんだよぅ」
良いように弄ばれ、まりあはどこまでも惨めだった。
正直、浮かれていた。しぐれと友達になって、目的意識を共有する競争相手を得て、つい見比べてしまいたくなったのだ。
この一か月、筋トレをしてきたという自負に甘えて、情けなくも自慢げに鍛えた筋肉を晒してしまった。
やはりまだまだ鍛錬が足りない。筋肉も、そして精神力も。
トレーニングの割り振りを見直す必要がありそうだ。




