最良の解決方法
「それでね? 実は用事があるのは本当だったの。お節介かも知れないけれど、私なりにいじめ対策を考えてみたんだ」
「えっ、本当? ど、どうすればいいの?」
しぐれは顔色を変え、まりあの提案に期待を寄せた。もしかしたら、もやもやしたこの状況を一気に解決できるかも知れない。
まりあは少し得意になって、人差し指を真っ直ぐ立てる。
「いい? 少し厳しいことを言うようだけど、いじめられてしまうのは、やっぱりしぐれちゃんにも理由があると思うの」
「え、そんな……っ。そうかも知れないけど、でも! わたしはただ、告白を断っただけで……」
「いろいろと事情があるのは分かってる。けれど、人間関係の不和は一方がもう一方を見下すところから始まるの。どちらかのみに原因が偏ることはない。しぐれちゃんもそれ相応に、いじめられてしまう理由を抱えてしまっている。そういう見方ができてしまう」
「そんなこと言われたって……」
そんなものどうしろというのか。
結論を急ぐしぐれの焦燥を遮って、まりあは凛と声を響かせる。
「でもね、そこにしぐれちゃんが背負うべき責任なんてないんだよ」
「責任……?」
「原因や理由をどれだけ並べ立てても、暴力の免罪符にはならない。してはいけない。長谷川美羽と仲間たちがしぐれちゃんにやっていることすべてが間違っているの。だから、しぐれちゃんが思い悩む必要なんてどこにもないんだよ」
しぐれは、驚いたように双眸を見開く。
「まりあちゃん……」
よくあるセリフだ。いじめの相談をした先生や両親からも返ってきた決まり文句。
君だけのせいじゃない。
暴力を振るう方が悪い。
あまり気にせず、元気を出せ。
どこかで誰かが口にしたような、ありきたりな励ましの言葉。
とてもではないが、しぐれはそんな風に卑屈に受け取る余裕なんてなかった。
喧嘩両成敗だ、どちらも悪い。いつでも結論はどっちつかずの意見ばかりだった。
まりあは違った。そうではなかった。
いじめを行う美羽が悪いと、全面的にしぐれの味方をしてくれた。
真剣なまりあの眼差しに見つめられ、しぐれはじんわりと目頭が熱くなる。
今更ながら涙もろい自分が少し恥ずかしくて、すん、と小さく鼻をすすった。
「しぐれちゃんは悪くない。それでも、しぐれちゃんがいじめられている事実は動かないの。どういうことか分かる?」
「え? えっと……?」
いじめの根本的な原因は人間関係の軋轢。引いては長谷川美羽の底意地の悪さであって、しぐれが告白を断ったというのはまったく別の問題。切り離して考えなければいけないこと。
念を押すように、まりあは繰り返しそう言った。
「長谷川美羽は、しぐれちゃんのことがただなんとなく気に入らないから、しぐれちゃんのことをいじめるの」
しぐれがどれほど心を痛め、美羽に謝罪を繰り返したところでいじめはなくならない。
まりあは、率直にそう考えている。
言われてみれば、まったくその通りなのだろう。
しぐれだって、告白の件はもう何度も謝った。何度謝ろうとも、美羽の行為は止まるどころかエスカレートする一方だった。
しぐれの対応が誠実かどうかは問題になっていない。口実にされているだけだ。
いじめても良い弱者だと見下されている現状を根本的に打破しなければ、美羽はしぐれをいたぶり続けるだろう。
「それは……。わたしだって、自分が弱虫だって分かっているけど。それじゃあ一体どうしたらいいの?」
「簡単だよ、とってもシンプルな解決方法がある。しぐれちゃんが強くなればいい」
「……いじめに立ち向かう勇気を持てってこと?」
それができるなら、どれだけ簡単だっただろう。
美羽に勝てばいいわけではない、クラス全体がしぐれの敵なのだ。
どうにかできるわけがないとしぐれは声を沈ませるが、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「ううん、そんな曖昧なものじゃないよ。体を鍛えるの、筋力トレーニング。理不尽な暴力は圧倒的な筋肉で叩き潰すべし」
「へ? き、筋肉……?」
「そう! 向こうが徒党を組んでやって来ても、跳ね返せるだけのパワフルパワー。しぐれちゃんにはそれが必要だと思うの」
「……えっと」
しぐれが肉体的に強くなれば、美羽から安易に見下されることもなくなり、自然といじめられることもなくなる。
なるほど、良い解決方法だ。ただ、しぐれは少しの間、まりあが何を言っているのか理解できなかった。




