友達として
2/27 15時ごろに投稿した部分について。大幅に改稿し、数行付け加えて再投稿しています。
―――キーンコーン。
昼休み前、授業終了の予鈴が鳴ったと同時にまりあは席を立ち、一番後ろの窓際の席へ向かった。
「しぐれちゃん、お昼一緒しよう?」
弁当入れの袋を掲げて、にこやかに誘う。
突然のことに面喰い、しぐれは目をぱちくりと瞬かせた。
「え、まりあちゃん? あっ、えっと。でも……」
「いいから、いいから。よし、行こう」
「え、わ、あ、あのっ?」
まりあは、おろおろと動揺しっぱなしのしぐれの手を引き、容赦なく教室から連れ出した。
廊下へ出ていく二人を見送ったクラス中の女子たちは皆、どういうことかと眉をしかめてひそひそと互いに耳打ちし、そして一様に美羽のご機嫌を盗み見る。
「……ちっ」
密かな注目を受ける中、二人の背中を睨んでいた美羽は、忌々しそうに舌打ちをした。
追手がないことを確認しつつ階段を上がり、まりあは屋上へとしぐれを連れてきた。
改めて正面から向き合うと、困惑している彼女の顔の前で両手を合わせる。
「いきなりでごめんね。びっくりさせちゃったかな。様子見しようかとも思ったんだけど、思わず」
「う、ううん。確かに驚いたけれど。でも大丈夫だよ? 今日は何ともなかったし」
「うん、どうなんだろうね……」
慌てて両手を振り、不思議そうに笑みを作ったしぐれに対し、まりあは言葉端を濁す。
しぐれもそれで何となく分かった。
きっと、クラスを取り巻く不穏な空気に気が付いたのだろう。事情を知っていれば、その中心にいるのが美羽であることも容易に察せる。
現に彼女は授業中、しぐれの方をちらちらと見やり、仲間内でこそこそと密談を交わしていたらしい。
そこでまりあは、動くなら休憩時間が長い昼休みだろうと当たりをつけて、機先を制してしぐれを連れ出してくれたのだ。
「嬉しいな、心配してくれてたんだ?」
しぐれが礼を述べると、まりあは照れたように「えへへ」とはにかみ、堂々と胸を張る。
「友達として当然だよ!」
「友達……」
しぐれは反芻するように、その言葉を舌の上で転がした。
どうしてか、胸の奥の方が小さくさざ波を打ち、まりあの好意を昨日ほど素直に受け取れない。
まりあは、昨日会ったばかりのしぐれを友達だといって、今もこうして気にかけてくれている。
その優しさを嬉しいと思う反面、どこか心苦しいと感じてしまう。
聖母のような彼女の微笑みに見合うだけの魅力が自分にあるとは、到底思えなかった。
「……」
「どうかしたの?」
どう答えればいいのだろう。俯き加減で懊悩するしぐれに対し、まりあは実にあっけらかんと明るさで訊ねてきた。
しぐれの目元を隠していた前髪がそっと風に攫われて、顕わになった目線がまりあのそれと絡み合う。
「えっ、えっと。少し悩んでいるというか、考えているというか……」
「その悩み事って、もしかして昨日のことかな。私が余計なこと言ったから?」
「えっと。そういうわけでもないというか、なんというか……」
しぐれの脳裏に思い浮かぶのは、夕暮れの帰り道で遭遇した見たことのない小さな獣のこと。
親友との離別を決めたしぐれの心を掻き乱しに現れた、謎の魔法使い。
彼の言う通りにすることが、本当にしぐれの救いになるのだろうか。まりあには何と説明すればいい?
胸中に渦巻く迷いは、何ひとつ消えることなくしぐれを焦らせる。
しかし、
「……はっきり違うとは言えないんだけど。でも、まりあちゃんのせいじゃない。まりあちゃんはわたしを助けてくれた。嬉しかった、本当にっ」
それだけは絶対だ。これだけは誤解して欲しくない。
本当は違うのに、想っていることはそうじゃないのに、相手に伝わらない。そんな恐怖に晒され続けてきた心は、臆病にも震えが止まらない。
眦に涙さえ滲ませて、縋るようにまりあを見つめること数秒。
万感の想いを込めた訴えかけに、
「うん、そっか」
まりあは屈託なく微笑んでくれた。
―――伝わった。
たったそれだけのことに安堵して、しぐれはほっと胸を撫で下ろした。




