強く、なりたいっ
攻撃された。
普段の暴力暴言がお遊びに思えるほど明確な敵意を持った一撃を前に、しぐれは沸騰するほど脳の奥が熱くなった。
夥しい冷や汗が背中を伝い落ちる。息がろくに吸えなくなるほど、動悸が激しい。
震える瞳で美羽を見上げれば、危険な色を孕む凶悪な眼光に射抜かれ、拒否権のない命令を突き付けられる。
「いい? 一歩でもそこを動いたら、あんたのその顔ぐちゃぐちゃに潰してやるから」
「ひ……っ」
しぐれは、喉を引き攣らせる。美羽の存在を、とても恐ろしいと感じた。
身体に叩き込まれた数々の暴力。心を切り刻んだいくつもの暴言。これまで耐え忍んできた日々が、フラッシュバックして脳内で弾けていく。
身体が動かない。あまりの情けなさに視界が滲んだ。
しぐれは思い至る。結局、自分が弱いのがいけないのだ。
何故?
どうして?
どうすれば?
そんな風に難しく考える必要はなかった。美羽にいじめられる原因など、すべてそれで事足りる。
しぐれが弱いから美羽を苛つかせ、情けないから今こうして立ち竦んでしまう。
手を差し伸べてくれた友達のピンチにさえ、立ち向かう勇気が沸いて来ない。
まりあはあんなにも、優しく微笑んでくれたのに……。
すべて美羽の指摘通りだ。
子猫に餌をやるべきではなかった。責任を持って飼うことができないのに、助けたいなどと思い上がってしまった。
ルルを救ったのはまりあだ。しぐれは悪戯に手を出して、好き勝手引っ掻き回しただけ。
優しくなんてない。幼くて愚かしい、ただの自己満足でしかなかった。
「わたし……わたし、は……っ」
「―――大丈夫」
冷たく閉ざされた心の中、失意の念に押し潰されそうになったしぐれを、まりあのひと言が繋ぎ止めた。
「まりあちゃん……?」
まりあは地面に叩き伏せられながら、それでもにっこりと微笑んでいた。しぐれに笑みを向けていた。
泣くことも怯えることもなく、勇猛果敢に美羽へと立ち向かい、敗れてなお、その優しさが潰えることはない。
「心配しないで、しぐれ。私があなたを守るから。今は弱くたって、情けなくたっていいの。これから一緒に強くなるんだから」
「どうして……。どうしてそこまで……、わたしのことを……?」
頭の奥を脅かしていた不快な熱が、弾け飛んだ気がした。心臓が胸を焦がすほどに強く鼓動し、熱い涙が零れ落ちる。
「わたしなんかじゃ……っ。わたしなんかのために、どうして……っ?」
否定の言葉が涙と一緒に溢れて止まらなかった。
しぐれは自分の弱さを知っている。卑怯なところも情けないところも、全部よく分かっている。
そんな自分が嫌いだった。そんな自分を変えたいと心から願っていた。そうすればもう一度、誰かの隣に居ることを許されるから。
美羽の隣にはもう立つことはできない。まりあの隣に寄り添う資格なんてない。
それでも……! と弱い心は願望を叫ぶ。我がままな願いを受け止めて、微笑んでくれるまりあの力になりたい、と。
守らなければならない。
胸中に生まれたのは、これまでにない感情だった。
どれだけ弱く、醜く、愚かであったとしても、まりあの笑顔だけは曇らせてはならない。
まりあの助けになりたい。二度と大切な友達を無くしたくない。
気づけば、しぐれは駆け出していた。一歩でも近く、一秒でも早く、まりあの元へ向かって。
「まりあちゃん、わたしも一緒に……。あなたと一緒に……っ」
募らせた想いの丈が、雷光の如く苛烈に瞬いた。まりあへと注ぐ真っ直ぐな眼差しに、憧憬の火が灯る。
迷い、苦しみ、何も決められずにいるのはもう止めにした。
変わりたい。強く、友を守れるほどに、強く。
「強く、なりたいっ」
弱気な少女が願いを叫んだ瞬間、辺りを眩い閃光が満たす。屋上にいる全員の目を貫き、眩ませた。




