選ばれし少女
かがみんは、八股に分かれた尻尾の先を動かし、空で自在に泳がせた。
「君には直接見せた方が手っ取り早いか」
何もないはずの空間に描かれた軌跡に沿って、銀色の粒子が瞬き、煌々と銀の光を放つ。
小さな種粒がパアッと広がり、彩り豊かな光の花を咲かせた。
「わあっ、きれい……」
「〝咲き誇る光の花〟。これも魔法の一種。さっき君が見た〝鏡に映した自身の姿〟も、魔法を使って僕が変身していたものなんだ」
まりあは何となく合点がいった。
「それじゃあ、私がお姉ちゃんみたいになるには、その変身の魔法を使えるようになればいいの?」
「平たく言うのならそういうことだね。君の願う気持ちが本物なら、それが叶う形で魔法が発現するはずだ」
「そっか、なるほどねえ……。魔法を使って、お姉ちゃんみたいに……。ふうむ?」
「疑わしいかい?」
「そんなことはないけれど」
目の前で不思議な力は見せてもらった。
かがみんが魔法生物だというのならそうなのだろう。
ただ、魔法がどういうものか、まりあはいまいち実体を掴めないでいた。
杏奈のような豊満な体を欲するのなら、「望むままに変身すればいい」とかがみんは言うが、では具体的にどうすればいいのか。
「叫ぶの? 呪文を唱えるの? 錬成陣を描いて片足を差し出すとかは嫌なんだけど」
「そう難しく考える必要はないよ。君は既に一度魔法の力を体験している。その時の感覚を思い返せば、すぐに使えるようになるよ」
「魔法を、私が?」
いつ、どこで? と続ければ、かがみんは得意そうに顎先を上げる。
「何を言っているんだい? 君は魔法の力によって命を救われているじゃないか」
「命を救うって……?」
身近で起きた出来事で心当たりのあるものは、一つしか思い浮かばない。
夏休み初日の市民プールだ。
「その通り。あの時溺れた君を助けたのは僕さ」
聞くなり、まりあはむっと唇を尖らせた。
「嘘だよ。あれはお兄ちゃんが助けてくれたのよ?」
あの出来事は、まりあにとって特別な思い出だ。
九死に一生を得たからではなく、憧れの灯夜に命を救われるという、奇跡のような偶然の巡り合せが心を躍らせる。
灯夜との間に感じた運命を、よく分からない言い分で穢されたくはない。
「そんな顔しないでおくれ。怒らせたかったわけじゃない。ただ、知っておいて欲しかったんだ。あの時誰かが助けに来なかったとしても、君があのまま溺れ死ぬことはことはなかった。僕がついていたからね」
「……どうして私を助けようとしてくれたの?」
「決まっているじゃないか。君が助けを求めたからだよ」
「そういうんじゃなくて」
まりあが聞きたいのはそんな建前ではなく、かがみんの本意であり、抱えている事情だ。
「理由もないのに人助けするのはありえないって? まりあ、君は年に似合わずシビアなことを言うね」
「そういうんじゃないんだけど」
「まあ、君の気持ちは分からないでもないよ。だから話そう」
まりあの興味を誘いつつ、かがみんは語り出す。
「僕ら魔法生物はね、魔法を使って人の願いを叶えることこそが生きる目的なんだ。そういう風に宿命づけられている。だからいつも誰かの傍にいて、然るべき時に、然るべき力をもって手助けできるようにしているんだ」
眉をハの字に下げて、まりあのご機嫌を伺いつつ、先の発言を一部訂正する。
「あの時、確かに僕は出遅れた。君の助けを求める声を聴いたけれど、君を助けたのは僕ではなく、君の想い人さ。なかなかやるね、あのイケメン」
「ふふん、お兄ちゃんだからね。さすが」
「悔しい思いをした僕は、あれからずっと君の傍にいて、どうにか君の助けになれないかと機会を伺っていたんだ」
「なんか、ストーカーみたくなっているんですけど……」
まりあは、本当に大丈夫なのかと呆れる一方、
「それならもっと早く出てきてくれても良かったのに」
と不満を零す。
「退屈してたの知っているでしょう? こんな面白そうなことがあるんだったら、すぐにでも出てきてよ。もっと早く魔法使ってみたかったのに」
「いや、最近の君は実に良くなかった。退屈というのはね、ある意味満たされているんだ。渇望のないところに願いは生まれない。願いのない者に魔法は発現しない」
「そうなの?」
「魔法は不条理を覆す奇跡の力だ。誰も彼もが身につけられるわけじゃない。どういうことか分かるかい、まりあ。君は選ばれたんだ」
「選ばれた……」
その言葉を、口の中で反芻する。
不思議な響きだった。
喜ばしいはずなのに、何故か尻込みしてしまうような……。
まりあはほんの一瞬だけ、妄想に浸る。
特別な使命を背負う漫画の主人公になれた気がした。




