ステージ3 ヒーローを操れ!②
――お疲れ様!
「ありがとう!」
今回の主人公は性格的にあまり難がなかったからか――もっとも、自分を取り戻す前のすれた性格が続いていたら危険だっただろうけど――クリア後の相川さんの口調も明るかった。
――ゲームだと、アニメとは全然違うね。
「そう……だね。今のはカクカクした画だったけど、最近のはすごいなめらかで実写みたいだよ。最終幻想の最新作なんかまるで映画だよ!」
――へえ、だったらそっちの方を見てみたかったな。
相川さんがクスクス笑いながら言った。あまりに連続で非日常的なヒーロー物に触れて感覚がマヒしたのか、すっかり引き込まれてしまったよう……かな?
「でも、名作って言われるのはこっちなんだよね」
――カクカクなのに?
「ははは、ストーリーやキャラがいいんだろうね。それに、シリーズごとに戦闘システムも変化するんだけど、ヘヴンのを超えるのはなかなか出ないからね」
――そっかあ。それにしても、田中君、ゲームも詳しいんだね。
「いや……最終幻想はチョー有名だから、男ならけっこうな割合で知っているんじゃないかな」
――ふーん、あっ、ステージ変わり始めたね。
周りが再びポリゴン化していく。どこかの基地の格納庫内といったところか。キャットウォークの下に臨む広場に、多くの兵士が所在なさげにうろついている。このゲームは……
――これもゲーム?
「うん、これは、アクションゲームに革命を起こしたナムサン『レアメタルゴソッと』だよ」
――革命?
「そう、それまでのアクションゲームは、敵を倒すことに主眼が置かれていたんだけど、このゲームは、工作員が基地に潜入する物で、ボス以外の敵には見つからないようして先に進んでいくことが重要視されているんだよ。死角に隠れてやり過ごしたり、ロッカーや箱の中に隠れたりもできるんだ」
――へえ、ゲームなのにコソコソするのは確かに変わってるかもね。
「それに、内容もリアルなんだ」
――どんな風に?
「武器や装備の道具が実際にある物なんだ。ストーリーも、不法にレアメタルを採掘して資金を得ようとする軍人上がりのテロリストを止めるって話で、アメリカでは、このシナリオは二十世紀最高のシナリオだって言われてるんだ。小説や映画も含めて!」
――そこまで!? それだけ言われるとなんか少し興味出てきたよ。
「小説にもなっているから読んでみるといいよ。ただ女子受けするような物ではないと思うけど……」
――じゃあ、主人公見て決めようかな、ふふ。
「え? あ、じゃあ……主人公の東武太郎をお願いします」
――了解、東武太郎ね!
僕の体が変化を始めた。身長が伸び、体つきがマッシブになっていく。そして全身が、もはや主人公の制服ともいえるグレーのスニーキングスーツに覆われる。一見して全身タイツだが、その機能は雲泥の差だ。優れた耐圧・耐熱・耐寒性能に加え、あらゆる動作も阻害せず、どんな音も立てないこのスーツは、毎回様々な所へ単独潜入する主人公にとって欠かすことのできない装備なのだ。
――名前は普通だけど、今までの主人公で一番カッコいいかも。
彼女がなれなれしく俺の外見を褒めた。やっぱり女というものは、こういうマッチョな男がいいものなのか?
俺は、タバコを吸おうとポーチに手を伸ばした。が、ポーチはなかった。
「SOCOMもなしか……。欲しけりゃ、自分で調達しろってか。たくっ、この世界のキャンドル大佐は、原作より冷たいみたいだな」
――え、なに?
「こっちの話だ」俺はフウッと息を吐いた。「それじゃあ、ぼちぼち行くとするか」
――うん、頑張って下さい! わたしに何かできることがあったら遠慮なく言ってね。
「そうか、なら俺が無事に戻って来られるように祈っといてくれ」
――あっ、うん! 分かりました!
