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02 バグと戦闘。




 その日は賑わっていた。

 仮想の城のような白い外観の学校の前庭が、人で溢れかえっていたのだ。

 ゴーグルをかけた状態で見ると、見た目も賑やかだった。

 色とりどりの髪色をして、様々なアレンジを加えた制服を身に纏い、各々の武器を携えた生徒達を眺めるだけでも私は飽きない。

 その生徒達のお目当ては、学校のアイドル的存在の生徒。

 モテモテの回復職に、現実でもスタイル抜群顔良しの美少女。名前は、春波春奈はるなみはるな先輩。長いストレートの髪は、澄んだ水色。瞳も同じ明るい水色だ。微笑みを浮かべている彼女は、自分を囲う生徒達の対応をしていた。

 それを私と森ちゃんとありちゃんと、そしてナンパ先輩は二階の渡り廊下から見下ろして眺めている。


「相変わらず人気だなー春奈ちゃんは」

「美少女ですもんね」

「三人も美少女だよ?」

「褒めても何も出ませんからね」

「お世辞は要りません」


 ナンパ先輩の軟派な発言に、私も森ちゃんも間に受けない。

 ありちゃんだけは「ありがとうございます」と笑ってお礼を言う。


「いやまじでさ。現実の方も美少女だと思うわけよ」

「私は両親が美女美男なので、当然です!」


 私は胸を張るように言い退けた。


「出たわ。姫花のポジティブ」


 森ちゃんに、げんなりされる。

 ナンパ先輩は、交互に私と森ちゃんを見て「何何?」と問う。


「姫花は両親が自慢ですから、美女美男の間に生まれた自分に自信があるんです」

「なるほど、ポジティブー」

「だってお母さんは本当に美女だからね! 芸能界にいないのが不思議なくらい! 漆黒の艶やかな髪でシャンプーのCMやればきっとバカ売れするよ! お母さんは黒髪美人なの。髪だけじゃないよ。お人形さんみたいに綺麗な顔立ちだからね! 化粧しなくても、睫毛は上向きでパッチリお目々で二重だよ! 身体だって未だにボンキュンボン! 巨乳でウエストくびれててお尻もいい形で、脚も綺麗だからね!」

「今ものすごく姫花ちゃんのお母さんに会ってみたいんだけど」

「ナンパ先輩は巨乳に釣られただけでしょ、変態」

「誤解だよ、森子ちゃん!!」


 私が母について熱々と語っていたら、ナンパ先輩は見てみたくなったみたいだ。

「すっごい美女みたいだから!」と森ちゃんに言い訳している。


「私は次の授業の準備があるので、落ちます」

「ああ森子ちゃん!!」


 森ちゃんはログアウトした。今はVRモード。教室にある机から伸びるコードをゴーグルに、コントローラーも差し込んで、机についたまま校内を歩き回れるのだ。

「あ、私も落ちますね」と、ありちゃんもログアウトした。


「お父さんだってかっこいいんだよ! 昔から私の行事に出ると他のお母さん方を魅了しちゃうんですよ! 私と同じ淡い茶髪なんですけれども、いつもニコニコして人当たりが良くって、細マッチョで腰細くて脚はモデルみたいにスラッとしているんですよ!」

「姫花ちゃんが両親が大好きだってことはよくわかったよ……」


 何故かナンパ先輩は、疲れた顔をしている。


「あ、写真見ます? あまり写真が好きじゃないというか、仕事上あまり顔を晒せないと言いますか……滅多に一緒に撮ってくれないのですが、無理言って両親のツーショットを撮ったものがありますよ」

