負より生まれ出でる最凶
美羽はしぐれからまりあに興味を移し、じろじろと値踏みする。
「こんな弱虫仲間に入れるくらいなら、こっちの単純馬鹿っぽい子の方がまだましなんだけど?」
顎でしゃくってまりあを推薦するが、かがみんは首を横に振った。
「まりあには既に魔法の力を授けてある。そして、彼女は失敗した」
「失敗? 魔法を発現できなかったってこと? 嘘でしょ、雑っ魚!」
嘲り笑った美羽に同調して、かがみんもどこか愉快そうにほくそ笑む。
「見たところ魔獣もつれていないし。どうやら卵を上手く返すことができなかったようだね。これは好都合だ」
「ふん、どっちもどっち。弱虫には雑魚が寄ってくるってね。良かったわねえ、しぐれ。お友達ができて。きゃははっ」
「美羽ちゃん……」
しぐれは、力なくへたり込んだまま美羽の顔を見つめた。
馬鹿にされたことへの怒り、悲しみ、悔しさ。
そんなものは欠片も湧いてこない。頭を埋め尽くす困惑のすべてが、かつての親友に向けられていた。
いつからだろう、美羽がこんな風に笑うようになったのは……。
いつからあんな風に、悪鬼のように双眸を吊り上げ、しぐれを邪険に扱うようになった?
もはや目の前にいるのが本当に美羽本人なのか、分からなくなった。
不快な笑い声が幾重にも重なって響く。今すぐ耳を塞いでしまいたい。
「しぐれ、昨日言った通りだよ」
「え、かがみん?」
苦しむしぐれのすぐ足元に、かがみんがすり寄ってくる。
「君には魔法少女になる資格がある。今からでも遅くない。そんな出来損ないとは縁を切って、強くて可憐な魔法少女にならないかい? 彼女たちと同じように」
「美羽ちゃんたちと、同じ? ―――うあ……っ!」
「冗談じゃない、あんたなんかと一緒にされてたまるもんですか!」
美羽はしぐれの胸倉を掴み上げ、声色を激変させた。
浮かぶのは敵意に満ち満ちた表情。触れるだけで爆発しそうな、悪意の塊。
何を仕出かしてもおかしくない。見る者にそんな恐怖を植え付けかねないほど醜悪な顔つきで、しぐれを睨みつける。
「しぐれを離して!」
「鬱陶しい、邪魔すんな!」
「ぐぅ……っ」
即座に飛びかかったまりあだったが、簡単に弾き返されてしまう。
魔法少女の身体能力は、常人のそれを遥かに上回る。悔しいが、まりあが鍛えた発展途上の筋肉では、到底太刀打ちできない。
腹に据えかねたまりあは、かがみんに喰ってかかる。
「かがみん! あなたこんな乱暴者に魔法の力を授けたっていうの? 純情可憐な乙女でなければ魔法を宿さないって言ってたくせに!」
「逆さ。彼女らの持つ魂は魔法少女にふさわしいほど強く、清らかで、気高いよ」
「自分勝手な理由で人を傷つけるような子が、魔法少女にふさわしいって?」
「そんな些細なことは問題にならない」
かがみんは言う。魔法の力を呼び起こすのに必要なのは、己のすべてを賭してでも叶えたい願いなのだと。
何ものにも捕らわれず強く願い続ける気質さえ備わっていれば、授かった魔法を自らの力として発現できる。
「そういった点では、美羽は三人の中で飛び抜けて素質があった。いずれ最強の魔法少女に匹敵するくらい強くなる。そして――――、しぐれ。君もね」
「わたし、が……?」
美羽に吊り上げられたまま、しぐれは苦しげに疑問を零した。
「君も美羽と同等の素質があると僕は思う。何故なら、願いは虐げられた者の中に生まれるものだから」
より良きを願い、より多くを望む。願望を宿す心は、今何も手にしていない者の中にしかない。
葛藤。
不安。
絶望。
しぐれの中に溜まりに溜まった負の感情の爆発は、より強大な魔力を呼び起こす。
「最凶の魔法少女の誕生だ」
「なんか闇堕ちしてない?」
「そんなことない。魔法の力に任せて好きなだけ暴れ回れるんだ。こんなに良いストレス発散の場はないだろう?」
「どこが純情で可憐なの?」
まりあは、強い怪訝を顕わに突込みを入れた。いよいよをもって、かがみんの頭の中身が理解不能だ。
「わ、わたしはそんなこと、う……っ」
「冗談じゃないって言ってんでしょ!」
しぐれの意見など丸っきり無視して、美羽は怒りのままにがなり立てる。
「あんたみたいなのがあたしと同じ才能を持っているですって? バカにするのも大概にしなさいよ! 根暗な弱虫が生意気にあたしを恨んでいるとでも言うの?」
ぎりぎりと首元を絞め上げながら、場違いにも口元に薄ら笑みさえ浮かべて、美羽はしぐれに問いかける。
「ねえ、そうなのしぐれ? 魔法少女になっていじめられた報復をしたいの? 親友のあたしに? 最っ低ね、あんた!」
「美羽ちゃん……っ。わたしが悪かったのなら謝るから……」
「何に対しての謝罪よ? ただ謝って済まそうって考え方に虫唾が走るわっ!」
「……っ」
何をそんなに怒っているのか、皆目見当もつかない。狂気すら垣間見える美羽の形相に、しぐれは怯え、震えた。
涙すら浮かべて許しを請うても、それは火に油を注ぐ行為になる。もはや謝ることさえ許されない。
美羽のことが本当に大切だった。だから、必死でその気持ちを守ろうとした。いつかを夢見て思い出に縋り、やり直そうと努力した。
何とかしたいと願った日々が、想いのすべてが、無残に打ち砕かれていく。
「そん、な……」
何をすればいい? どうすれば許される? 一体何を差し出せば、以前のような親しげな美羽に戻ってくれるのか。
しぐれには、もう何も分からない。
失意の涙を幾筋も流しながら、しぐれは最後に問う。
「それじゃあ、わたしは、どうしたら良かったの……?」
「目障りなのよ、あんた……。あたしの前から消えてなくなりなさい」
私刑執行の宣告とともに、容赦なく美羽の拳が放たれる。常人をはるかに上回る暴力が、拳を象り失意の少女の顔面を狙う。
「……」
しぐれは、すべてを諦めて瞳を閉じようとする―――その刹那。
涙で滲んだ視界の向こう、全力でしぐれを護らんとする大きな背中を確かに見た。
「―――っ!」
至近距離から顔めがけて飛んできた拳を、まりあが横合いから握り潰す勢いで受け止めていた。




