そんなことよりも
かがみんのことなどどうでもいい、まりあは新しい目標を見つけたのだ。
「それにしても。ああ、我ながら良い筋肉だった……。あんな姿になれたら、きっとかっこいいだろうなあ……」
魔法少女に変身した時の雄々しき己を思い浮かべて、うっとりと陶酔する。
「何としてでもあの理想の身体を手に入れるんだ、早速トレーニング始めないとっ」
杏奈のようなグラマラスボディなんてもういらない。灯夜のような均整のとれた筋肉美を、いいや、あれすら超える誰も見たことがない美しい肉体を完成させる。
まだ見ぬ明日への希望に瞳を輝かせ、決意を新たにやる気を漲らせるまりあ。
そこへ、意趣返しのつもりだろうか、かがみんは含みのある笑みを振り向かせた。
「謝罪の代わりにひとつ警告してあげよう、まりあ。どんな形であれ、魔力を宿した君は人の領域を飛び超えた。意味が分かるかい? 魔力を有する限り、これからも魔女に狙われることになるだろう。僕らと同じように」
「ちょっと? なるだろうって……。何を他人事みたいにっ」
まりあはぎょっとしていきり立ち、かがみんに喰ってかかる。
「他人事さ、君だけの問題だよ。君は隠れ蓑としての機能を失った。むしろ、魔女を引き寄せてしまう存在になった。そんなところに長居して君に力を貸す道理はないよ」
かがみんはどこ吹く風で、飄々と嫌味ったらしく言葉を並べる。
まりあはむっと唇を尖らせながらも、怒りを堪えて訊ねた。
「もう一度魔法少女に変身するにはどうすればいいの?」
「さあね、知るもんか」
「……っ!」
まりあは、かがみんの首根っこを掴んで吊し上げる。真っ向から睨みつけるも、しかしかがみんは頑として譲らない。
「あんな姿は二度と見たくない。あれは魔法少女じゃないっ、僕は断じて認めないぞ!」
両者の視線がぶつかり合い、激しく火花を散らす中、まりあはふと気が付いた。
「そういえば、あなたの尻尾はどこで千切れたの?」
確か、代償とか言っていた。
かがみんは「ああ、これかい?」と言って、八つになった尾を掲げてみせる。
「魔力を授けるといっても簡単なことじゃない。文字通り、身を削る必要があるということさ。なに、放っておけばそのうちまた生えてくるだろう」
「……それじゃあ、もう一本引き千切れば、もう一度魔法少女に変身できたりするのかしら?」
口にしたのはふとした疑問だったが、かがみんは能面顔を固く凍りつかせた。図星のようだ。
「……待ってくれ。取引に応じよう。今後付きまとわれても面倒だ、手切れ金代わりとしてはちょうどいい」
大量の冷や汗を流し、即座に手のひらを返したかがみん。
まりあは、にっこりと微笑んでみせる。
「あら、別にいいのよ? 私は尻尾で十分。生意気言わないだけこっちの方がお得よね?」
「い、いやだから……」
「だから?」
「……許してもらえないかな」
許してあげることにした。
解放されたかがみんは、窓枠の上で器用にお座りする。
「触手の魔女を倒した後で拾ったものがあっただろう?」
「これのこと?」
まりあは少し考え、オーバーオールのお腹のポケットから真っ黒な物体を取り出した。
「ああ、それだ」
「なんなのこれ」
まりあは、黒い物体を手の中で転がしながら訊ねる。
魔女を焼き払った後、その場に落ちていたものだ。得体が知れなかったが、後でかがみんに聞こうと思って、ひとまずポケットに入れておいた。
「それは〝魔女の卵〟。魔女が生れ落ちた時から胎内に持っているものなんだ。魔力を蓄えておく器とでもいうのかな。それがいっぱいになった時、新たなる魔法生物が誕生するんだよ」
「へえ、これから?」
親指と人差し指で卵を挟んで掲げ持ち、日の光に晒してみる。中身が透けることはなく、不気味なほどに黒一色に染まっていた。
「魔力を宿した君が持ち歩くことで、自然と卵は成長し、新たな魔法生物が誕生するだろう。そうしたらそいつを切り刻むなり、脅して魔力を供給してもらうなりして、好き勝手に変身すればいい」
「ふうむ……」
まりあは生返事を返しながら、卵をためつすがめつ。どちらにせよ、魔法少女に変身するためには魔獣からの魔力供給が必要不可欠ということらしい。
「なんだか面倒だなあ。もっと自由に変身できると思ってた」
「それは力になれなくて残念だ。じゃあそういうことで。今後君に関わることはない。さよならだ」
「あっ」
言うが早いか、かがみんは隙をついて身を翻し、窓枠を蹴って宙へ跳び出した。軽やかに隣家の屋根へと飛び移る。
まりあの魔の手から逃れると、そのまま屋根伝いに脱兎の如く逃げ出した。
「もっとも、魔獣ではなく魔女が生れ落ちるかも知れないけれど、ね……。まあ、僕には関係のない話だ」
勝ち誇ったように呟かれる秘密は、吹き行く風の中へと消えていった。