(素直な女だ。これだけ純真無垢なのも珍しい。俺にまっとうな人生と、いくばくかの勇気があったら放っておかなかっただろう)
溜め息混じりに笑いを漏らすと、俺は行動を開始することにした。
まず周りを見回すと、下のフロアには大小様々なコンテナが点在し、うまいこと多くの死角を作り出してくれていることが容易に見て取れた。そして奥に行くほど、兵士の人口密度は増していき、一番奥のシャッターの前には、蟻一匹でも通さんとばかりに、数十人の兵士が、ラッシュアワーのサブウェイのように歩哨している。
俺はシャッターの前で身動き一つ取れないかわいそうな兵士達を見て苦笑した。
(あれじゃあ、このシャッターの奥が道順ですと言っているようなもんじゃないか)
キャットウォークには一切はしごが見当たらなかったので、俺は仕方なく壁伝いに降りることにした。音もなく壁際まで移動し、手すりを越え、壁の凹凸を伝いながら静かに下のフロアに降り立つ。この主人公にしたらこれしきのこと朝飯前だ。
「おっと」
タイミング悪く兵士がこっちに歩いてきた。ここで見つかると、短い警報音とともに、敵が警戒モードとなり、厄介だ。俺はコンテナの陰に置かれていた酒樽に素早く身を潜めた。キュートなツッコミは、なしと。ちょっと楽しみしてたんだがな。彼女は、フロアにポツンと酒樽があることを特に不思議に思わないようだ。
何の疑心も抱かない兵士の足音が離れて行った。すると彼女が心配そうに声をかけてきた。
――田中君、奥の方はすごい数の兵士がいるよ。身を隠しながらあそこを抜けるのは難しそう……。
俺は酒樽の中で身を丸めながら頭を掻いた。
「まあ、近接格闘もお手の物だから、いざとなったら強行突破も辞さないが、確かにできることなら、戦わずにボスの所まで行きたいな。しかし、こうアイテムが何もないと……」
(せめてさっきの兵から武器をぶんどろうか?)
俺は酒樽から頭を出し、兵士が歩いて行った方に目を向けた。その時、視野の隅にある物が見えた。
「これはっ!」
俺は近くのコンテナに引っかかっていた布きれを慌てて手に取った。
――何それ?
「これは、ある条件を満たしてクリアすると、二周目以降使えるようになる超レアアイテム、ゴースト迷彩だ」
――ゴースト迷彩?
「ああ、これを装着するとな、敵から見えなくなり、さらに触れすらできなくなるんだ。まさに無敵の迷彩だな」
――すごい…………けど、ずるいね、それ。
「はは、あんたはフェアだな。俺よりずっとヒーローに向いているんじゃないか?」
――え、そ、そんな……。
「まあ、気持ちは分からないでもないが、こっちは武器が一つもないからな、ありがたく使わせてもらうとするよ」
――あ、うん、ごめん、余計なこと言って……。
「なに、気にすることはないさ」
俺はゴースト迷彩を頭から羽織った。今言ったばかりなのに、彼女が大袈裟に驚く。
――うわっ、ホントに見えなくなった!
俺は苦笑して、
「移動すれば多少は空間が歪むから、それで俺の位置を把握してくれ」
言い終わると、俺は歩き出した。奥の物々しいシャッターに向けて。一直線に。すし詰めのように立っている兵士の間を、歪みが真っ直ぐに進む姿は、モニターで見ている彼女にとってはさぞかしシュールな画に映っていることだろう。
そんなことを考えている間にも、俺はくだんのシャッターへと到達し、開閉ボタンに手をかけ……と、
――あ! 扉開いたら、気づかれちゃうんじゃ!?
(なんだ、そんなことか……)
俺は苦笑し、ビックリして止まっていた手を再び動かした。
「いいとこに気がついたな。だが、いくらリアリティがあるといっても、そこらへんはゲーム。見て見ぬ振りをしてくれるもんさ」
――……なるほど。ん、あれがボス?
扉の向こうに広がる格納庫の奥に佇む、俺と同じ顔をした男を認識して彼女が尋ねた。
「そうだ。主人公の同母同父兄弟、西武太郎。テロリストの親玉だ」
――……同母同父って、普通の兄弟じゃないの?
