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43話 再会は嵐のように


 乱雑に物が散らばり朝っぱらから酒の臭いが充満する部屋に、眼鏡をかけた男は神経質そうな顔を余計にきつくしかめて、その部屋の住人を探した。

 しかし探すまでも無く、その巨体と派手な赤い髪の男は「存在感」という言葉を体現するように転がっていた。煩いいびきに嫌そうにため息をついた男、レレは眼鏡を鼻の上に押し上げながらその男をステッキでつつく。


「アグレス、貴方の探していた者が王都へ入りましたよ」

「どこだ?」


 今まで寝ていたというのに、明瞭な返事が返ってくる。相変わらず興味のあることにはとことん関心を示す男だと呆れつつ、レレは自分が掴んだ情報を書いた紙を渡す。


「王城へ行った後は、城下の宿に仲間と泊まっているようです。ちょうど今は別行動らしいですよ」

「ほう、そうか」


 武骨な手で顎をさすりながらニヤニヤと笑う男を見て、レレは話にだけしか聞いたことの無い件の人物に同情を向けた。

 この男は、とてつもなくしつこい。そいつに目をつけられたとあれば哀れだ。


「しかし、その者は結局男なんですか女なんですか?」

「あ? ハウロが男だって言ってたろ」

「…………。あれの報告にはむらが有りますから、全面的に信用するのは感心しませんよ。報告によれば、宿から出たその子はスカートをはいて長い髪の毛だったそうです。ちなみにハウロがあらかじめ"ツバ"をつけていたらしいので、本人であることは確認済みです」


 それを聞いた赤髪の男、アグレスはますます楽しそうに笑みを深めた。



「そりゃあ、また楽しみが増えたな」



 レレは再び同情した。


 嗚呼、これは逃げられないな、と。









++++++++++++++









 小悪魔修道女とのデート翌日、私は一人別行動をしていた。今回は可愛らしい同行者は居ない。


 コーラルはといえば、昨日の夜アルディラさんに誘われて先に冒険者ギルドの学校から見学することにしたようだ。ポプラも当然それに付いていき、結果私は魔道具ギルドに登録するという目的があるので別行動になってしまった。ちょっと寂しい。


 しかしながら、ここでひとつ問題が出てきた。その発端は今朝のこと……。







 眠っていた私は、下半身に湿った感覚を覚えて目を覚ました。そして隣のベッドで眠るポプラが起きていないことを確認すると、寝ていたベッドからシーツをはぎ取って猛然と明け方の町へ飛び出し、筋肉痛も厭わず飛憐術無重飛空(アースグラビティ)で人気のない町の外の川まで飛んでいった。そしてコソコソ寝巻のズボンとパンツを脱ぎながら、大きくため息をつく。


(あっぶねぇぇぇぇぇぇ!!)


 私はけしておもらしをしたわけではない。断じて違う。

 これは女性ならば必ず通らねばならない通例行事であり生理現象。


 ぶっちゃけ生理キタ。


 前回から計算してもうしばらく大丈夫かな? と思っていたらこれだよ。道理で昨日苛々するわけだわ。

 セリッサもアレだったけど結構早い段階で怒ったのはこれが原因か、納得。よっぽど生理痛が酷くない限り、苛々って生理中より生理前のが酷いもんなぁ……。生理前症候群とか、本当なんで女は生理というかホルモン関係でこうも煩わされるかね。単純に考えて一か月の約半分は苛々してる計算なんだけど。

 こういう時だけは男の体が心底羨ましいわ。





 私は魔法でシーツとズボンについた血を洗い流し乾かすと、青褪めた顔で宿へ戻った。


 マジか……。マジか私。タダでさえ生理痛酷い方なのに、焦って体に負担がかかる魔法を使ったせいで死にそうなんだけど。お腹痛いおなかいたいお腹痛い。下腹部が痛い腰が痛い筋肉痛でただでさえ怠い全身が痛い。ちょっと頭痛もする。貧血でフラフラする。


