魔女と魔獣、そして魔法少女
かがみんはお構いなしに続きを話す。
「人間に男と女があるように、僕ら魔法生物も性別によってあり方が異なるんだ。オスは魔獣に。メスは魔女になる。そして魔女は魔獣を喰らう」
「喰らうって、食べるってこと? 魔女が、かがみんを?」
「別に驚くことじゃないさ。まりあ、君だって生きていくために肉や魚を食べるだろう? 他の命を糧としてエネルギーを得ることは、生物として当然のことさ」
「それはそうかも知れないけれど……」
「納得できないって顔だね?」
「だって……。魔女に食べられてしまって、それでいいの?」
心をどこかに置いてきたような達観した物言いは、あまり心地の良いものではない。
喰われるために生まれてきた。
そんな不条理があって許されるのか。
人間が管理する社会において家畜という制度があることを、もちろんまりあも理解している。
そういう命をいただいて生きてきたということも分かっている。
ただ、そういう動物たちの本心を聞いたことなど一度もない。
彼らが喜んで我が身を差し出しているなどと、想像するだけで薄気味悪かった。
かがみんは、本当に己の境遇を許容しているのか。
甚だ疑問に思う。
「仕方のないことさ。魔獣は魔女に比べて、身体のつくりがあまりにも脆弱なんだよ。僕らが束になってかかっても、魔女に手傷を負わせることすら叶わない。人間の言葉を借りるのなら、弱肉強食だ。自然の摂理だよ。でもね、」
口を挟もうとするまりあにストップをかけ、かがみんは淡々とした声で続ける。
「僕ら魔獣側にだって命があり、矜持がある。無残に喰われたくはない、もっと生きていたいという、生への執着がある。おいそれとこの身を差し出したくはないんだ」
「そっか……、うん、やっぱりそうだよね」
まりあは頻りに頷きながら、内心ほっとしていた。
もしも、「魔女に食べられることこそが魔獣としての使命なのさ!」などと力説するような輩がいたら、心底気持ち悪いと思うに違いない。
「非力な僕らに変わって魔女を打倒すことのできる存在はないものか。僕らは考え、そして答えを導き出した。人間に魔力を授け、魔法少女となって戦ってもらおう、と」
「……えっ?」
おかしな緊張が和らいだのも束の間、まりあはぎょっとして目を見開く。
「それじゃあ、魔法の力って魔女と戦うためのものなの? そんな!」
話が違うと食ってかかる。
願いを叶えて豊満ボディを手に入れるどころではない。
魔女と戦う。
やってみなくてもわかる、そんなことは不可能だ。
まりあはどこにでもいる普通の女の子で、同い年の子と取っ組み合いの喧嘩をしたことなどない。
まして、自分よりも背が高く、黒々と恐ろしい見た目をしたモノが相手だなんて。
想像しただけで尻込みしてしまう。
「あんなのと戦うだなんて、私にはとても……。どうしてそんなこと……」
つい責めるような言い方とともに、かがみんを見つめた。
それくらいショックだった。
魔法は、そういうものではなかったはずだ。
かがみんが見せてくれたものは、もっときらきらと光る、純粋で綺麗なものだったはずなのに。
裏切られたような気がした。
「それは違う、これは対等な取引だよ。君に魔法を授けることへの見返りであり、正当な代価だ。まさかタダで魔法を得られるだなんて思っていたわけじゃないだろう?」
「思ってなかったよ、くれるっていうからもらっておこうって」
「脊髄反射的な考え方は嫌いじゃないけど、それは少しどうかと思う」
何故こちらが悪いことになっているのか。
まるで詐欺師のようなやり方に、まりあの疑心は深まるばかりだ。
「かがみん、そんなことひと言だって言ってなかったじゃない?」
「困った人を魔法で助けるのが僕らの使命。魔女という脅威に対抗するのは魔法少女の役目。困っている君に魔法を授けることで、その二つが両立するわけさ。裏切ってなんかいない、君が一方から見て勝手に判断しただけだよ」
「むうう……っ」
水掛け議論は平行線を描く。
納得いかないとまりあがむくれ、かがみんはどこ吹く風で言いくるめようとする。
そればかりか「こんなことやっている場合じゃない」と、まりあの反発そのものを咎め始めた。
「状況が変わったと言っただろう? 魔女に捕まってしまった以上、ここで契約しなければ君の身が危険なんだ」
「そんなこと言われたって……」
そう簡単に鵜呑みにはできない。
が、つい先ほど影のような使い魔に襲われたばかりであることを考慮しないわけにはいかない。
ここはまりあにとって常識外の場所であり、間違いなく危険地帯なのだ。
「魔女は人間の魂も捕食する。肉体だけが取り残された、意志を無くした人形に成り下がりたくはないだろう?」
「それはやだ」
「なら方法は一つ。まりあ、君が魔法少女になるしかない。そして魔女を倒しておくれ。僕の尻尾を握って、君の願いを形にするんだ」
「……」
まりあは、差し出された尻尾の先端をじっと睨みつける。
躊躇う気持ちは先ほどよりもはるかに強い。
本当にこれでいいのかと胸中に渦巻く不信感は、もはや疑念といっても過言ではなく膨れ上がる。
嫌な予感は確かにあった。
しかし現状、もうかがみんしか頼るものがない。
再び尾の先端が銀の光を灯す。
まりあはそれをぎゅっと握り、願いを叫んだ。
「私、私は、魔法少女になってお姉ちゃんみたいに綺麗になりたいっ!」
十秒、
二十秒待つ。
鼓膜を震わせるのは、静寂の中を吹き抜ける風の音ばかり。
恐る恐る瞳を開けると、かがみんがちょこんと座ったままでそこにいた。
まるで値踏みするかのように、無言で、穴が開くほど凝視してくる。
「え、何? えっと……?」
意図の読めない眼差しに若干気圧されながら、まりあは身体に目を向け、自身の変化を確かめてみる。
が、身体にも何ひとつ変わりは見られない。服装もオーバーオールのままだ。
未だ微動だにしないかがみんにしびれを切らし、どういうことかと問いかける。
「これで魔法少女になれたの?」
「いいや」
あっさりと首を横に振られて、まりあはむっとして眉間に皺を刻んだ。
「駄目じゃん。どうして?」
「それはね」
かがみんが口を開く。
答えが返ってくるよりも先に、まりあの頭上を人影が覆った。




