魔女 VS まりあ
地面まで垂れた長い髪がうねりを上げ、魔女の全身を包んだかと思うと、その全長が一気に膨れ上がる。
妖艶な女性を象る上半身はそのままに、ドレスの裾がぶわりと舞い上がって、下半身から長く太い触手が十本這い出てきた。
「アァ―――――――――――――――――――――――――――ッ!」
真っ赤に開いた口から放たれる、歌うように高らかな、それでいて聞くものの耳を聾する怪音波。前髪が散らばり、隠れていた双眸が顕わとなって、憤怒の眼差しが怨敵へと向けられる。
臨戦態勢を取る魔女。
「オォ―――――――――――――――――――――――――――ッ!」
応じるまりあも吼え声を上げ、一発触発の張り詰めた空気が場に満ちる。
先に動いたのは魔女だ。
人型を模した上半身が身体を弓なりに反らす。両腕を大きく振るうと、下半身から伸びる触手が連動して波を打つ。
鎌首を持ち上げ、巨大な鞭の如く振るわれる二本の触腕。空を貫き、鋭く襲い来る魔女の一撃を、まりあは拳を固めて正面から叩き落とした。
―――ガンッ!
鉄骨同士を叩き合わせたかのような衝突音。耳を劈く轟音の中、間髪入れずに鞭の第二波が襲い掛かかる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
槍に見立てて打ち出されるに触腕に対し、怯むことなく振るわれる剛腕。
怒り狂った魔女の猛攻を、まりあは真っ向切って往なし続ける。
爆撃を思わせる衝突音が幾重にも重なり、周囲へ轟渡った。
発生する風圧と衝撃。大地が揺れ、大気は震える。使い魔たちの死体が吹き飛ばされては宙を舞う。
鋭い風切り音が耳元を切り裂き、巨大な触手が雨の如く降り注ぐ中、しかしまりあは一歩も退かなかった。
魔女を恐れ、防御を選択し、動きを止めたが最後、全身を粉々に叩き潰されるまで攻撃は止まらない。故にまりあは、自ら打って出る。
鋭く重い、命を薙ぎ倒しに来る鞭の先端を力任せに捌き、伸び切った触腕の中頃を掴んだ。指先が食い込み、噴血。甲高い悲鳴を上げる魔女に対して一切の躊躇いもなく、万力のような握力を持って握り潰さんとする。
「アァァァアァァァァアア……ッ!!」
人型の半身を振り乱して、苦しみもがく魔女。怒りのあまり見開いた双眸は真っ赤に充血し、血の涙が白い頬を伝う。美しい容貌を憤怒に歪ませて、触手を激しく波打たせ、暴れさせる。
しかし、まりあを振りほどけない。
「ギイイィィァァアアアアアアア……ッ!」
腹の底から込み上げる激情に任せて、絶叫。魔法少女を打倒せんと、残るすべての触手が一斉に猛威を振るった。
宙を貫きながら迫る巨鞭。その数九つ。片手で捌き切るのは不可能だ。
「……ッ!」
炸薬が爆裂したかのような音を発し、触手の一本がまりあの胸部を穿つ。
だが、その一撃はまりあの命には届かない。戦車の装甲よりも分厚く鍛え上げられた胸部が、鋭利な槍と化した触手を弾き返した。
「アアアアアアアァァ―――――――――――――――――――――――――ッ!」
より速く、
より鋭く、
より苛烈に。
猛り狂う魔女の攻撃。
再び巻き起こる猛襲に晒されてなお、まりあは山の如く不動だった。
「―――――――――――――――――――――――――ォォォオオオオオオオオオッ!」
かがみんによって授けられ、まりあの願いに応えて発現した魔法の力。
胸の内に宿った聖火のような灯は、魔力を得て爆発的に炎上。まりあの拳が、真っ赤に燃え上がる。
握りしめられた触腕を伝って一直線に走った炎が、戦場を渡ってまりあと魔女を結ぶ。燃え移った小さな種火が、魔女を喰らって巨大な火柱へと成り変わる。
「ギィィィァアアアアッ!」
魔女は、この世のものとは思えない悲鳴を撒き散らし、炎に焼かれてのた打ち回った。触手は焼け朽ち、美貌は焼け爛れ、黒衣のドレスは焼け崩れていく。
そして、
「アァ……ッ!?」
灰燼へ帰す魔女の身体を、灼熱の拳が打ち抜いた。
立ち昇る大炎塊。
逆巻く炎が天を舐め、周囲の結晶石を融解させ、鏡の世界は膨大な熱気に包まれた。
「……」
揺らめく陽炎の背負って立つまりあは、一層雄々しく見えた。
余すことなく一部始終を目撃したかがみんは、鮮烈な誕生を遂げた新たなる魔法少女の姿に打ち震えていた。
蒼の瞳に紅蓮の炎を反射させ、唖然としながらも息を飲み、ぽつりと呟きを落とした。
「こんな、こんなのは……魔法少女じゃない……」