 悔やまれるのが、こんな時冒険者の女の人ってどうしてるの? とアルディラさんに聞けない事だ。


 ちょ、アルディラさんには言っちゃおうかな。特に隠してる意味ないし男装取っ払って言っちゃおうかな。

 いや、駄目だ……。男装の理由を話して呆れられたら私の豆腐メンタルが木綿から絹を通り越して朧になる。気持ち悪がられたら大豆まで還元される。そしてかたく皮の中に閉じこもる自信がある。憧れの人に軽蔑されるとか無理、辛い。



 ぐるぐる回る思考と最悪なコンディションの中、なんとか朝だけみんなを誤魔化して見送った私。その後は速攻で約一か月ぶりくらいになる町娘姿に着替えて、あわてて宿をとび出した。もし着替えた理由を聞かれる機会があったら、男の格好で生理用品と痛み止めの薬とか買いに行けるか! と答える。男姿で下着以上にハードル高い物買いに行くとか、それなんて猛者だよ。


 着替えについては一応何があるか分からないからと、収納スペースが拡張された魔法のカバンに色々入れてきたのでそこから出した。女物の服一式と、髪を切った時に勿体ないからと作ったウィッグが私の町娘変装スタイルである。いや、ウィッグというか、エクステや(かもじ)って言った方が正確か。まあそれは今はどうでもいいけど。


 男装用の魔纏刺繍が施された服とスカーフを身に着けないでこの格好をすれば、例え町中でアルディラさん達に会ってもすぐには分からないだろう。





 さて、女の子の格好に戻ったことに感慨深く思う間もなく、私は青い顔で猛然と街中を駆け抜けて行った。一刻も早くこの痛みをどうにかしたいので、多少の無茶は問題ない。

 向かう先は当然、薬屋である。


 この世界に生きて十八年、病気らしい病気をしたことがなかった私が唯一頼ったお薬が痛め止めだった。

 本当にね、我慢できないんだよ。無理無理、我慢でどうにかなんないくらい痛い。体を鍛えてなかったら多分ぶっ倒れて寝込むくらいに私の生理痛は酷い。前世ではそう痛くもなかったのに、何でこの体は駄目なのか! スペックは前世に比べてすこぶる高いというのに、悔しくてならない。うう、これからの冒険が心配だ……。





 死人のような顔になって開店前の薬屋にかけつけた私を、最初は迷惑そうにしていた店主のおばさんは察してからは優しく介抱してくれた。

 おばさんマジ天使。葛根湯に似た薬湯が美味しかった。


 薬屋さんで痛め止めを買い、ついでに生理用ショーツとナプキン代わりにする布を作るために服屋さんで材料を購入した。そして気分的に満身創痍の心地になった私は、昨日セリッサ達と立ち寄った屋台と似たお店を見つけたので癒しを求めて果物のフレッシュジュースを購入した。

 その後は座れる場所を見つけ、ジュース片手に私はようやく人心地ついた気分で安堵のため息を吐く。ああ、やっと落ち着ける……。


 ずるずると広場に設置されたベンチにもたれかかり、ジュースを飲んだ。ちなみに今回買ったのは昨日セリッサが飲んでいたベリー系のジュースである。気分としては柑橘系ベースにミントっぽいハーブを入れたのが飲みたかったんだけど、やっぱり気になっててついこちらをチョイスしてしまった。

 これはこれで甘い中に酸味があって美味しい。幸せー。


 ちなみにこの飲み物、ストロー代わりの中が空洞になった植物の茎が添えられているのでありがたい。今は飲み物のために首を傾けるのすら億劫で、すするのが限界。



「ぅあ゛~、疲れたぁ。もしかして旅に出た影響で時期乱れてんのかなー……」



 思わず愚痴っぽい独り言をつぶやく程度には、旅立って初めての生理にはうんざりさせられた。

 本当、冒険するのに女性はこういう所で不利だと思う。今回は町に滞在しているからまだいいけど、ダンジョンとか道中で生理になったら困るし戦闘などのコンディションも大幅に左右される。薬は有るんだし、他の女冒険者の皆さんも我慢しながら過ごしてるのかなぁ……。生理痛を和らげる魔法って無いもんか。不思議なことに白霊術の整備系や回復系の魔法だと、あんまり効果ないんだよね。誰か開発してくれないかな生理痛止め魔法。