「ふっ、あんたの鋭さには本当に脱帽するぜ……」
――誰でも分かるよっ!
「ま、いろいろ複雑な家庭だったのさ」
――………………そう。
彼女の言葉が途切れた時、西武太郎が口を開いた。
『太郎、ここまでよく来たな。いや、愚かにもおびき寄せられたと言った方がいいかな?』
「なに? どういうことだ太郎っ!」
――同じ名前ってややこしいな。てか、姿が消えているのに何で分かるんだろ……お約束ってやつなのかな……。
『フフフ、おまえがこの採掘を止めに来ることは分かっていた』
「何だとっ?」
太郎が大仰な身振りを交えて続ける。
『そこで俺は考えた。ただ返り討ちにするだけではもったいない、とな。なにせ顔も体つきもDNAすらも同じなんだ。それを利用しない手はないだろう? なあ、太郎よ? 俺の代わりに、テロリストとして死ね』
太郎が歪んだ笑みを浮かべながら朗々と語る。ゲームをやったことのある俺には、既知の事実だったが、なぜだか罠にかけられた気分になり、とても悔しくなった。
そして気づいたら、俺は奴との会話に付き合っていた。
「だが、太郎! おまえとてもはや一人! 思い通りになると思うなよ!」
『フハハハハハ! 太郎! そんなこと、おまえに言われずとも百も承知!』
太郎が手に持っていたリモコンを操作した。太郎の背後の地面が開き、巨大な、恐竜のような形をしたロボットがせり上がってくる。
――何!?
「あれは……レアメタル採掘機能を持ったロボット兵器、通称レアメタルギアっ!」
太郎が軽やかにレアメタルギアのコックピットに乗り込んだ。
『喜べ、太郎! この史上最高兵器の最初の餌食にしてやる! フハハハハハ!』
間髪入れず、レアメタルギアの手に備え付けられた機銃が唸りを上げた。一秒で五〇BMG三十発(しかも両手っ!)というとんでもない銃弾の嵐が、俺の体をすり抜け、後ろの壁を豪快に砕いていく。
――それも当たらないのっ!?
俺は息をもつかせぬ銃撃を浴びながらも、落ち着いて部屋の隅まで行き、そこに落ちていたアメリカ軍御用達最新の地対空兵器「スレンダーミサイル」を手に取った。
そしてポケットに手を突っ込み、あることを確認すると、俺は勝ちを確信した。
無限ハンカチーフ。最高のレアアイテムだ。
俺はスレンダーミサイルを撃った。弾切れなし。絶え間なく襲う艶めかしい形のミサイルが、見る見るうちにレアメタルギアの形を変えていく。六百発ものミサイルを浴びたレアメタルギアは、たったの二秒で灰燼と化してしまった。
――い、一方的すぎる……。
『く、くそっ……』
瓦礫の山から太郎が這い出た。
「やはり生きていたか」
俺はトドメを刺すために、太郎に駆け寄った。
太郎がふらふらと立ち上がり、怨嗟を顔ににじませる。
『太郎! まさかおまえがここまでやるとはな! だが俺はまだ生きているぞ! 止めたければ、この俺を殺してみろ!』
太郎が全体重を乗せ、倒れ込むように渾身の右ストレートを放ってきた。
俺は必殺の三連コンボを繰り出した。
一撃目、振り回したコップが太郎の側頭部を強打する。
――コップ!? どっから出てきたの!?
「主人公の特殊格闘だから、発動すれば勝手に出るのさ。お次はこれだ!」
時計台を太郎の頭頂部に激しく打ち込む。
――いやいやいやいやっ!
「トドメはこいつだ!」
俺はフラつく太郎の顔に向けて山椒を振りまいた。
――ショボっ!
『ぶぅえぇぇぇえええんっくんしょんっ!』
この世のものとは思えないくしゃみとともに、足を瓦礫に引っかけた太郎は、激しく転倒し、絶命した。
「これがアクションゲーム界伝説のコンボ、コップ・時計台・山椒だ」
俺は山椒の瓶を放り投げた。空の瓶が高い音を立てながら転がっていった。




