憤怒の咆哮
「この輝きは、魔法の!?」
咄嗟に尻尾を使って光撃を防いだかがみんは、誰よりも早くそれを目撃した。光の爆心地に生まれ出でたのは、偉丈夫をも怯ませる雄々しき魔法少女の姿。
「あれは……」
その光景は、以前にも一度目の当たりにしたことがあった。
頑強な筋肉の鎧に身を包む、魔法少女の皮を被ったイレギュラー。
見る者を圧倒する威風堂々たる出で立ち。幾重にも巻かれた稲妻模様の飾り布が風になびく。盛り上がった筋肉が、白光色の布地を引き裂かんばかりに躍動する。
驚愕すべきは、その筋肉達磨がまりあではないという一点に尽きる。
しぐれだ。弱気に三つ編みを揺らしていた面影など吹き飛ばし、かつての親友と正面切って相対する。
「そんな馬鹿なっ! まだ授けられもしていない魔法の力を自ら発現するだなんて!」
思わず驚愕を叫ぶも、原因は容易に察しが付いた。まりあのプロテインを、しぐれも口にしていたのだ。
魔力の器である"魔女の卵"。それを用いて作られた特性のプロテイン。ひと口飲めば、濃厚な魔力がその身に宿る。願う心を発火剤にして、魔法の力を発現させた。
その理屈は理解できる。だからと言って、目の前の現実を許容できなかった。
激しく狼狽するかがみんをそのままに、魔法少女へと変身を果たしたしぐれは、ゆっくりとまりあの元へ歩み寄る。
「しぐれ?」
「うげっ、何あれ。気持ちわるぅ」
近づいてくるのは、筋骨隆々の肉体に、引き伸ばされた魔法服。恐ろしくちぐはぐで馬鹿げたその姿に、美羽は激しい嫌悪感に見舞われた。
あれがかつての友人だなんて、あらゆる意味で受け入れ難い。
「あんた、そんな姿になってまであたしに勝ちたいの? バッカじゃないの、どんだけよ? あたしだったら自殺もんの―――、」
嘲笑が、不自然に途切れる。
驀進した剛拳が両者の間合いを貫き、美羽の顔面に吸い込まれるようにして収まった。続く衝撃が、高く伸びた鼻っ柱を打ち砕く。
「が……っ」
再び派手に殴り飛ばされた美羽は、ひしゃげたフェンスを突き破って、そのまま空中へ放り出された。
魔力を使って無理やり制動をかけ、浮遊する。
「う、づうぅ……ごぼ……っ!」
鼻頭を中心に打ち据えられた顔全体が、腫れ上がったように灼熱を帯びる。鼻孔と口内から吐き出された鮮血は色濃く、もはや赤黒かった。
「いた、い……っ。鼻、折れて……っ。いたいいたいいたいたい~~~っ! こんの、弱虫が……っ、あたしの顔を、よくも……っ! よくもおおおおおお!」
美羽は、腹の底から憤怒の絶叫を張り上げた。
聖剣の如く振り抜かれたステッキの先端で、収束した魔力が渦を巻き、昂ぶり、煌々たる紫紺の光が迸る。
「なんて魔力の集中だ。美羽のやつ、しぐれごと屋上を吹き飛ばす気か!」
「ええ~っ、大変!」
ぎょっとして取り乱し、自分たちだけ裁ち鋏の影に隠れる小咲と姫香。
「プロテインを!」
拘束が解かれたまりあは、いち素早く身を起こし、スクイズボトルに飛びついた。
「何でもいい、とにかく変身してあいつを……って、しぐれ?」
焦熱に駆られるまりあの横を抜けて、しぐれは泰然と一歩前に出た。
「守ってみせる、友達だから」
その瞳に、もはや美羽への恐れはない。譲れない想いだけが宿っていた。
もうこれ以上、まりあに手出しさせない。傷つけさせない。鮮血の滴る拳を握り直し、美羽の真正面に立って、すべてを受け止める構えを取った。
「う、ぐううっ、この変態がっ!」
真っ向から捩じ伏せる、と言外に告げるしぐれに対し、ついぞ美羽の怒りが頂点を突き抜ける。
「しぐれええええええっ!」
我を忘れた美羽は、収斂させた魔力による砲撃を捨て、しぐれに向かって突撃を敢行する。弾丸の如く空をかっ飛び、爆発物と化したステッキをしぐれ目掛けて叩き付けた。
溜め込んだ膨大な魔力が疾駆の勢いに乗せられ、弾け飛ぶ。煌々たる光の暴威が、瞬間辺りを真っ白に焼き尽くした。
轟音と衝撃が大気を震わせる―――。