 まあ無い物ねだりしていても仕方がない。

 休憩もしたし、あとは宿に帰ってお腹を温めて寝ていよう。


 そう思った私が席を立とうとすると、ふっと急に日が陰った。

 いや、どうやら私の目の前に誰か人が来たようだ。視界に移るのはごついブーツを穿いた太い足で、恐らくは男性の物。


 ベンチに座りたいのかな? と見上げる私だったのだけど、その人物の顔を見る前に腹部に衝撃が走った。


「ぐッ!?」


 殴られた、と分かった時はすでに胃液を吐き出していた。

 弱っている上に重すぎるその鈍痛は酷く苦痛で、視界がちかちかしている。気絶も出来ず痛みに喘ぐ生き地獄を嘆くべきか、不審者の前で気を失わない事に喜ぶべきか……。私は痛みに耐えつつも、意識だけは手放さないでいた。


 そんな私をせせら笑うように、低い男の声が聞こえる。


「やっぱいいなァ、お前。今ので生きてる上に気絶もしねーとは上出来だ」

「何を……ッ」




 今度こそこの不届き物の顔を拝もうと顔を上げようとした私だったのだけど、最後に覚えているのは赤い色だけ。

 私は頭部を襲った一撃に、今度こそ意識を手放した。








++++++++++++++








 アグレスは広場に居た他の人間が悲鳴を上げるのも気にかけずに、頭部を殴り飛ばされて気絶した少女を見下ろした。


 記憶にあるのと同じ鉄色の髪の毛だったが、どうやら長い髪の毛は付け毛のようで今の衝撃で若干ずれている。それを考えると部下の最初の報告も嘘では無く、事情は知らないが男装でもしていたのだろうとあたりをつけた。





 アグレスは十二年前盗賊坩堝(るつぼ)として活動している時に、一人の子供と出会っていた。


 その子供は盗賊の自分達が侵入者に気づいたと知るやいなや、当時自身が片腕として重用していた男の首を掻き切り殺して見せたのだ。更にこちら側に居た魔法使いの喉をつぶして無力化するなど、その鮮やかさときたら仲間が殺された事も気にならないほど素晴らしく、アグレスを興奮させたのをよく覚えている。

 派手ではないが実用性を重視した魔法は熟練者の貫録を纏っており、子供のくせに手練と思わされるには十分だった。


 一度殴っただけで逃げ出したので期待はずれかと思えば、隙をついてこちらの片足を潰してみせたり、洞窟の入り口を崩壊させてみたりする。今思い出しても実に楽しい糞ガキだった。



 男の急所を攻撃されて逃げられた時は絶対に逃してなるものかと追いかけたというのに、まんまと逃げられて四日追いかけた苦労が水泡に帰した。あの時の悔しさといったら、歯向かわれたことなど瑣末に思えるほど腹立たしく感じるものだった。


 悔しいながらも子供が逃げた先が国でも有数の迷い森であったことから、死んでいるだろうと思っていたのにそこに先日の部下の報告。生きていた上に、恐ろしく強くなっているとの話ではないか。


「捕まえなけりゃ、もったいねぇよなぁ」


 周囲になど目もくれず、アグレスは気絶した少女を荷物のように肩へ担ぐ。


 先ほど試してみてハウロの話が本当であったと確信もした。

 本来、普通の人間ならば腹の肉に穴が開くか内臓や骨がぐしゃぐしゃに潰されるアグレスの本気の一撃を、この女は気絶もしないで受け止めたのだ。無意識化で魔力を操り防御力を底上げする芸当は、相当な熟練者と見て間違いあるまい。


 脳を揺らすことを目的に頭部を殴ってやっと気絶したが、その頑丈さたるやアグレスといい勝負である。


 他の魔法も更に熟達しているというし、ちょっかいをかけない手はない。こんな面白そうな人間、今度こそ逃がすまいとアグレスは凶悪な顔で実に楽しげに笑った。



 アグレスの発する空気と巨躯に圧倒された周囲は、遠巻きに何かを言いつつも手を出せないまま彼に道を譲る。






 鉄色の髪の少女をかついだ大男は、薄暗い路地に消えて行った。












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