プロテインこそ、力の源
「いけるかい、美羽!」
「言われなくったって!」
呼び声で我に返った美羽は、ひしゃげたフェンスから飛び出し、猛然とまりあに襲い掛かった。
「安部まりあ、お前は絶対許さない! ぐちゃぐちゃにしてやる!」
「くっ、こんの!」
まりあも負けじと拳を振り上げ、果敢に応戦する。
「すご~い、いいぞ、美羽! いけいけ~」
「……いや、簡単にはいかないぞ」
「えっ? なんで~?」
「あいつ、生身で美羽と張り合ってる」
仲間の背中へ声援を送る姫香と対照的に、小咲は警戒の色を深めた。
戦況はまりあの防戦一方だ。美羽から繰り出されるステッキの乱打を捌くので精一杯。
先程から幾度となく体を叩かれ、かろうじて致命傷を避けている。
生身のままのまりあが、魔法少女の美羽に対して、だ。
圧倒的な劣勢に立たされながらも、まりあは決して負けていなかった。
「……過剰な魔力摂取の影響だね」
その理由を、かがみんは冷静に分析する。
〝魔女の卵〟は魔力の塊だ。まりあはそんなものを常に供給し続けていた。
度重なるプロテインの摂取。そして、筋力増強のための肉体改造。
まりあは今、人としての限界すらを打ち破り、身体の構造そのものを根本的に作り変えてしまった。ひとたび魔力を開放させれば、変身していなくとも、その筋力は人外並みに増強される。
「今のまりあの筋力は人間のそれじゃない。くそ……っ」
嫌というほど辛酸を舐めさせられたかがみんは、もはや認めるしかない。まりあのことを侮り過ぎていた。
どうせ魔女に喰われるだろうと、楽観視してしまった。魔獣から魔力を供給できなければ、無力な少女と何も変わらないはずだったのだ。
今やまりあは、未知の領域に到達した魔法少女だ。彼女が秘めたる可能性に対して、あまりに無頓着が過ぎた。
これ以上の勝手は許さない。かがみんは、気勢を上げる。
「いくら素の筋力がすごくても、魔法少女に変身されなければ力負けすることはないよ、美羽!」
「わかってるってーの!」
同調するかのように、美羽は必殺の一撃を放つため、ステッキの先端に魔力を込め、振り上げる。
防御では相殺できない。瞬時に回避の判断を下したまりあは、相手の挙動を目で追った。
しかし、
「うらあ!」
「うっ、ぐ……っ」
ステッキに気を取られ過ぎたせいで、死角から飛んできた鋭い手刀を捌き切れなかった。肩を痛打され、姿勢を崩される。
必殺を囮に使った、冷静な一撃。美羽は怒りに狂いながらも、確実にまりあを仕留めに来ている。
先の不意打ちはもう利かない。勝敗は純粋な力の差で決まる。埋め合わせることのできない戦力の差が、着実にまりあの身体を痛めつけていく。
このままではいけない。
額に汗かき焦るまりあだが、腹の底で煮え滾る真っ赤な情熱が、喉元まで湧き上がって来てくれない。
魔力が足りないのだ。プロテインを摂取しなくては……っ。しかし、そのチャンスが見つからない。
「まりあちゃん!」
痛みに呻くまりあの耳に、しぐれの悲鳴が届く。ひとり蚊帳の外に置かれながらも、まりあの身を案じて声を上げている。
その足元に、スクイズボトルを見つけた。
「しぐれ、プロテインをっ」
「させるか! 美羽!」
「はあっ」
「きゃあっ!」
かがみんの助言に従い、美羽は即座にチャンスを潰しに来た。隙を見せた瞬間を狙ってまりあを突き倒し、瞬く間に地面に組み伏せる。
一度拘束されてしまえば、もはや脱出できない。四肢に力を込め、必死に足掻こうとも、覆しようのない圧倒的な力で押さえつけられる。
「うう……っ」
「そんなっ、まりあちゃん、待ってて!」
まりあの窮状を目の当たりにし、しぐれは思わず駆け出そうとした。
「そこで止まりなさい、しぐれ」
鋭い牽制の声とともに、美羽が振るったステッキから一条の紫紺の光が走り、しぐれの足元を焼き焦がした。魔力を凝縮して放つ魔砲弾だ。
「う……、あ……っ」
突然の閃光に戦き、しぐれは体をつんのめらせて急停止。心臓に楔を打たれたかのように、硬直する。
見開かれた双眸は恐怖に支配され、ただただ美羽へと注がれる。