「FBIの特別捜査官だもんね。俺、よくわからないけれども、日本にいてFBIの仕事務まるの?」


 私は腕輪をタッチして写真のフォルダーを開いて、写真を探した。


「私もよくは知りませんが、昔から留守が多かったですよ。仕事は主に猟奇殺人鬼の相手をするそうです。それにアメリカの大統領から任務が下るのだとか」

「ちょっと待って、SPってアメリカ大統領の!? すごすぎない!?」

「うひゃあ、すごいでしょう?」


 私は、にまけてしまう。両親が褒められるのは、やっぱり好きだ。

 ふと、気が付く。静かだってこと。

 二階の渡り廊下から、下を見てみればどんどんと生徒がログアウトしていった。学校のアイドル的存在の春波先輩が、もういなくなってしまったらしい。


「授業開始するぞ、ログアウトしてゴーグル外せ」


 聞こえてきた声は、教室に来たであろう教師のものだ。

 もう授業が始まるのか。


「ログアウトしましょう、先輩」

「うん、写真はまたあとで」

「はい」


 フォルダを閉じて、ログアウトボタンをタッチした。

 けれども、ブーッとブザー音が鳴るだけで、教室に戻れない。


「あれ? おかしいな。ログアウト出来ない」


 ナンパ先輩もログアウトが出来ないようだ。

 キンコンカンコンと授業開始のチャイムが鳴り響く。


「先生。バグが起きているみたいで、ログアウト出来ません」


 もう一度タッチしてみても、ログアウト出来ない。


「何を言っている! 笹野ささの! だったらゴーグルを外せ!」

「いたたたい! やめてくださいよ! データが破損したらどうしてくれるんですか!?」


 教師は無理矢理私のゴーグルを外そうとしたけれども、VRモード中は外せない仕様になっている。無理に取るとデータ破損の元。わかっていない教師だと怒った。

 すると、パッとライフケージが出る。

 おかしい。ダンジョンの中でしか出ないはずなのに。

 そう疑問に思っていれば「オオオォ!」と雄叫びのような声が轟いた。

 見れば、薄茶の土の身体の巨人ーーゴーレムが出現。それも三体もだ。

 氷川公園の十階に出没するモンスターだ。大きさは二階ほど。


「先生! モンスターが現れました!」

「そんなバカな!」


 教師が私から離れていく音が聞こえた。きっとPC画面から、確認しているはずだ。仮想世界はログインしなくても、PCで見ることが出来る。


「なんでモンスターが学校に現れるんだ!?」

日比谷ひびや先生! ログインも出来なくなっています!」


 他の生徒がログインをしようとして失敗したらしい。教室はざわめき始めた。


「うわああ!」

「先輩!?」


 ナンパ先輩の悲鳴を聞き、振り返れば、先輩の腕が食べられている。

 ミニゴーレムの仕業だ。掌に収まるまん丸の可愛らしい容姿とは裏腹、口の中には牙がズラリと並び、そして喰らう。

 私はそのミニゴーレムを掴み、そのまま引きちぎって倒した。

 でもナンパ先輩の左手は、なくなってしまっている。私は所持していたポーションを渡した。

 ゴーレムが学校に攻撃しているから、私と先輩は揺れを感じる。ジリリと僅かに城のような学校が乱れる。


「南場先輩! ポーションで回復が済んだら、ミニゴーレムの始末をしてください! 私はゴーレムをなんとかします!」

「ゴーレムをなんとかするって一人で!? 無茶だよ!」

「だから援護射撃をお願いします!!」


 ミニゴーレムが、私達を狙って這ってきた。それは先輩に任せよう。

 私は学校が壊される前に、ゴーレムを退治しようと二階の渡り廊下を飛び降りた。ゴーレムを一人で倒すのは、少々骨が折れる。それが三体もいるのだ。どうしたものか。やるしかない。

 武者震いをして、私は短剣二つを構えて向かっていた。振り下ろされた拳を避けて、移動ボタンでその腕を駆け上がる。急所は顔、というか頭だ。顔目掛けて、○ボタンで攻撃。徐々にHPを削っていく。でもまだまだある。

 攻撃が来たから、ジャンプをして二体目のゴーレムの肩に着地。そして私からの短剣の攻撃。切り刻んで削っていく。

 三体目のゴーレムがパンチを繰り出してきたから、私の身体は前庭の上に倒れた。大ダメージだ。ポーションを出して、回復をする。


「ミニゴーレムを退治した! 援護する!!」

「お願いします! 先輩!」


 まだライフが回復途中だけれども、私は動き出す。攻撃してきた三体目のゴーレムに向かっていき、ジャンプをして腹を切り裂く。攻撃を華麗に避けて、もう一度ジャンプして腹を切り裂いた。

