願い事は……
「君の願いは聞き届けられた。僕は君の手助けができる。僕は僕のためにそれを望んでいるし、それが君のためになると信じている。君が望むままに、僕の持つ魔法の力を授けよう」
かがみんは身軽な動きで机の上に飛び上がると、九つの尻尾を扇のようにバッと広げた。
発散された魔力が銀粒の光へと変わり、尾の先端に収束して、人魂のようにゆらりと宙を漂い、円を描く。
魔を司るものによる契約の儀が執り行われる。
「願い望む者、名を安部まりあ。君に魔法の力を授けよう。まりあ、僕の尻尾を掴んで願いごとを言ってごらん」
「それだけでいいの?」
「そうだよ。君が魔法の力を使って何をしたいのか。どうなりたいのかを心の中で思い浮かべるんだ。それが君の魔法の根源となる」
「何をして、どうなりたいか……」
漠然とした呟きを落としながら、まりあはゆっくりと手を伸ばし、指先でかがみんの尻尾に触れた。
「私は……。私は、お姉ちゃんみたいになって、お兄ちゃんと……、ええと……」
何故だろう。
迷いながらも口に出した願いごとは、途中でぷっつりと途切れてしまった。
自分でも不思議なくらい、その先の言葉が出てこない。
頭の中が真っ白になる。
「どうかしたのかい?」
問いかけに、はっとして顔を上げた。
「さあ、早く願いごとを」
「……」
そこにあったかがみんの顔を、何故だか不気味だと感じた。
能面と目を合わせているような錯覚に陥る。
胸中を満たした言い知れない違和感が、はっきりと輪郭を帯びていく。
まりあは、急かされるままに不安を吐き出した。
「本当にこれでいいのかなって。そう思って……」
己の願いに疑問を抱く。
杏奈のような豊満な体を手に入れて、
灯夜を振り向かせて、
恋仲になって……。
そしてその時、杏奈はどうなるのだろう?
魔法で変身したまりあを見て、一体どんな風に思うのだろうか。
魔法の力で手に入れた幸せを謳歌するまりあに、それでもなお変わらずに良き姉として接してくれるだろうか。
まりあのことを、愛してくれるだろうか。
とてもではないが、楽観視できるような疑心ではなかった。
己の願いは、最愛の姉を不幸に陥れる。
思い至ってしまったまりあは、もうその願いを口にはできない。
「かがみん、私……」
弱弱しく吐露された本音に対して、かがみんは表情も変えずに口を開く。
「まりあ、聞いてくれ。魔法というのはね、」
かがみんが何かしらの説得を試みようとした、その時だった。
「え……?」
唐突に、
突然に、
何の前触れもなしに。
何か、巨大な生き物に飲み込まれたような気がした。
周囲の空気感とでもいうのだろうか、五感で認識していた感覚すべてが、瞬きの間にまったく別のものへと置き換わっていた。
まりあは急くように辺りを見回して、それが気のせいでないことを知る。
「な、なにっ? なにこれ!」
そこは、まりあの部屋ではなかった。
いや、見覚えのあるどんな場所の景色とも一致しない。
起伏の激しい大地がどこまでも続く、不毛な地。
まりあは、そのただ中に突っ立ていた。
土の色合いがどこかおかしい。
赤茶けて表面がつるつると滑らかな地面など、まりあは見たこともない。
草木の代わりに色素の薄い結晶石がまばらに生え、見る角度によって玉虫色に光を反射する。
激しい混乱とともに見上げた空は、まりあの胸中よりもさらに混沌としていた。
抜けるような蒼の代わりに、赤い大地の色を映し出し、空と陸の境界をどこまでも曖昧にさせる。
浮かぶ雲は今にも落下してきそうなほど鈍く重い動きで、風も吹かない空を不気味に浮遊する。
『無秩序』とタイトルづけられた絵画の世界に放り込まれてしまったかのようだ。




