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閑話:どこかの誰かの忘れ物

 この世界はまるっきり西洋ファンタジーなのかと思えば、時に懐かしい前世の文化に触れることもある。代表格は食材で、米、味噌、醤油があることには思わず神に感謝したほどだ。


 そして私はその日にも一つ、前世を思い出す品物に出会う。



 

「あれ……? 何かある」


 カフカの洞窟で今日のノルマというデッドオアアライブを切り抜けた私は、ボロボロの体をサクセリオに抱き上げられていた。いやー、やっぱりドラゴンは鬼門だわ。勝てる気がしない。

 今日はずいぶん深くまで入ってしまったなぁと思いつつ、暖かく揺れる腕の中でまどろみ始める私。しかしそれを見つけたのはそんな時だった。


 青白い光で薄っすらと光るカフカの洞窟の中でも、それは一際輝いて見えた。

 サクセリオに頼んで近くへ行ってみると、それが透明な塊だと気づく。水晶なのか氷塊なのか悩むところであったが、近づくにつれてそれから発せられる冷気で氷塊だと結論付けた。

 洞窟の外が常に吹雪いているとはいえ、ここは岩で出来た洞窟。そこでにょっきり岩から生えた氷というのは、神秘的に見えても怪しい物で。更に怪しさに拍車をかけているのは、その内包物である。


「これってくし?」


 透き通った氷は純度が高く、喫茶店の氷のようだ。その中に黒っぽいものが入っているので良く見てみれば、それは西洋ファンタジーに似つかわしくない和を思わせる美しい一枚の櫛だった。

 漆塗りに、金蒔絵。控えめながら宝石も使われているようだ。


「サクセリオ、これって何?」

「ああ、大方何処かの阿呆が財産を隠したんでしょう。時々居るのですよ、こういう分不相応な場所に隠して取りに来れないまま死ぬ者が」

「え、死んだこと確定?」


 聞けば、金色と夕日色の混じった蒼炎が勢いよく駆ける。

 すぐさま氷塊に向けて魔法の炎を放ったサクセリオに驚くも、それを受けても溶けない氷に更に驚いた。あの魔物を一瞬で消し炭に変える炎を受けて無傷とか……ただ事じゃない。


「このような例ですと、だいたい術者の物に対する執念が死後に残った魔法の威力を強めるのです。この氷塊の強固さは呪いの域に達していますから、おそらくは相当未練を残して死んだのでしょう」

「へぇー、そうなんだ。サクセリオでも壊せないなんて凄いね」

「…………」


 サクセリオさんが無言で氷を砕きおった。拳で。


「さ、サクセリオはもっと凄いね!」

「ありがたきお言葉」


 この人の拗ね方が怖い。


 さて、破壊された氷塊だったけどそれこそ術者の執念なのか。それとも元々の強度がすこぶる高いのか、内包されていた櫛は無傷でその美しい姿を空気に触れさせた。

 呪いが掛かっているんじゃ? とビビる私に構わず櫛を拾い上げたサクセリオは、それをやや忌々しげに見ると私に差し出す。


「私としては好きませんが、いい品です。よろしければお持ちください」

「え、サクセリオこういうの嫌い? 綺麗だよ」


 私は前世の文化を嫌われたように感じて、少しむっとして言った。


「いえ……華やかさと情趣が調和された素晴らしい品だと思います。むしろ好ましい……しかし、その付与効果が鼻につく」

「おお、わかってるじゃない! 私も好きだよこの櫛! で、その効果って? 何か魔法の品物なの?」

「精霊術の加護が掛けられているのです。押し付けがましくあしらった精霊石が、調和を妨げていると思いませんか?」


 たしかに金蒔絵の櫛に五色もの宝石は派手すぎて要らないかな? とは思う。でもそんなに気になるほどだろうか。これはこれで綺麗だけども。


「サクセリオってもしかして精霊嫌いなの?」


 ふと思って問えば、否定とも肯定ともつかない抑揚のない声で答えられる。


「特にそういうわけではありませんが、強いて言うなら折角の魔道具がエルーシャ様に益を(もたら)さないのが気に入りません」

「ああ、私精霊術使えないもんね……。使えないのに加護があっても宝の持ち腐れってことか」


 サクセリオが精霊術も教えてくれたらいい気もするけど、それに関しては別件ですでに断られているので何も言うまい。


「ですが上級の品であることはたしかですから、いずれ役に立つこともあるでしょう」

「そっかー。ならこれの元の持ち主さんの供養も兼ねて、大事にするよ」


 むしろここで放置したら、その方が呪われそうな気がする。

 それに私としても前世を思い出せる品物を手に入れられて、内心とても嬉しかったのだ。



 一応亡くなった持ち主へのけじめとして、砕かれた氷に手を合わせて深々と頭を下げる。そして思わぬ宝物を大事に絹のハンカチで包むと、ほくほくした気分で私たちは洞窟を後にした。





『ふむ、しかたないのぉ。彼の国の者にならくれてやる。大事にするんじゃぞ』



 誰かが笑ったように感じたのは、きっと気のせい。











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