 HPをチラリと確認したけれども、まだ半分も減らせていない。


「頑張れ! 笹野!」

「姫花ちゃん! 頑張れ!」


 クラスメイトの応援する声が、かけられる。


「頑張る、けれどっ」


 一人はしんどいな。先輩が援護射撃する度に、校舎が狙われてダメージを受けている。白い外観に、ヒビが生じていた。まずい。


「先生! ちょっと外行ってきます!」

「は!? ちょ、笹野!?」


 ゴーグルから、VRコードはあっさりと抜けた。

 場所は教室に移動する。けれども窓を見れば、ゴーレムが相変わらずいるし、ログアウトも無理だ。

 私はコントローラーを投げ出して、席を立ち上がり、窓際のストーブに足をかけた。


「ここは二階だぞぉおお!?」

「わかってます!!」


 窓を開いて、そのまま飛び降りる。二階から飛び降りるなんて、へっちゃらだ。ついでに、二体目のゴーレムの身体を切ってやった。HPは削れている。よし。


「先輩は一番奥の三体目のゴーレムに集中放火お願いします!」

「え、あ、うん! わかった!」


 二階の渡り廊下にまだいる先輩に指示をした。

 そのあとは、ペロリと自分の唇を舐めて、短剣を構える。プラチナブランドの長い髪を靡かせながら、駆けた。短剣を持った両腕で、一体目のゴーレムの足を切り裂いて地面に倒す。ドシンッと視界が揺れた。

 その二体目のゴーレムの頭に右手の短剣を突き刺して、大幅にHPを削る。

 後ろから一体目のゴーレムが攻撃してきたから、転がって避けた。

 一体目のゴーレムにも、二つの短剣で足を切ってやって崩す。そして急所の頭を突き刺して削っていく。足を元通りにした二体目に攻撃を仕掛けられたけれど、それも飛び退けて避ける。

 うん。私の身体能力と反射神経ナイス。

 同じ方法で、徐々に二体のHPを削っていった。

 ぜぇぜぇ、と流石に息が切れてくる。

 生身で戦いはまずったか?

 現実世界で見たら、私が一人で暴れているだけだ。

 そう思っていれば、別のプレイヤーが飛び出してきた。制服を真っ黒にアレンジした生徒だ。漆黒の髪をしていて、凛とした顔立ちの男子生徒。彼は私を一瞥をすると、戦闘服にチェンジをした。漆黒の鎧を纏った騎士の姿。

 聞いたことある。“漆黒の騎士ナイト”と異名がついている生徒に違いない。レベルは80だと表示されている。

 彼は、長剣でゴーレムの首を叩き斬った。HPが残り僅かだった一体目のゴーレムはゼロとなって、お金を残して消え去る。私と彼はお金と共に経験値を貰った。

 残りは二体のゴーレムだ。

 彼が脚を叩き斬って倒したところで、私が頭を斬り下ろして仕留めた。

 残るは、三体目のゴーレムだ。先輩が撃ち込んで、半分近く削ったが、まだまだHPがある。

 そこで、キンコンカンコンとチャイムが鳴り、他のプレイヤーが現れた。「助太刀いたす!!」と侍アバターの生徒が切り込む。他にもたくさんの生徒が集まってきた。どうやらログインがようやく出来たようだ。休み時間になって、出来るようになったみたい。

 私は上がった息を整えながら、わらわらとゴーレムを攻撃していく生徒達を見た。


「大丈夫? 姫花」

「森ちゃん……流石に疲れたよー」

「五十分近く生身で動くからよ」


 駆け寄った森ちゃんにハグしようとしたら、スカッと通り過ぎて私の身体は倒れそうになる。踏み止まった。なんだ、森ちゃんはVRモードか。


「えっと……あれ?」


 漆黒の騎士さんを見失ってしまった。

 お礼を言いそびれてしまったな……。

 今回のバグは警察沙汰となり、私とナンパ先輩は事情聴取を受けた。

 なんでこんなバグが起きたのかは心当たりはないと答える。警察も専門家も、公園や学校を調査しているそうだ。学校のヒビは、修復工事が行われた。

 事情聴取から解放された私を待っていたのは、熱い視線だった。

 どうやら全校生徒がPCを通じて、私のゴーレム戦を見ていたらしい。

 全然知らない生徒に「おつかれ」とか「頑張ったね」と声をかけられた。

 どうしよう。学校のアイドル的存在の春波先輩並みに有名人になっちゃったよ。

 ほわほわした気持ちのまま、授業に戻った。ログアウトはちゃんと出来て、その後モンスターの襲撃もなく穏便に終わる。


「今日は大変だったねー。俺だけ手喰われちゃうし」

「どんまいですねー」

「大変でしたねー」

「お疲れ様、二人とも」


 ナンパ先輩の声に頷く私達。今日は大変だったし、公園はメンテナンス中らしいとのことでこのまま帰ることにした。

 ゴーグルは外して仲良く四人で帰ろうと思ったけれど、校門前に私を待っている人を見付ける。私は大喜びで駆け寄った。


「ハウンくん!!」


 白銀の髪の美少年。肌は陶器のように真っ白で美しく、長いまつ毛も白銀。据わった瞳すらも、銀。瞳は大きく、目鼻立ちがはっきりしている。柄付きのシャツに、パーカーを合わせてブーツを履いてカジュアルな格好。

 私は迷うことなく、自分より背の低い彼を抱き締めた。

 ハウンくんも、抱き締め返してくれる。


「どうして学校に来たの? 私を迎えに来てくれたの? あ。心配して来てくれたの? もしかしてバグのことニュースにでもなってなの? あ、藍ちゃんが知らせてくれたのかな? 皆心配しているから早く帰った方がいい? うん、じゃあ一緒に帰ろう!」


 ハウンくんの手を掴んだままその場でクルクル回った。

 ハウンくんは口元に微笑みを浮かべたまま、頷きだけで答える。


「えっと、姫花ちゃん。一人で喋ってるところ悪いんだけれど、紹介してくれないかな?」


 ナンパ先輩が手を振って、私の視線を引きつけた。


「あ。彼は兄のような存在のハウンくんです。こう見えて皆より歳上だよ!」


 コツン、と頭を重ねて紹介する。見た目中学生か小学生に見えちゃうけれども、びっくりするほど、歳上なんだよ。


「友だちの森子ちゃん、ありさちゃん、それからナンパ先輩」

「南場だってば! ほらなんかじっと俺を見てる!」

「うひゃ、南場先輩だよ」


 じとっとハウンくんがナンパ先輩を見上げた。というか見下しているような眼差しだ。どうした。どうした、ハウンくん。


「歳上って何歳? もしかして成人済み?」

「そうなんだー」

「おお意外!」


 森ちゃんが言い当てて、ナンパ先輩は驚いた。

 ハウンくんの正確な年齢は、秘密。


「もしかしてぇー……姫花ちゃんの恋人?」


 ナンパ先輩が、にやついた。

「違うんだなぁ」と私は頭を乗せたまま否定する。


「初めに兄のような存在だと言っていたじゃないですか。バカですか」


 森ちゃんは厳しい眼差しを、ナンパ先輩に向けた。


「実は私の初恋の人なんですけれど、フラれちゃってしまったんですよ」


 私が告白すれば、森ちゃん達は、驚きの表情になる。


「え? なんでフったの? こんな可愛い子、ブホッ!」


 ナンパ先輩が問おうとしたが、横にいた森ちゃんが腹を叩いて黙らせた。

 兄のような存在だもの。込み入っている。

 すりすりーっと頬擦りをすれば、チュッと頬にキスされた。


「ラブラブに見えるけれど」


 ありちゃんも、にやつく。


「これは海外式なのー」


 私はむぎゅうーっとハウンくんを抱き締めた。


「じゃあ帰るね。また明日」

「バイバイ」

「じゃあね」


 ハウンくんと手を繋いで、坂を下る。

 今日の出来事を話す。ハウンくんは、無言で相槌を打つだけ。

 それでも親身になって聞いてくれていると分かっている。

 こういう人なのだ。昔から、こんな風に意思疎通をしている。

 私が笑いかければ、ハウンくんも微笑みを返してくれた。


「ただいまー!」


 家に帰ると真っ先に出迎えたのは。


「おかえりー! 姫お嬢!!」


 ゴーグルをつけた男性。私に抱き付こうとしたけれども、ハウンくんが頭を鷲掴みにして止めた。


「藍ちゃん。私ゴーグルつけてないから、今日の衣装が見れないよ。何かな?」

「今日はゴスロリ!」


 私が藍ちゃんと呼ぶ男性の本名は、藍乃介あいのすけ。多分。

 アバターは女の子にしていて、美少女。毎日違う衣装に着替えている。毎日見ることが楽しみの一つになっているけれど、今は大の男性の大人が可愛らしく会釈をする姿しか見えない。

 藍ちゃんも美形なのだけれどね。眼鏡をかけた。

 ゴスロリかぁ、見れなくて残念だ。きっとふんだんにフリルをあしらっているゴスロリなのだろう。藍色の長い髪は、ツインテールだろう。


「ひーめーかーぁ」

「お父さん!」

「おかえりぃ!」


 淡い茶髪の男性が私を抱き締めた。今度は、ハウンくんは止めない。

 何故なら、私の父だからだ。背が高い父が私を抱え上げて、クルリと回った。名前は、白瑠はくる。むぎゅうっと抱き締められた。


「んー姫花の匂いぃ。うひゃあ」

「お父さん、くすぐったいよー」

「下ろしなさい、白瑠。ご飯の時間ですから、姫花は手洗いうがいをしてください」


 首に顔を埋める父に止めるように声をかけたのは、母の兄。叔父の幸樹さん。

 微笑を浮かべた美男だ。実は、彼は医者なのである。

 そんな幸樹さんに従って、父娘揃って「はーい」と返事をした。

「おかえりなさい」と幸樹さんは、頭の上にキスをする。

 私は洗面所で手洗いとうがいをして、リビングに入った。いい香りが満ちている。キッチンに黒髪美人を発見した私は、近付いて後ろから抱き付いた。

 チリン、とチョーカーの鈴が鳴る。


「ただいま! お母さん!」

「おかえりなさい、姫花」


 振り返った母は、魅力的な微笑みで私を見下ろす。そして、ポンポンと頭を撫でた。

 瞳は、紅い。陶器のように白い肌をしていて、漆黒の髪が際立たせる。オフショルダーの白いニットの服から露出した肌から、蜂蜜とバニラの香りがした。

 お母さんは、いつも魅了する香りがする。名前が椿つばきなのは、ぴったりだと思う。何もかも魅了する美しい花。

 私の名前も母の名前に、ちなんで付けられたのだ。誇らしい。


「今日はシチューよ。春キャベツ入り」

「わーい! 食べる!」

「運びますので、席についてください」

「はーい」


 リビングのテーブルにつこうとしたら、先に座った父と藍ちゃんの隣が空いている。いつも私は好きなところに座るのだけれども、今日は何処にしようかな。


「ひーちゃんは俺の隣だよ」

「僕の隣においでよー」

「お父さんの隣!」

「うひゃあ!」

「グフッ、やっぱりかぁ……」


 ゴーグルを外した藍ちゃんは、しょぼんと落ち込んで突っ伏した。

 私はお父さんの隣に座ってニコニコする。

 食べないハウンくんは、リビングのソファーに座ってテレビを見た。

 ちょうどバグが起きた公園と学校のニュースが放送されている。


「ひーちゃんの学校でバグが起きたんでしょう?」

「姫お嬢が心配だったんだよねー大丈夫だった?」

「それが……うひゃあ、私が筆頭でバグと戦いました」


 父と藍ちゃんに問われて、私はにんまりと答えた。

 幸樹さんは私の前にご飯とシチューを盛り付けたお皿を置く。


「バグとはモンスターがダンジョンから出てきて学校を襲ったものでしょう? モンスターから、学校を守ったということですか?」

「そうなります」

「素晴らしいですね」


 幸樹さんが、頭を撫でてくれる。褒められた。えへへ。


「すごいわね。姫花」

「私、学校で有名になっちゃったよ! 帰る時まで視線が熱かったの!」

「……ふーん。そうなの」


 後ろに回った母も、私の頭を撫でてくれた。


「ぐふふ、親子揃って有名になるなんてね。やっぱり姫花お嬢にも、通り名を付けてあげようよ!」

「通り名? ちょっと恥ずかしいなぁ」

「変なの付けられる前に、僕達が付けてあげるよ!」

「藍さんが付ける通り名の方が変だと心配です」


 母は藍ちゃんにそう言って、隣に座る。

「酷いよ、つーお嬢!」と嘆きつつも「いただきます」とシチューを食べた。

 私も両手を合わせてから、シチューをいただく。美味しい。


「僕のこと信用してよね」

「変な名前付けたら、刺しますよ」

「怖いなぁ!?」


 母と藍ちゃんのそんな会話は日常茶飯事なので、私は笑って流す。

 こんな和気あいあいした家庭が、私の大好きな居場所だ。




20171213

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